庭球連載番外編 | ナノ


それはいつもの早朝ランニングでの出来事だ。

「……ちゃーん……っ!……おるちゃーんっ!!」

最初、野良猫がどこかで鳴いているのかと思った。いつも通る公園の隣だったからだ。
だが、それは段々と近づいてきているようで。

「薫ちゃーん!!」
「ぶはっ!!?!」

そして盛大に咳き込んだ。

ランニングしていたのもあって、一度咳き込むと、荒くなっていた呼吸がなかなか元に戻らない。
落ち着け、と心の中で念じても、なかなかそうはならなかった。
いや、だがしかし。

「……っ、な、何しにきやがった?!」

「へ?!なんでそんな怒ってるの?!やだなぁ!一言言いに来ただけなのにぃっ!お誕生日おめでとう、薫ちゃん!!」

「げほっ」

そのでかい声で薫ちゃん言うのやめろっと睨みつけるが、夢野は人のことはお構い無しにニコニコと満足そうに笑っている。
それから、その手に何かの包みを持っていることに気づいた。それを俺に差し出している。

「な、なんだそれ……」

「誕生日プレゼントだよ!フォーユー!」

嬉しそうに笑う夢野は、その表情で渡す相手を間違えているのではないかとさえ疑いたくなる。
俺相手にそんな笑顔を向けて、なんだって言うのだろうか。
熱くなる顔面に、ふしゅうっと息を吐き出した。

「……サンキュ。……あ、開けていいのか?」

「モチのロンですよ!薫ちゃん!」

「薫ちゃん言うな」

はぁっとため息を吐き出す。
俺の誕生日を覚えていてくれたことがまず嬉しかったが、わざわざプレゼントまで……。
やはりコイツは相手を間違えているに違いない。
俺にそれをして、なんのメリットがあるって言うんだ。

だけどそんなことを考えても、ニヤついてしまう口元が、己自身の感情を気づかせてくる。


「……これは」

黒猫と月が刺繍された群青色のバンダナ。

「……やっぱりお前、渡す相手間違えてるだろ」
「ええ?!なんで?!全然間違えてないよ?!」

心外だとばかりに叫ぶ夢野にクッと喉を鳴らした。

「……でも、ありがとうな」

……クシャッと夢野の頭を撫でる。
柔らかい髪の感触と、満足気に笑う彼女の表情にまた自惚れそうになった。

5/11 海堂薫

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