庭球連載番外編 | ナノ


日付が変わった瞬間のタイミング……

読んでいた恋愛小説の本を閉じて、ふぅっと息を吐き出す。

今年もまたアホみたいにメールを送って来よったな。

「……って、岳人や跡部もかいな」

毎年恒例の従兄弟のスピード感あり過ぎるおめでとうメールだけやのうて、他のメンバーからも送られてきたメッセージに少しだけ笑ってもうた。

「日吉もて……あー……これ、なんやご利益あるみたいな話になっとんの?」

一番初めに俺におめでとうを伝えられたやつがその日一日幸せになれるとか。
七不思議みたいな感じで試されても困るんやけど。

賑やかなメッセージを流し見しとったら、ふっとスマホの画面をスクロールさせていた指が止まる。

「……詩織ちゃんやん」

つい緩んでしまいそうになった口元に片手を当てて覆い隠した。


パンダ詩織>もしもし、起きていらっしゃいますか?

侑士>起きとるよ


そう返信したら、すぐさま通話を求める画面に切り替わった。


「……もしもし?」

『忍足先輩っ、お誕生日おめでとうございます!』

通話ボタンをタップして、耳に当てたスマホから聞こえてくる柔らかい声音に心が少しばかり踊る。

「……おーきにな。……まさか電話かけてきてくれるとは思えへんかったわ」

弾みそうになる声を出来る限り抑えて、そっと囁けば電波向こうで『ひゃあ……忍足先輩との電話、耳にも心臓にも悪いっ!』なんて独り言が聞こえてきた。

「……そんなん言うても……詩織ちゃんが電話かけてきてくれたんやん」

『そ、それはそうなんですけど……!だ、だって……メッセージよりきちんと声に出して祝いたかったので……』

「ふっ……そんなん、明日でもできるやん?」

『違うんですっ!忍足先輩のお祝い、皆さんが日付変わったらやるって言ってて……!それに乗り遅れるのもなんか違うなって思って……でも、メッセージでは何か味気ない気がして……わ、私のこだわりなんですっ!』

「そうなん?」

こだわり、ねぇ。
妙なところで義理堅いというか、気にするというか……ほんま飽きひん子やなぁなんて唇の端を釣り上げた時やった。

『…………あと……おめでとうってお伝えした時の……忍足先輩の、その、声も聞きたかった……というか』

ギュッと心臓鷲掴みにされたような感触。

「……俺の声が聞きたかった、って言うたん?」

『……はい』

「……ふっ」

思わず盛れた吐息混じりの笑い。

彼女がどんな表情で言ってるんやろうかなんて想像したら、真っ赤な顔して布団の中にくるまってる姿が浮かんできた。

「……いつも誕生日の日を期待することなんてあらへんかったんやけど……なんとなく明日は楽しみやわ」

『……へ?』

「……そないな殺し文句言うて祝ってくれた詩織ちゃんが、俺と会った時どないな顔するんやろーって思うてな」

『……うぐっ!』

その後すぐに『おやすみなさいっ!』と大声で言って通話終了してきた詩織ちゃんやったけど、それも含めてやっぱ可愛ええなぁなんて思う。


──誕生日に欲しいものなんて、特になかったけど。
でも今は……詩織ちゃんの可愛い表情がみたいな、なんて思うた。
まだ始まったばかりの特別な一日。

今日ぐらいは……こんな想いを抱いて過ごしてもええやろ?

10/15 忍足侑士

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