──その日は家の用事で早めに帰らなくてはいけなくなり、部活を途中で抜けさせてもらうことになった。 遠くにいつものかけ声を耳にしながら、一人部室でロッカーを開ける。 どこか切り離された世界のような気がして、ジャージの上着を脱いだ後手を止めてしまった。 何故感傷に浸ったのか自分でもわからないが、その妙な間が次の瞬間を引き起こしたのだと思う。 「……失礼しま──」 「は?」 いきなり開いた部室の扉と、聞き慣れた声に思わず振り向いて瞠目した。 「──すぁあ?!」 ……なんて可愛くない悲鳴を上げるんだ。 上半身裸の俺を視界に入れて、真っ赤になって狼狽えているのは夢野である。 夢野の手に握られているのは、いつか跡部さんが貸していたヨーロッパのオーケストラのCDだ。だから夢野は誰にも見られぬようにと、部活中にこっそりと返しにきたんだろう。 誰もいないと踏んでいたはずの場所に俺がいて、しかも着替え中であれば、そう狼狽えても仕方がない。 「……わ、わか、若くんのエッチ!!」 「っ、ちょっと待て!それは納得がいかない。裸を見られたのは俺の方だ。さっきの発言を撤回しろ!」 「は、裸って!破廉恥破廉恥破廉恥っ若くん破廉恥ぃっ?!」 「おい、夢野っ待て!意味のわからない発言を大声で繰り返しながら逃げるなっ!!」 まさかここまで動揺するとは思わなかった。 ありえない台詞を口走りながら逃げた夢野を思わず追いかける。もちろん、慌てたせいで上着を羽織ることも忘れていた。 だがすぐに駆け出したおかげで容易に夢野を捕まえることに成功し、俺はいまだに喚いているヤツの口を手でふさぐことにした。もちろん、逃げられぬように片方の手で腕は掴んでいる。 「……はぁ、手こずらせるな。俺から逃げるなんて百万年早い。大人しくしろよ、夢野」 「ん、んーっ!」 そこまで言った瞬間に、がしゃんっと廊下の角で誰かが持っていた荷物を落としていた。 顔を上げれば、同じクラスの及川である。 「……ひ、日吉くんが、詩織ちゃんに迫っている……っ?!」 「ばっ?!」 次の瞬間、耳が痛くなるくらい黄色い悲鳴を出した及川にこの世の終わりを見た気がした。 「……わ、若くん、ドンマイ。元気出して」 「…………お前が言うな」 ――――――――― ひかげ様へ。 私が描いた夢絵の状況(日吉くんの着替えに乱入)でとのことでした。こんなものになりましたが、楽しんでいただければ幸いです。 理不尽過ぎないかお前[ 50 / 64 ][ 戻る ] |