──違う。
これは恋じゃない。

あの夏祭りの夜から、俺はずっとその言葉を繰り返していた。

俺の手元の箱からポテトを食べた夢野から唐揚げを取り返して。
他愛も無い言葉の応酬をしてただけ。

そう、だからその時高鳴った胸の音なんて、ただの勘違いだし。
前から夢野の顔は好みだったから可愛いって思ってたし。
それがあるから、見慣れない浴衣姿と髪型にうっかりドッキリしただけだしっ……!

毎晩毎晩、寝る前に言い訳だけをつらつら述べて、繰り返し見る夢と妄想の狭間のような幻覚に悩み続けた。

本当は、これが始まったのはもっと前だった気はする。

アイツの応援にランニングついでに行こうって行った朝か。
……違う。
アイツの家にすき焼きしに行った日か。
……そうだ。あの日だ。
カラオケに行って、家に行って『京介くん』なんて名前で呼ばれたあの日だ。


「……あー……クソっ」

よりにもよってあの夢野かよ。

深司がアイツを好きなのを知ってる。
アキラがアイツを好きになってしまったのを知ってる。
他の学校の人らが何人も好意を抱いているのを知ってる。


「……勝ち目ねぇー……」

深司ですら危ういんだぞ。と言い聞かせて、毎晩諦めようと念じるのに、その度に想いが強くなっていく悪循環に本当に頭が痛い。

いっそ俺の事なんて名前で呼ばなければいいのに。
俺の事なんて忘れてくれたらいいのに。

「………………俺の事、どう思ってるのか無理やり中に入って聞けばよかった」

昨日の焼肉屋で、夢野が乾さんの汁を飲んで様子がおかしくなった時に俺に対しての本心を聞いてみたかった。

でも、万が一夢野が抱きついてきて「大好きです」なんて笑われたら、俺は後戻りできる気がしない。
だから一心不乱に肉を焼いていたわけだが。

「……聞かなくても後戻り出来ねぇようになってる気がするんだよなー……マジで勘弁してくれ、俺よ」

──李下に冠を正さず

座右の銘を肝に銘じるべきは今なのに。
既に深司と石田にバレ始めたこの気持ち。
用心深く隠していたのに表に出始めたのは、あの馬鹿──夢野の行動が俺の想像を軽く斜め方向に飛び越えるせいだと思う。






(side 内村京介)

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