「今朝な、詩織ちゃんに会ってんけど、チョコレートの香りしたわ」 「マジマジ?!バレンタインデーのチョコレート、詩織ちゃんから貰えるCー?!」 やったーと飛び起きた芥川さんをちらりと見る。 同時にテンションが上がったらしい向日さんが視界の端で跳び跳ねてた。 「まだわからんで。本命だけにしか渡せへんとかやったら……」 不敵な笑みを浮かべた忍足さんは、もしかして自分が貰える自信でもあるんだろうか。 夢野さ──、いや詩織ちゃんに限って忍足さんが本命チョコを貰えることはないと断言できそうなんだけど。 俺も彼女が一つだけ作ったのだとしたら、絶対にそれを貰えることはないだろうなと、少し悲しくなる。 それにしても、やはり皆、バレンタインデーの方が印象強いんだなぁと小さくため息をはいた。 確かに去年、跡部さんが貰ってたチョコレートの山を見たときはそれを見ただけで鼻血が出るんじゃないかと思ったほどだ。 というより、既に今年も跡部さんの元には大量のチョコレートが届いているのを知っている。 そんな強烈な出来事があるからか、すっかり忘れられてるかもしれないが、俺は今日で一つ歳をとった。そう、誕生日なのだ。 「長太郎、おめでとうな!」 「鳳、返却不可だからな」 突然、ポンと宍戸さんの手が肩を叩いたと思ったら、宍戸さんと日吉から、二つの小さな包み箱を渡された。 「え、これ……?」 首をかしげると「誕生日だろ?忘れてるなんて、激ダサだぜ」と宍戸さんに笑われる。 いや、忘れてませんでした。 でもいきなり過ぎてびっくりしちゃったんです。 そう声に出そうにも、喉元で言葉がつまって出てこない。 「……お前、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔だぞ」 いつもの無愛想な顔で日吉がそう言ってから、ニヤリと笑った。 その瞬間だった。 「さぷらーいずっ!!」 部室の扉が開いたと思ったら、滝さんと詩織ちゃんがパーティ仮装用の鼻めがね?なるものをつけて入ってきたのだ。 一斉になった大きな音は、どうやら二人が手に持っているクラッカーかららしい。 「クソクソ詩織!心臓に悪いだろ!!」 「サプライズですからね!岳人先輩にじゃないですけども!」 「は?そんなことはわかるっつーの!」 べしんっと頭を叩かれた衝撃で詩織ちゃんは鼻めがねを落としたらしい。というか、向日さんはもう少し女の子に力加減というものをした方がいいと思う。 そんなことを考えていたら、いつの間にか目の前に、俺を見上げる詩織ちゃんがいた。 ものすごく満面の笑みで。 「長太郎くん!お誕生日おめでとう!!」 差し出されたのは、生クリームとチョコレートで色をつけられた、パンダ型のホールケーキだった。 「……あ」 忍足さんが「チョコレートの香りはこれなんか」と呟いたような気がするが、俺はいきなり溢れ出た涙に驚いてそれどころじゃなかった。 うわ、恥ずかしい! なんで俺泣いてるんだろう。 というか、女の子の前で、詩織ちゃんの前でこんな情けないとこを── 「うわぁうわぁ泣かないで?!」 「ご、ごめん!なんか驚いたのと嬉しいのとで!」 「うわぁうわぁ!サプライズ大成功なの?!うわぁ嬉しいんだけども!!」 「うわぁうわぁ煩い」 ばしっと日吉にチョップされた詩織ちゃんは、唇を尖らせていたけれど、次に俺を見た表情がすごく満足そうで、あまりの眩しさにまた彼女をまともに見れなくなる。 「んー!おめでとーだCー!」 「ふふ、色々面白かったねー」 少し複雑そうに笑ってから、でも祝ってくれた芥川さんはいい人だ。 滝さんの表情から、何に対して色々といっているのかはわからなかったけど。 それから跡部さんと樺地もきて、俺にプレゼントをくれた。 心から嬉しくてたまらない。 宍戸さんはもちろんだけど、俺はなんていい部活仲間に恵まれてるんだろう。 何より、詩織ちゃんが祝ってくれたのが嬉しかった。 俺の誕生日を知っていてくれて、覚えていて、手作りのケーキをくれるなんて。 「あ、あと、一応皆さんにも」 そう言って詩織ちゃんは小さな袋に入れたパンダチョコレートをみんなに配った。 「はい、これ、長太郎くんの分ね!」 「え、でも、俺はケーキがあるから……」 「ん?ケーキは誕生日だよ!こっちはバレンタインデー!」 また向日葵みたいに明るく笑う詩織ちゃんが眩しい。 結局、彼女は仲のいい人たちに男女問わずチョコレートを配っていたようだ。 「……フンっ」 「日吉、日吉。なんだか今日は俺の勝ちだね」 「……今日だけ、だろ」 平等に配られたチョコレートの他に、誕生日に貰った特別なケーキ。 日吉の台詞に苦笑しながら、それでも今日は少し優越感に浸りたい。 似合わないその感情は、たぶん、間違いなく、嫉妬から生まれたんだと思う。 そして嫉妬は── 君に恋しているから、生まれたんだ。 2/14 鳳長太郎[ 24 / 64 ][ 戻る ] |