「まったく詩織は間抜けなんだから!」 「ふへ……閣下、申し訳ございませぬ」 「とりあえず駅前の新作ケーキで手を打ってあげる」 「おふ、流夏様お願いしますだ、オラの財布畑は今月不作なのですだー」 頭の上で交わされたそんな会話に思わず、何キャラなんだよとツッコんだ。と言っても頭の中でだ。 この学校に入って五日が経過しているが、俺と同じクラスで席が隣という女──三船流夏には、どうも変わったやつが友人にいるらしい。 否、自己紹介を聞いた限り三船もかなり変わった女なのは確かだが。 そんな三船の友人らしい女はどうやら隣のクラスのヤツらしい。 名前を夢野詩織。 「流夏ちゃん、流夏ちゃん、パガニーニはやっぱりすごいよね!私と同じ五歳からヴァイオリンをやって十三歳の頃には、もう習うことはなかったんだよ!」 「……詩織、知ってる?その話、私に言うの十五回目」 「知ってる!……十三歳っていったら、今年ですよパガニーニハンパないっすよ」 パガニーニって誰だよ。 俺は机に突っ伏しながら、三船と夢野の会話をよく聞いていた。つーか、すぐ近くで話されてるから聞かされてる方が正解かもしれねぇが。 まぁそんなわけで夢野はよくわからねぇ話をよくしていて、何回も聞いている内にパガニーニってのが特別好きらしいってことは理解できた。 そしてそれが、アイツの大事そうにいつも抱えていたヴァイオリンと関係があるものだということぐらいはわかる。 「……なぁなぁ三船!お前の親友の子、名前なんだっけ?あの子、可愛いよな!俺に紹介してくれよ」 「嫌だ。お前みたいなヤツにはやらない」 「なんだよー!いいよ、俺から話しかけるからー」 いつだったか、昼休みすぐにクラスメートのヤツが三船にそんなことを言っていたのを聞いた。 その後、クラスにやってきた夢野にソイツが話しかけていたが、あまり会話が続かなかったのも知っている。 ……どうやら夢野は三船以外と話す時、よく黙り込む。そのやたら長い沈黙は話しかけたヤツを嫌いなんじゃないかと思うほどだった。 この時、教室内が騒然としていなかったら。俯いた夢野の口元をよく観察していれば、気づいたのかもしれない。アイツがブツブツと何か呟いていたことを。 だが俺はその時、それほど夢野に興味を引かれていたわけじゃなかったし、正直顔が可愛い系であることすら気づかなかった。 だから、夢野は三船以外に心を開かない暗い女だと思っていたのである。 それがまったく違うと知るのは一年ほど先。 あの長い沈黙が、あの独り言と同じ尺だと気付くのもその時だ。 無意識下の認識[ 3 / 64 ][ 戻る ] |