庭球連載番外編 | ナノ


「若くん若くんっ!」

朝から様子がおかしかった夢野だったが、放課後不器用なスキップで俺に近付いてきた時には、何かの呪いにでもかかったのではと気味悪くなった。

「ねぇ知ってる?女の子に気味悪いとか言っちゃダメなんだよ」
「わざと声に出したんだが、聞こえたか」
「そりゃわざと声に出してたら聞こえるよね?!」

憤慨し地団駄を踏む夢野にふっと口角を上げる。
人が少ない廊下では、やけに夢野の声と所作が響いていた。

「……それで一体何の用だ?」

「……お誕生日おめでとう!!」

ぷくぅっとハムスターのように両頬を膨らませながら、そう叫んだ夢野はえらく輝いて見えて。
俺の目が何かおかしくなったのではと心配になる。だが瞬きしても夢野はキラキラと輝いていた。

「…………」
「ん?え?なんで無反応なの?!私間違えてないよね?!」

俺の無言に耐えきれなくなったのか、夢野がオロオロし始める。
そんな挙動不審な動きを見て、やっと俺の盲目フィルターは綺麗に収まっていた。

「……あぁ、あってる。ただ突然だったから驚いただけだ。まさか俺の誕生日なんてアホのお前が覚えているとは思わないだろ?」
「ふふふっ、若くんの誕生日だからこそ!覚えているのに決まってるじゃないか!……いやちょっと待って?今なにか物凄くバカにされてなかった?あれ??」

ドヤ顔したりキョトンとしたり、忙しないやつだなとため息をついてから「……で?」と夢野を見つめる。

「え?」
「……それだけか?」
「んあ?!も、もちろん、そ、それだけじゃございませんことよ?!」

……何故突然お嬢様言葉なんだ。
頭痛が少しした気がしたが、短い息を吐き出してから、夢野の額を小突いてやる。

「……い、今から若くんの望みを一つだけ叶えてしんぜよう!」

お前はどこの神龍だ。いやランプの精霊か?

大袈裟な身振りに笑ってしまいそうになるのを堪えながら、じっと夢野を見つめながら腕を組む。

「……よし、付き合え」
「ほあ?!」

少し考えてから、俺は夢野の手をぎゅっと握って引っ張った。
彼女の感触がじわりと肌から伝わってくる。
アホみたいな奇声を発した夢野は、あの大きな目をくりくりと動かして俺だけを見つめていた。

「……香港映画見に行くぞ」
「あぁ!カンフーアクションのやつ?」

あぁ、と短く頷いてから、言い訳みたいに「見たかった映画なんだ」と付け加える。

デート、とかそんなセリフはきっとまともに自分の口から出てこないだろう。
だからきっと、この妙に汗ばんだ手で夢野の手を握っているのと、映画館に彼女を誘えただけでも、俺の中では及第点。

「若くん若くん!そんなに駆け足で向かわなくても、映画は逃げないよ!」

俺が一心不乱に映画館目指しているように感じたのか、可笑しそうに目を細めて笑う夢野は、自分自身の魅力に気がついてないんだろう。

……あぁ、嫌になる。

一刻も早くと、二人っきりになりたいのは俺だけで。
一刻も早くと、誰にも見つからないようにと願うのは俺だけで。

そして何よりも

「ハッピーバースデー、トゥ〜ユ〜♪」

何も知らずに歌を歌っている呑気なコイツは、俺の顔が嬉しさで歪んで気持ち悪いことになってるなんて、気づいていないんだろう。



……あぁ、屈辱だ。

12/5 日吉若

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