短編 | ナノ


意識が半分覚醒している中、気持ちのいいシーツの感触にまどろむ。確か、これは昨日おろしたばかりのもの。通りで爽やかな香りがする訳だ。息を吸い込むと、お気に入りの柔軟剤の香りが内側いっぱいに広がるのが分かった。なんて心地いいんだろう。外からはしとしとと優しい雨の音がする。今日は土曜日。大学は休みだし、今はこのまま二度寝に入ってしまおうか。目を開けられずに甘い誘惑に負けそうになりながら、おもむろに手を伸ばした。
…何か、固いものに当たったのがはっきりわかった。

(…あれ?)

未だ目を閉じたまま眉間に皺を寄せる。その時点で私はようやく、ベッドに自分以外の何かがあることに気づいた。なんてこった。いくら眠っていたとはいえ、これは鈍いと言われても仕方ない。なんてったって、ワンルームの我が家に置いてある私のベッドのサイズなんてたかが知れている。こんなにベッドを占領されているにも関わらず、よくわからなかったものだ。我ながら呆れてしまう。しかも、私は目を閉じてもわかるこの匂いに十分過ぎる程覚えがあった。そして、恐る恐る目を開いてみる。
そこには、

(あぁ…やっぱり。)

恋人のサボがいた。
部屋の中に彼がいたことは特に驚いていない。彼には以前この部屋の合鍵を渡していたから。ただ、本当にいつの間に入ってきたのか…そもそも昨日は彼に会ってすらいない。枕元に手を忍ばせてケータイを探した。時刻は、7時22分。ええと、昨日寝る前までに一体何をしていたんだったか…若干寝ぼけているだろう頭を必死にフル回転させて、昨日の動向を思い出してみる。確か、バイトが思ったより長引いて、それで日付が変わる少し前にようやっと家について…そうだ。それでシャワー浴びて、髪乾かしてすぐ寝ちゃったんだ。そう言えばこのところ、テストやら課題やらが重なっちゃって連絡くらいしか取ってなくて全然会えてなかったし…悪いことしちゃったかなぁ。―それにしても。

(相変わらずキレーな顔……)

左目に大きな傷こそ残っているものの、サボは目鼻立ちがはっきりしていて端正な顔立ちをしている。むしろその傷はワイルドな印象を際立たせて、男ぶりが上がっている。金色の少し長めな髪には緩めのおしゃれなパーマ。今は見えないが、閉じている瞼の下には、鮮やかな青の瞳が隠れている。我が彼氏ながら、十分な目の保養になる容姿である。
おもむろに両手を伸ばし、指先を後頭部の柔らかそうな髪に絡ませてみた。

「柔らかー…気持ちいい~…。」

思わず声が出てしまうくらい触り心地のいい髪。金髪の私の指から離れることなく滑らかに流れた。戯れに顔を彼の頬に寄せる。サボが起きている時はこんなことはとてもじゃないけどできない。だから、と言えば言い訳だけれど、せっかくの機会だ。このまま少しだけ大胆になってしまおうか。

「アキラ」

突然耳元ではっきり響いたテノールに心臓が飛び出すかと思った。あまりに驚きすぎたせいか、かえって一瞬声が出なかった。

「…ッい、いつから、起きてたの…」
「んー、アキラが…俺の胸板触った時から…?」
「いや、触ってないですけど…」

なんのことだよ(あ、最初に手動かした時か…?)

「んなことよりさぁ…もう触んないの?」
「えっ?」
「…気持ち良かったのに…」


グイッ
まだ覚醒仕切ってないのか、彼は寝ぼけ眼で私の腕を掴んで引き寄せた。そしてあれよあれよという間に私の体はサボの腕の中にすっぽり収まってしまっていた。タッパのあるサボの胸板は思ったよりもずっと逞しくて…状況のわかっていない私は、ただひたすらに目を白黒させるばかりだった。

「…アキラ…」

力強い腕に翻弄されて、大好きな声がダイレクトに鼓膜に響く。掠れた声で呟かれる名前はどうしようもない色っぽさと一緒に表に溢れてきて、私はもういっぱいいっぱいになってしまった。なのに追い打ちを掛けるように、「もっと髪、触ってくれよ…」と私の手をその大きな掌で包みながら、自分の頬に押し当てた。
ああ、もう。
いつ家に入ってきたのとか、本当は長いこと連絡も会うこともできなくて怒ってるんじゃないだろうかとか、家からそれなりに距離があるのに早くから会いに来てくれたのかとか、そういう色んな気持ちがごちゃごちゃになって胸の内がいっぱいになった。
そして結局、好きだ、って気持ちのが勝っていて。

「ずるいよ…」

言いたいことなんてたくさんあったのに、何も言わないで言わせないで、こんなに喜ばされてる。先程まで触れていた金髪にまだ指を通して梳かす。両手で彼の頭を囲むと、サボはゆるく笑って胸元に鼻先を擦りつけた。雨はまだ降っているようだ。外は時間の割には薄暗い。でも今日くらいは二人で、二度寝してしまおうか。







「えっ、オレ昨日連絡したよ?」

時刻は10時7分。朝ごはんというよりブランチになってしまったトーストに齧り付きながら、キョトンとした顔をしてサボはそう言い放った。

「えっ…?」
「今日の朝顔出すねって」
「えっ本当に?わ、ごめん……」
「ん、いーよ。バイト断れなかったんだろ?エースから聞いてたから」

慌ててケータイを確認すると、ラインにはサボからの今日の予定を確認するメッセージが入っていた。全くもって不覚である。

「むぐっ…こっちもさあ、ルフィの奴がまた宿題片付けやがらねぇでいたから、気が付かないうちに相当溜まっててよ…一昨日とうとうオレとエースで叱りつけて無理矢理やらせてたんだよな…ローとかキッドの奴も手ぇ貸してくれたんだけどよ…」

特に気にする様子も見せず、今度はベーコン付き目玉焼きを口いっぱいに頬張って楽しそうにあの底抜けに明るい弟くんの話を続けた。口ではなんだかんだ言ってはいるものの、兄弟思いな彼は結構世話焼きで、手のかかる弟がまんざらではないらしい。優しいお兄さんの顔を見せるサボに、思わず表情が綻んだ。

「で、なんとか片付いたんだ?」
「まあな…ルフィの奴も結構も周りに恵まれてるから、何かあっても同期の連中がフォローしてくれるしよ」
「人望あるよね」
「だな。さすがルフィ」

いい所も、悪い所も惜しみなく愛情を注いでるお兄さん振り。これは言うつもりはないけど、…ちょっとジェラシーを感じちゃう。あ、食べカスついてる。

「それでな…」
「ちょっと待って」

続きを話そうとするのを制し、口元に手を伸ばした。そして指先で食べカスを取る。

「あっ…、ありがとう」
「いーえ」

勿体なかったのでそのまま口に放り込んだ。

「ちょっ…アキラおまっ…!」
「え?何?」
「…なんでもない」

一瞬驚いたように目を見開いたサボは、何かとても言いたそうにしていたがすぐに言葉を引っ込めた。途端にそっぽを向いて口を噤んでしまう。ただ、髪の隙間から覗く耳が若干赤くなっているのがわかった。
…なんか。

「て、照れないでよ…」
「照れてなんかねーよ!!」

むきになって否定する様はかえって説得力がない。

(あんなこと平気で言うくせに、可愛いなぁもう…)

どこまでもずるい。頼もしくていいお兄さんで懐も広いのに、こんな繊細なような初なような部分を持ち合わせてるこの人から、離れられる気がしない。同じテーブルに並んで座る。それでもまだこちらを見ないこの人のだらんとした手を受け取る。一瞬ビク、と揺れるものの、拒否する素振りはない。私よりずっと大きくて逞しい掌の温度が、ひどく愛しい。肩に少しだけ寄りかかると、彼は聞こえるか聞こえないかというくらいの微かな声量で呟いた。


ずるいよ。

…それはこっちのセリフだよ。




(学パロでした。エースとは同じバイト)
2016/01/30 投稿
2016/02/09 修正
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