短編 | ナノ


あの日からずっと俺はどうしようもない想いを燻らせている。

俺の名前はサボ、というらしい。らしいというのには訳があって 俺にはここに来る以前の記憶がなく、持ち物に書いてあったこの名前にすらしっり来るものがないからだ。目が覚めると俺はボロボロで体中包帯を巻かれていて、目の前には変わった刺青を顔に入れた長髪のオッサンが立っていた。その場にいた他のオッサンに聞くと、この人が俺を助けてくれたらしい。その後、俺の大恩人とも言えるその人こそが革命軍のトップに君臨するかの革命家ドラゴンだと聞かされたのだから、俺も大概運に見放されてはいなかったようだ。何も覚えてはいなかったが、彼らに親を捜すと言われた時俺は反射的に嫌だ、と叫んでいた。理由は自分でもわからなかったが、ただ親元に帰りたくないという強い想いだけが俺を動かしていたことだけは間違いなかった。ドラゴンさんもまた全てを知らずとも何かしら俺の事情を察してくれたのか、何も言わずここに置いてくれた上、俺を直々に鍛えてくれたのだから感謝をする他ない。あれからずっとあの人の背中を追い続け、走り続けている。

充実している。そう思っている。この道を歩くのに強さや自由、この先の目標にこそ渇望すれど、足りないものなんてない。以前の記憶のこともそれを失った今、両親すらも今の俺の後ろ髪を引く存在ではなかった。それを跳ね除けてここまで辿り着いたというのに、取るに足りないものではないのか。何度も何度も自分に言い聞かせてはみたものの、胸の奥で何かが引っかかっている感覚だけが残っているような気がして、あれからそれなりに長い年月が経った今もそれを払拭することができないでいた。
そのことを、俺は誰にも打ち明けたことはない。

そして、とうとうあの日。その理由がわかった時、俺はあっという間に崩壊した。

『うわあああああああああああ~!!!!』

「サボ!!一体どうした!!?」
「サボ君!!しっかりして!!」
「大変だ!総長が!!!」

記憶の濁流に飲まれながら、俺はこの瞬間になってようやっと自分の中に戻ってきたこの存在に恨みすら抱いたのかもしれない。どうしてもっと早く思い出さなかった、こんな大切な事を。どうして今の今まで取り戻さなかった。文字通り自分を呪ったのだろう。悔悟ばかりが脳の中を駆け巡り、一気に流れ込んできた自分の感情に耐え切ることができなかった。
あのどうしようもない不自由の中でも過ごすことができた夢を誓った日々。失った兄弟のこと、生き残ったくれた兄弟のこと。自分を縊りたいくらいの強い後悔の念をなんとか押し留めて、また思い出したのは、彼女のことだった。







あれから、本当に色々あった。夢の中でもありとあらゆる記憶やそれに纏わる感情に振り回されていた俺は、何と三日三晩熱を出し目覚まさなかったらしい。起きてすぐコアラが目の前で泣き崩れていた時にはさすがに驚いた。そして、記憶が戻ったことを伝えるとコアラは革命軍を辞めるのか、と聞いてきた。
辞めない。俺にはまだやることがある。
そしてドラゴンさんと話をつけた後はもう怒涛の如く。二年もかかったが、ドレスローザに向かい、ドフラミンゴの武器密売の秘密を探ったり、ルフィに会いに行ったり、エースの悪魔の実を手に入れたりと何かと忙しかった。いや、忙しかったと言えば言い訳になっちまう。つまりだ。それらに関してもすぐどうにかなることではないが、目下俺が今一番心を占めているのは。
幼い頃別れたきりの、幼馴染のことだった。俺達と頻繁にと言えばそうでもなかったが、それでも歳の近い異性の友だちは彼女が初めてだった。俺達とつるむだけあって気が強く、一時はガープのジジイの壮絶な『シゴキ』に腹を立て、幼い上女だてらにジジイに食ってかかってったこともある(あん時は正直すげぇ焦った)。さすがにガープのジジイもそん時はあっさり引いた。マキノが止めに入ってたこともあったしな。だがそんなとこもあるのに、笑った顔がなんつうかこう…柔らかいっつーのかな?俺達みたいに大口開けて笑ってる感じじゃなくて、うっかり和んじまう感じの笑い方をする奴だった。…ちょっと毒舌っぽかったけど。

「つまりサボくんはその子しか眼中にないくらい夢中、と。そういうわけだ?」
「うおッ!?」

突然脇から聞こえたコアラの声にひっくり返った俺は、案の定白い目で見られる。……おいおいおい。

「つーかなんで俺の独白聞こえた」
「そりゃ声に出してりゃ聞こえるよねぇ。駄々漏れだったから気をつけてよね、こっちが恥ずかしいわ」
「げっ」

油断にも程があるだろう。

「迎えに行かないの?」
「…言っただろ…俺は死んだ事になってんだ。今更会いに行ったって、約束なんか忘れてるだろうしよ」
「約束?」
「”一緒の船に乗らないか“って誘ったんだ。そんで海に出られる歳になったらまた誘うって」
「なるほどね…。でもだったら尚更、会いに行くべきだと思うけどな」
「あ?」

コアラは窓の外を見ながら、はっきりと答えた。

「いつかまた会えた時にこうしようって決めてても、また会えるとは限らないんだよ」
「………。」
「それにもし、彼女が約束を忘れてなかったら?そうでなかったとしても、サボ君はそれを確かめるべきだと思う。でなきゃずっと縛られたままだよ。お互いにね」

そう言い残してコアラは背を向けて部屋を出て行った。

「…縛られたまま、か…」

自室のベッドに身を預けた。

自分で言うのも難だが、他の事なら悩みもしないだろうに、アキラのこと一つでこのザマだ。ずっと彼女に言うつもりだった言葉も霞がかるくらい時間が経ってしまって劣化しそうだってのに。まさか、こんなに待たせてしまうなんて。改めて記憶を失った自分を呪いたくなった。そうなると。ネガティブな感情に囚われていく。

元から俺に気持ちなんかねえんじゃないのか?
そもそも約束を覚えているのか?
実はエースのことを想ってたんじゃねえのか?
そうじゃなかったとしても…、もう他に想う男がいるんじゃねえか?

挙げ出したらキリがねーことを延々と続けて頭が痛くなってくる。俺はこんなに女々しかったか?これじゃどうにもならねー。
…もうやめだ。
勢い良く身体を起こす。どれだけ想像しても何を言っても、全てはあいつの顔を見なきゃ始まらねぇんだ。だいたい俺はアイツを自由にしてやることだってできるんだ。もう死んだはずの存在にアキラが囚われているとは限らないが、それでもアイツの選択を尊重してやることもできる。なのにそれを選べず、ずっと内側で燻り続けているということはそういうことだろう。帽子を引っ掴み、コートを羽織った。…腹はもう決めた。そして外へと繰り出した。
行き先はイーストブルー。





コルボ山。懐古の気持ちが俺にもあったことになんだかホッとする。正直思い出したくもない記憶も関わりたくもないところもあるが、俺にとって一生消せない場所でもあるのだ。どうやら、山賊の連中は山を下りているらしい。だがそれよりも。

(アイツは一体どこにいるんだろう…)

フーシャ村の方にはなんとなく行けず、一先ず三人、いや四人か。俺達四人がよく海を眺めていた場所まで足を踏み入れた。海がよく見えるあの場所へ。
真っ直ぐに向かうと、なんと女が一人立っていた。気配を殺す。ここからでは後ろ姿しか見えないが背格好から見るに俺と変わらない歳の頃のようだ。彼女は黙って海をしばらく眺めていたが、おもむろに両足を抱えて座り込んでしまった。
どこか具合でも悪いのか。
先程から黙って様子を伺っていた後ろめたさもありどうしたものかと思案していたら、頭の奥でチリッと火花が鳴ったような気がした。−見覚えがあるような。

実は一度だけ、彼女に触れたことがある。川に落ちそうになって、咄嗟に抱き留めたのだ。アキラは驚いた顔してすぐ、笑って礼を言った。それがひどく可愛かったのを覚えている。すぐ様エースとルフィにからかわれそれどころじゃなくなったが。そして、確信した。

「何やってんだよ」

とても言葉なんて選んでいられなかった。一秒でも早く側に行きたかった。だが声をかけた途端彼女がまるで不意をつかれた猫のように飛び上がったのを見て、俺はさっきまで気配を殺して様子を伺っていたことを思い出す。振り返った彼女を見てさらに確信は深まった。だが。

(何もそこまで驚くことねぇだろ…!)

あまりの驚きように笑いが勝ってしまって、目の前には思い募ったアキラがいるのに、そして俺が笑っているのに腹を立てているだろうに対処できない。笑いを必死に抑えようと奮闘する中でも、アキラから目が離せないのに。短かった髪も少し長くなってうっすら化粧も施していて、垢抜けた。オンナになっていたことに心臓が忙しなくなった。
だが。面白くないこともあった。

「会ったばかりの人間に一方的に驚かされた上あれだけ笑われれば愉快とは思えないわね」

会ったばかり。いくら死んだと思ってたって、少しはまさかと思ってくれたっていいだろう?俺はすぐに気がついたのに。子供じみた感情なのはわかっていたが、それでもどうしてもアキラから分からせたくて、強引に腕の中に収めた。あの頃よりずっと華奢な身体は簡単に抱きしめることが出来た。少し反抗されても、なんのことはない。クラクラするような香りに離れ難くなってしまいそうだった。
気がつくと抵抗をやめた彼女は、無意識なのか指先で俺の髪に触れていた。それがひどく心地良い。そしてやっと気づき始めたのか、俺の顔を確かめたがった。
ゆっくりと帽子を取ったことで目がはっきりと合う。なのに、まだ信用はしてくれないみたいだった。

「“一緒の船に乗らないか”」

先ほどまで躍起になって否定していたのに、スイッチを押したみたいにピタッと止まった。瞳が揺らいでいるのがわかる。その事実だけで十分だった。もう答えを待つ気はない。最終宣告を伝える。

「答えは決まったか?」

ところがアキラはこちらの方が約束を忘れていると思っていたようだ。ある意味では正しいが…もう遅い。俺は彼女を見上げて、手を出来る限り優しくしっかりと掴んだ。視線は決して外さない。

そしてここでやっと、無意識のうちに燻らせていた十数年越しの初恋を叶えたのだった。



逃がしはしない

お前がなんと言おうと拐っていくだけだ。




(Twitterお題より。最大級の口説き文句続編、サボ視点でした)
2016/02/04 投稿
2016/02/09 修正
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