庭球連載番外編 | ナノ


「あ、橘さん!!今日はお休みだったのに、部室に来てもらってすみません……!」

申し訳なさそうな顔で神尾が頭を下げてきたが、俺は「いや……」と口にして顔を横に振った。

「こちらこそ、気を使わせてしまったな」

部室内の飾り付けを見回してから、部室にいる部員たちへと視線を向ける。
そして奥の席に夢野が座っていることに気づいた。

「……まさか、夢野まで来てくれていたのか」

「あ、お、お邪魔してしまってすみません!」

「夢野、飾り付け手伝ってくれたんですよー」
「あと、彼女が皆で買ったプレゼントも一緒に選んでくれたんで」

森と石田の言葉に「そうか……ありがとう」と目を細める。
部員たちの気持ちも、そこに一緒に祝おうとしてくれた夢野の気持ちも嬉しかった。

「……俺は幸せ者だな」

ふっと口角を上げたら、神尾が「俺らは橘さんに会えて……不動峰に来て、俺らと新しいテニス部を作ってくれて、本当に幸せっス!」と瞳を潤ませながらそんなことを言ってくれた。

「……なんで神尾泣きかけてんの……神尾じゃなくて橘さんに感動して泣いてもらえたら……そりゃ嬉しいけどさぁ」

いつもの深司のボヤきにまた笑ってしまう。

「とりあえず!乾杯しましょう!」
「そうそう、ケーキも買ってきたんですよ!」

内村と桜井がそう言って取り出したのは、シャンメリーとホールのケーキだった。

「あ!一応そちらは気分的なもので。橘さん用に甘くないケーキも!」

ロウソクが並んだホールケーキを見つめていたら、慌てて夢野が手をパタパタとさせる。
彼女の手には小さなケーキが置かれたお皿があった。

「ははっ、本当にありがとう!」

それから石田が部室のライトを一度暗くして、俺は皆が歌ってくれたバースデーの歌の後にロウソクの火を吹き消す。
それと同時にぱっと部室内が明るくなった。

「本当におめでとうございますっ」

皆の声にまた目を細める。
それから夢野と深司が取り出してくれたプレゼントの包装紙を開けた。
中身は鍋一式が入っていて、思わず大きな声で笑ってしまう。

「ははは」

「き、気に入りませんでした?!」

心配そうな夢野に頭を横に振ってから、俺は笑い声を抑えてふぅっと息を吐し出した。

「いや、もうお前たちには本当に適わないなと思っただけだ。本当に嬉しいぞ」

「橘さんっ」
「喜んでもらえて良かったですっ」

神尾と桜井の肩をポンポンっと叩いてから、内村や森、深司、石田と優しく肩を叩いて行く。

「……夢野もありがとうな」

「い、いえ!あ、ヴァイオリン弾かせていただきますねっ」

ゆっくりと振り返ったら、夢野は本当に嬉しそうに微笑んでヴァイオリンを構え始めた。

奏でられる音楽に耳を傾けながら、神尾たちが用意してくれた食べ物を口に放り込む。

備品なども色々足りなくて、四苦八苦しながらやりくりしている部室内は、少し物寂しい雰囲気があった様な気がしていたが、今はとても温かで優しい空気感に包まれていた。
いや、それは元々そこにあったものなのだろう。

「ありがとう……」

再び口にしたお礼は誰にも聞こえていなかったはずだったが、ヴァイオリンを奏でている夢野の目がふと俺を映して、そっと微笑んでから瞼を閉じた気がした。



──あぁ……、そん日はたいぎゃ嬉しかったばい。



8/15 橘桔平

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