短編 | ナノ


あの大きな背中が、長い髪が、前を見据える鋭い眼が。誇らしい事はあっても、憎い事なんてなかったのに 。






「総長、先日話した例の国の潜入報告についてですが … 」
「……… 」

まただ。またアイツ、あの人を見ていやがる。

「… あの、総長?」

俺の直属の部下であるアキラは、基本的には本部を走り回っていることが多い。 ハックやコアラと一緒に俺のフォローに回るのが仕事の中心になっているからだ(具体的に何のフォローなのかは気にするな)だからか、そういう時は大抵難しい顔をしていたり、困った顔をしているのを見かける。時折コアラが目を三角にして俺に食ってかかってる時なんかは……まぁ、間に入って、苦笑いしてるな。

「………参謀総長~?…聞いてます?一体何を見てるんで………あ。」

つまりだ。
普段アキラが俺に見せるのは、ああいう微妙な表情ばっかりなわけだ。普通に笑いかけたりとか、柔らかい顔、っつうの?それがほぼないと言っていい。
それが、俺はひじょーに、

「…ちょ………ボ…ん…!」

非常に、気に食わない。
や、本人からしてみりゃそりゃ面白くもねぇのに笑えってのが無茶言うなって話なのは解ってる。俺だってそんなん笑えるかって言いたくなるしよ、第一アイツが困った顔ばっかしてんのは俺の後始末に追われてるからで………………うん。
要するに、自分で自分の首絞めてねぇか?
なんて言うんだっけ、こういうの。

「ッ…もおっ!!サボくんッッてば!!!」
「うおォっ?!」

すぐ傍から突如響いた大声に一瞬仰け反る。視線を斜め下にずらすと、案の定というべきか、コアラが目尻をこれでもかと釣り上げて仁王立ちしていた。

「なんだよいきなり……今日はまだ何もしてねェぞ」
「いきなりじゃないし、これから何かしでかすみたいな事言うのやめてくれる?それに私じゃなくて、用があるのは彼だよ」
「あァ?」

視線を更に横に移すと、いつの間にいたのか部下の一人が立っていた。そいつはどうも、と軽く帽子を外すと、調査報告書類を手渡してきた。要件はそれらしい。補足を口頭で伝えると、さっと足早にその場からいなくなった。どうやら急いでいたようだ。
…俺、そんなにボーッとしてたか?

「あからさまに上の空だったわよ」

…見透かしてやがる…。コアラは呆れたように肩を竦めていた。それが何だか、面白くない。

「だいたいサボくんがボーッとしてる間に、あの子行っちゃったよ」
「は?」
「アキラちゃんのコ・ト。…気をつけたほうがいいんじゃない。随分目で追ってるの、見かけるよ?」

本人と他の人はともかく、ハックとかは気づいてると思うけど?

途中から小声で耳打ちしてきたコアラは、意味深な笑いを含ませて踵を返していった。…おいおい。

「なんだよそりゃ…」

どうやら分かりやすかったのは、アキラだけではなかったようだ。壁に寄りかかりながら、視線を真正面に戻す。
そこにはさっきまでアイツが見ていた………我らがボス・ドラゴンさんの、あの後ろ姿があった。
そう。アキラは時折、遠い目をしながらあの広い背中を眺めている事に俺は少し前から気づいていた。いつだったろう…………確か、メシ時だったような?

普段俺はメシ時以外は落ち着いて一箇所に留まるってのが少ないもんで(その時はその時で食うのに必死になってるが)、さっきも言ったように俺の後始末に追われるアキラはコアラと一緒にいることが必然と多い。二人は年頃が近いこともあって、結構仲は良いようだ。さすがにそういう時はいつもよりか気が抜けているのか、顔を綻ばせて楽しそうに飯を摘みながら仲良く話し込んでいる。
…なんだよ、俺にはそんな顔しねェくせに。だいたいアイツは俺の部下のくせに、まともに顔合わそうとしやがらねェ。現に今日だって、まだまともに話すら……まあ今はいい。
とにかく、そんな時だった。二人のお喋りが一区切りついたのと、俺が何気なくそっちを見たタイミングがカチッと嵌った。
そしたら、俺が普段見てる困った顔とも、コアラに見せるあの楽しそうな笑顔とも違う、 なんだか苦しそうな…切なそうな顔をドラゴンさんに向けているアイツがいた。

思えば、あの日から。

あの日から、俺はアイツの…アキラのあの顔が、眼が。どこかに焼き付いて忘れられなくなった。どんな時でさえ、頭の片隅にそれがあって、意識が向いてしまう。同時に心臓が軋んだような音が聞こえてくるんだ。…なんなんだ。
なァ。お前、なんなんだよ。何でここまで俺の中に食い込んでくるんだ?

俺は頭の中で、無意味だと分かっているのに、アイツに向かって問いかけていた。

「サボ」
「…ハック」

目を開くと、目の前にはハックが立っていた。

「どうした?いつも一箇所に落ち着かないお前が…どこか具合でも悪いのか?」
「いや、なんでもねェよ。ちょっと考え事しててな」
「考え事?サボがか?」
「なんだよ」

俺だって考え事ぐらいするぞ。
俺の表情で言いたい事を読み取ったのか、いや、と言いつつも目を丸くしていた。

「…そんなに意外かよ」
「いーや?ただ、思ったより重症かと思ってな」

先程のコアラのように意味深に笑ったハックは、どうやら何となく状況を把握してるようだった。それか、コアラから話を聞いたのか。

「サボ」
「…なんだ」
「アキラなら、裏手にいたぞ」

全く、どいつもこいつも。おせっかいなのか何なのかわかりゃしねぇ。

「分かった、サンキュ」
「武運を祈る」

茶目っ気を含ませてそう言ったハックは、後ろ手を振りながら扉の向こうに消えていった。俺はそれを見届けた後、真正面へと進む。
さっきまで悩んでいたのが、バカみたいだった。

「ん?サボか」
「ドラゴンさん」

俺の気配に気づいたその人は、視線だけをこちらに向けた。俺は迷わずにその横に並ぶ。ドラゴンさんはいつもと変わらない表情のはずなのに、どこか不思議そうな顔をしているような気がして、なんだかおかしかった。それをなんとか胸の内で噛み殺す。

「何かあったのか」

…やはり今日の俺は、あまりに調子が悪すぎるらしい。元々この人はどこか鋭いところがあるのだが。

「いえ、何も」
「そうか」

否定すれば、即座に引いてくれる。追求しない。それが今は有り難い。特に、この人に限っては。

(負けませんから)

胸の内で、宣戦布告。
きっとこの人は気づいてはいないのだろう。だが、それでいい。むしろその方がずっといい。俺は、軽く会釈した後、バルコニーの向こうへ飛び降りた。


「…ん?あれか…?」

崖を駆け下りながらアイツを探していると、少し離れたところに人影が見えた。気配を殺し、姿をそれなりに確認できる距離まで近づいてみると、
やはりそうだった。アキラは海に向かって立っていて、その正面にはキャンバスらしいものが確認できた。
へぇ、絵を描くのか。

随分集中しているようで、アイツはキャンバスに向かって一心不乱に筆を運んでいた。気配はもう絶っていないのだが…こんなんで、調査の任務とか大丈夫なのか。
俺が直々に稽古を見るべきか、と悩んでいると、声をかけられた。

「総長、いらっしゃるなら声をかけてくださったらよかったのに」

いつの間にかこちらを振り返っていたアキラは、珍しいと言わんばかりに目を丸くして俺を見上げていた。

「あ、あァ…せっかく楽しそうに描いてんのに邪魔すんのもなと思って」
「ただの息抜きみたいなものですから、気にしないでください」

一瞬呆気に取られたことに気づかれなかったようだと安堵した俺に、彼女は何か御用が?と首を傾げた。

「んーまぁ……用といえば、用かな」
「えー?何ですかそれ」

クスクス笑いながら返答するアキラに、上手く言葉を返せない。なんだよ。お前、いつもはそんな風に俺に笑いかけたりしないだろうが…

「あっ」

ふいに声を出した彼女の視線の先を追うと、先程別れたドラゴンさんがいた。それに気づいてしまったら、もう、さっきまでの暖かな気持ちはどす黒いものにすり替わってしまっていて。
俺は。

息苦しさの中、自分より遥か下にある彼女へと手をばす。その視線は相変わらずあの横顔へ向いていて。黒々とした感情が渦を巻く。指先が唇を掠めた事に、揺れ動いたのは俺だけなのか。なァ 、

「こっち見ろよ」



恋して愛して、憎んでる。

例えあの人が相手でも、こればっかりは譲れない。





(ドラゴンを見つめる彼女を諦めないサボ。Twitterお題より)
2016/01/28 投稿
2016/02/12 修正
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