ヴァイオリンケースからワルキューレを出し、バルコニーへと出る。
ほんのり肌寒い風に目を細めてから、ゆっくりと肩に乗せたワルキューレの重みを感じた。
好きな曲である、パガニーニのカプリース、ラ・カンパネッラと弾いていく。いつものことだけど、非常に技巧的な曲だから、かなり緊張した。
悪魔的といわれたパガニーニの演奏技術。流石に私はそのレベルに達しているとは思えない。
「…………ふぅ」
かなり長い間練習したみたいで、ばらばらとテニス部の人たちもペンションへと戻ってきていた。
ふと、柳生さんが見えたので彼の頼みごとを思い出す。
美しく青きドナウはワルツだし、最後に弾くにはちょうどいいかもしれない。
弓を構え、緩やかに音を奏でた。
眼下で、立ち止まった柳生さんが私を見上げているのがわかる。
あの逆光眼鏡の分厚いレンズと夜の暗闇のおかげで表情はわからないが、喜んでもらえたのだとしたら、嬉しいなと思った。
……私のヴァイオリンで少しでも気持ちが穏やかになるならば、これ以上幸せなことはない。
そっと目を閉じて、集中する。
静かな夜に響く自身の音楽が久々に心地よかった。
今日は色々なことがあったけれど、それなりに……否、かなり楽しかった。
きっと
今夜はゆっくり眠れる気がする。
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