──立海にある屋上庭園は俺の癒やしの場所。 そして、君と出逢った大切な思い出の場所なんだ……。 「……幸村、手伝わせてすまなかったな」 「フフ、いいよ。俺が好きで手伝っただけだし」 首を横に振ったら、クラスメートはもう一度だけ「サンキュー」と告げて用具室へ去っていった。 視線を下げれば、目の前の花壇には植え替えたばかりの花のつぼみが並んでいる。きっともうすぐ美しく咲き誇るんだろう。楽しみだ。 クラスメートが教師に押し付けられたらしい、植え替えの仕事。元々俺はガーデニングが趣味だったし、手伝ってくれないかと言われて二つ返事で了承した。 まだ四月の終わりだから、クラスメートにはいい顔をしときたいしね。 暫く蕾を見つめていたけど、そろそろ部活に顔を出さなきゃ。 部長だし、新入生も入ってきたばっかりだしね。 「…………おぉ、なんて花の似合う美少女……というか、屋上庭園すごいなぁ……」 「…………」 そっと腰を上げようとしたら、不意に背後からそんな声が聞こえた。 音質からそれは女の子の声だ。 でもおかしいな。 周囲を見回してみたけれど、今ここに人間は俺と彼女しかいない。 「……、美少女って誰のこと?」 嫌な予感が過ぎりながら、ニッコリと微笑んでみる。 辺りをキョロキョロと見回していた女の子は、ピクリと身を固めると、ぎこちなく俺に向き直った。 柔らかそうな栗色の髪に、幼い顔立ちで。 くりくりの大きな双眸がより一層見開かれる。 「……わ、私、ま、また……否、それよりもっ、あの、ごめんなさい!美少年の間違いでした──ぎゃん!!」 慌てて大声を上げて、俺から逃げるように走り去ろうとした女の子は盛大に転けた。 拍子に色気のない苺パンツが見えたけれど、口に出すのは止める。 「……大丈夫?」 「く、ふぅ、鼻を強打した……あ、あ!大丈夫ですっ!!」 手を差し伸べた俺を見て真っ青になりながら、彼女はぶんぶんっと首を横に振った。 優しい声音だったつもりだったんだけど、ちょっと心外だ。 「……あれ?それってヴァイオリン?」 「え、あっはい!そうです!先輩っ」 視界に入った彼女の手元。大事そうに抱えているヴァイオリンケースに首を傾げた俺に、はきはきと彼女は頷いた。 特に先輩と強調されていたから、さっきの顔面蒼白は俺の学年に気づいたからかと納得。 「……ん、もしかして……君、昨日校内でブラームスの曲を弾いていた子かな?」 「……あ、はいっ!交響曲第四番をヴァイオリン用に編曲していて……だから少しだけですけど」 初めて彼女の笑顔を見た。はにかんだ愛らしい微笑み。 ここ最近、放課後、屋上から聞こえてくるヴァイオリンの音色は噂になっていて、その弾き手が新入生だということまでは知っていた。 そして昨日流れてきた俺の大好きな曲に胸が躍ったのは事実で。 「……あの、私、サボテン部に入部した一年Aクラスの夢野詩織といいます。先ほどは本当に失礼な発言、申し訳ありませんでした!」 「いや、いいよ。……えっと、俺は──」 「詩織ーっ!」 「はっ!流夏ちゃんが呼んでいる!!……で、では!先輩っ、あの、友人が来たみたいですので、これで……その、失礼しました!」 「……あ」 伸ばした手は空を掴む。 俺に一礼して駆けていった彼女──夢野さんを見つめながら、暫くそこから動けなかった。 ……あぁ、音楽が聞こえてくる。 君の心地良い音楽。 きっと、もう俺はその時既に魅了されていたんだ。 そこに咲いた恋の花[ 1 / 64 ][ 戻る ] |