その日は確か、来年中学の新一年生として入ってくる小学生たちが体験として校舎内に入ってきていた。 複数の小学校から来る生徒たちは、初対面の他校の子たちや清潔で厳格な校舎の雰囲気に浮き足立つのか、落ち着きがない。 そして毎年騒ぎを起こしてしまうらしい。 「……ここって、テニス部すげー強いらしい!ずっと関東大会は連覇してて、去年なんか全国優勝したらしいぜ!」 「すっごくかっこいい人がいるって聞いたんだよねー!ちらっとでも見えるかなー?」 我が立海大附属中学のテニス部は現在関東大会十四連覇中であり、去年は全国優勝を果たした。 それも幸村精市という神の子と、真田弦一郎がいたからだと俺は思っている。もちろん先輩方の強さも重要ではあるが、精市の存在が大きいのは否定できないだろう。 「蓮二!」 「ん?精市、どうかしたのか?」 珍しく渡り廊下を駆け足でやってきた精市に首を傾げると、憔悴し切った顔で彼は頭を抱えていた。 「幸村先輩ーっ!」 「少しお話してくださいーっ!」 ……あぁ、なるほど。 例の小学生たちに見つかって、追いかけ回されているのか。 精市は基本的に優しいからな。無下に断ることが出来なくて、なんとか逃げ出してきたというとこだろうか。 「……部室に──」 部室に避難でもしよう。と口にしようとして、それを止められたのは、女子の怒鳴り声だった。 「見学中の小学生!幸村くんが迷惑してるでしょ、うるっさいのよ!!」 「……あー……」 はぁっと精市が深い溜息を吐く。 精市と同学年の女子たちが精市を追いかけ回していた小学生女子たちに注意をし始めたらしい。 「……まぁ、今のうちだ」 「え?!……いい、のかな?喧嘩にならなきゃいいけど……」 精市が苦笑していたが、俺は大丈夫だと頷く。 このような女子のいざこざに本人が出ていっても、余計に面倒なことに巻き込まれるだけだろう。 「大体ね!あっ、ちょっと、そこのあんたたちも注意しなさいよ!!小学校が違うからって関係ないみたいな顔してんじゃないわよ!!」 「はぁ?……あのですね、先輩方。勝手に騒いで男追いかけ回してたのは、そこの馬鹿三人組ですし。先輩の言う通り私たちは別の小学校の上、私たちの出身校からは二人のみなんです。で、私たちは普通に見学していただけなんですけど?」 どうやら、他の静かにしていた小学生まで巻き込み始めたらしい。 さすがにそれはダメだろうと考えたところで、巻き込まれた女子の返しにふっと口元が緩んだ。 しかし……口が悪いな。 それでは、同じ見学組の馬鹿三人組とやらからも睨まれるぞ? 「ちょ、ちょっと!馬鹿三人組って何よ?!」 ほらな。 「あんたらに決まってんでしょ?今日は校舎や授業の雰囲気見学しに来たのに、男ばっか追いかけて……何がテニス部よ!」 「る、流夏ちゃんっ……!」 「いいのよ、詩織。こういう馬鹿には反論しなくちゃ。大体、そこの先輩方もさっきまでテニス部のフェンス越しにキャーキャー言ってたでしょうに。それで注意とか頭おかしくって笑える」 友人らしい女子が四方八方に敵を作っている彼女を止めようとしているようだが、この切れ味からこの子はいつもこんな感じなのだろうと推測できた。 「……つか、男のくせに逃げんじゃねーよ。せめて両成敗でもしてから行けっての」 ただ、ボソリとこちら側に呟かれた台詞は聞き捨てならない。 精市は揉め事が始まった時、戻ろうとしていた。 それを止めたのは俺だ。 俺はカッと目を見開いて、その場から友人と去っていこうとする女子の後ろ姿を睨む。 振り向いた友人の髪の毛の長い女子がビクッと肩を震わせていたが、俺はただただ颯爽と去っていくショートカットの女子の背中が腹立たしかった。 「…………思い出した」 ハッとして、俺は湯船から身を乗り出す。 今日、プールで精市が三船流夏に言われていた台詞の意味を俺は理解したのだ。 夢野がプールに遊びに行くという情報を赤也から得て、乱入した時に手にした情報。 三船流夏が俺たち立海メンバーを夢野詩織に近づけさせてくない理由。 「……そうか。あの時の口の悪い女は三船だったか」 何故、もっと早くに思い出さなかったのだろう。 「そしてその隣で震えていたのが……夢野、お前か」 ふっと口元が緩む。 謎が一つ解けた。 もう一度、ゆっくりと湯船の中に身を沈めると、俺はポチャンっと落ちる水滴の音に耳を傾ける。 モヤモヤとしていたものが、さぁっと晴れていくこの感覚は好きだ。 風呂から上がったら、何か清涼感のある飲み物でも口にしよう。 そんなことをぼんやりと思った。 それは朧気な記憶の片隅で[ 18 / 64 ][ 戻る ] |