短編 | ナノ


おかしい。

「おい、アキラ」

なんで私は、

「聞いてんのか人の話。お前に話してんだけど?」
「はっ、はい!!」

この人に捕まってるんだろう?





話は少し遡る。ここ革命軍総本部において給仕係を務める私は、数ヵ月前からよくこのNo.2である参謀総長に構われることが多くなった。といっても、ほんのささいなことだ。例えば「今日のメシ何?」とか「悪いけどこれ代わりに渡してきてくれ」とか、そんな雑談とかちょっとした頼まれ事のようなもの。何せ私以外にもそういう雑用をちょいちょいこなす役柄の人間はいるから、最初の頃こそ全くそんな風には考えていなかったのだけど…。ただ目のつく所にタイミングの良い時に近くにいたから、総長もなんとなく声をかけているのだろうと思っていた。
なのに。最近ちょっとおかしい。

「わ!おいしそう。今日はキッシュなんだね」
「コアラちゃん」

あのまんまるな瞳をちょっと細めて、彼女はおなかすいたーと言いつつ走り寄ってきた。ここのところ仕事が立て込んで缶詰め状態だったようで会うのは久々だ。どうぞ、と言いながら彼女に今日の昼食を渡す。
基本的に決まった会議でもなければ、ここでの食事は各自各々が自由に取ることになっているので時間が定まっていない。任務で遠くに行っていたり、ずっと一ヶ所に潜伏捜査なんかしてる人もいるし、サイクルがバラバラだからだ。だけど自然と人数が多くなる時間は把握しているので、給仕長もその時間にはすぐに行き渡るように準備をしている。壁にかかる時計を見上げるとお昼はとっくに過ぎていて、人もまばら。ピークは終わったなと感じた。

「ねぇアキラちゃん、せっかくだから一緒に食べない?ゆっくり話したいし!」
「えっと…ちょっと待ってね」
「いいよ、行っておいで」

後ろからかかった声は給仕長のものだった。厨房からカウンターにわずかに顔を出している。

「ちょうど落ち着いたしな。休憩だ」
「ありがとう」
「アキラちゃんの分持ってきたよ」
「わっ、ありがとコアラちゃん。行こっか」
「うんっ」

給仕長はこれも持ってけ、と紅茶も入れておいてくれたので、それを二人分受け取り彼女の後を追った。
今日は快晴。こんな日に食べるご飯はきっと最高においしい。

「これ、コアラちゃんの分」
「ありがと!」
「今日のキッシュおいしいよ、味見させてもらったんだ」
「ほんと?ひょっとしてダズの新作?」

そう、とキッシュを頬張りつつうなずく。ちなみにダズというのは給仕長のことである。

「…ん、!おいしい!ガッツリいけちゃうね」
「ふふ、そんなにお腹すいてたの?」
「そーなの!全っ然ヒマがなくって」
「じゃあいっぱい食べないと。他にも持ってきたからどうぞ」
「やったぁ!」

そう言うとコアラちゃんはよっぽど余裕がなかったようで、もくもくと食べ続けた。あまりに詰め込むのでリスみたいにほっぺを膨らませている。かわいい。いつの間にか私は笑っていたようで、彼女は私の視線に気がつき、どうしたの?と言わんばかりに首を傾げた。
それに何でもない、と頭を振って紅茶を渡す。それを少しずつ飲みきったコアラちゃんは照れ臭そうに「がっついちゃった、もっと食べなよ」と手にキッシュを持って私に食べるように促した。
かぶりつく。うん、おいしい!

「紅茶もおいしいね!これ何?」
「アップルティーだってさ。ダズさんのオリジナル」
「いいね、これでまたデザート食べたいな」
「食べ過ぎだよー」
「だーってサボくんがさー」
「総長が?」
「そう!また好き勝手してくれちゃって!」

コアラちゃんは任務から帰ってくるとこうしてやってきて、総長への不満を私にこぼしていく。サポート役を任せられている彼女の立場からすると、総長はものすごく、かなり、驚くほどの自由人なんだそうだ。自分のやりたいようにしか動かない人というか。あまり直接的に関わることが少ないので少し驚くのだが、マシンガントークのごとく語られる総長の所業は突拍子もないものばかりで、正直呆気にとられてしまう。
ただいつも熱くなって総長に対する愚痴をこぼすコアラちゃんはそれでもやっぱり、彼のことを頼りにしているのだな、と感じた。なんだかんだ言っても何かあるとすぐに彼のそばに駆けつけるようだし、何より強い信頼あってこそと思えた。それがなんだかとてもほほえましい。
そうだ、あの事を聞いてみようかな。

「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」
「んっ、なぁに?」
「あのね、その参謀総長のことなんだけど」
「…?アキラちゃん、サボくんのことそんな風に呼んでたっけ?」
「え?」
「だってこの前、サボくんと楽しそうに話してなかった?てっきりそれなりに仲良いのかと思ってたのに」
「ええ?」

なんの事だろ、初耳なんだけど…

「そんな、私なんか総長と仲良くないよ。そりゃここ最近はなんか声かけられること妙に多いかなって思ったけど、別にちょっとした雑談とか軽い頼まれ事引き受けたくらいだし」
「頼まれ事?」
「うん。書類代わりに渡しに行ったりとか」
「雑談ってどんな?」
「今日のご飯何、とか、綺麗に晴れたねとか世間話だよ」
「……………」
「それに、私の方はさすがに総長のことはわかるけど、向こうはこっちのことなんて認識してないんじゃない?他にも給仕の子いるし、あんな派手な、ましてやNo.2なんて言われてる人が私なんか覚えて…」
「アキラ」

てっきり私たち以外誰もいないと思っていたので、肩が跳ねるほど驚いてしまった。
しかもこの声は。

「あれ、サボくん」
「悪いけどコアラ、ちょっとアキラ借りてくぞ」
「ええっ!?せっかく二人でランチしてたのに…!ちょっとサボくん!?」

コアラちゃんの制止も聞かず、総長は私の腕を掴みどんどん先へ歩を進めていく。私は突然の状況に何から言えばいいかわからず為されるがままで、ひとまずコアラちゃんの方を向いて「ごめん、終わったらすぐ戻るね!」と声をかけた。
彼女は、そのまま座り込み諦めたように「がんばって」と返事を返してくれた。

ん?何をがんばればいいんだろう…

私の方を振り向きもせず歩く総長は速い。コンパスの差もありとてもではないが着いていけず、すぐ息が上がってしまった。

「…っ、悪い。気づかなくて」

一心不乱に前を見ていた彼はそれに気づいたようで、すぐに止まってくれた。「いえ…」と息が整わない中返事をするが、まだ治まりそうになかった。
やがて私の方がやっとのこと落ち着くと、総長は静かに切り出した。

「なぁ…、さっきの、何」
「えっ?」
「俺と仲良くないとか、俺がアキラのこと知らないとか」
「あ、ああ…」

聞いてたんですね(これ、怒ってる?)







ここで冒頭に戻る。

「俺そんなに記憶力ないように見える」
「いやっそんなつもりは!ご気分を害されたのでしたら謝ります!」
「別に怒ってねーよ」
(いやいやいやいや!どう見たって怒ってるじゃないですかー!)

と言えたらどんなに楽か。ああ、少し前の私、バカ……

「あれはですね、参謀総長みたいな人の上に立つ立場の方が、私みたいな末端の人間のことまで顔を覚えてくださってるとは思わなくて…。私の言い方が悪いばかりに、申し訳ありません…」
「………………」

総長はとうとう黙ってしまった。どうしよう。さっきコアラちゃんにもここ最近のあの総長のことを聞こうと思っていたのに、聞きそびれてしまったし。総長はなんでこんなに怒ってるのかわからないし。あ、もしかして、

「あの、総長…」
「……何」
「ひょっとして、さっきの、コアラちゃんが話してた総長のお話のことで何か…」
「どうせ俺の悪口だろ。アイツいつもお前に話してるじゃないか…そんなことどうでもいい」

ピシャリとはね除けられてしまい、もはや打つ手がなくなってしまった。このことで怒ってるわけではないらしい。どうしよう。

「…………………。」
「え、えっと、あの…………」

本当どうしよう。
困り果てて私は何も言うことができず、お互いしばらく沈黙を続けた後でようやく、総長は口を開いた。

「…アキラ」

私の名前を呼んで。あれ?

「俺、名前くらい覚えてるぞ。さっきも呼んだし、何度か話したろ?」
「は、はい…ありがとうございます。覚えてていただいて、それに私の配慮が足りなくて」
「別に責めてないしそれはもういいから。謝るな」
「あ、ありがとうございます…」
「アキラ」
「はい」
「アキラ」
「はい………」
「……アキラ!」
「はっ、はい!なんでしょう総長!」
「あとそれ、何」
「え?」

総長はおもむろに私の髪を指に絡めた。なんだか、さっきよりも距離が近い。

「俺、名前で呼んでんのに。なんでアキラはそんなタニンギョーギなわけ」
「そ、それは………コアラちゃんならともかく、私みたいな下働きの人間が総長を気安く呼ぶわけには」
「俺は“差別”はしない」

総長のはっきりとした声が響く。

「それは軍内部であってもだ。参謀総長なんて肩書は組織内のただの役割だ。別に権威ぶって振り回すものじゃないし、偉そうにするための名前でもない。同じ目的を共にする仲間なんだから、そこまで上下関係を気にするなよ…それに俺は」

お前と対等でいたいんだ。
固い意志を示すような凛とした発言は、いとも容易く私の中に残った。この人の志の高さに初めて触れた時だった。

「だから、俺のことはその、名前で呼ぶように」

以上!彼はそう言ったっきり背を向けてしまって、あっという間にどこかへ行ってしまった。一方の私はというと、

(すごい……コアラちゃん、総長は言うほど身勝手ばかりな人じゃないよ。こんな細かなところにまで気を配って、理想にすごく忠実なんて)
(なんだか参謀総長を見誤っていたんだな。おこがましいけど、本当に、すごい人なんだ)

今まで関わりのあまりなかった総長を、いやサボさんに尊敬の気持ちを持つようになっていた。うん。
今度差し入れに、ダズさんの新作キッシュ持って行ってあげよう。





「……で?肝心なことは言えたの」
「……………。」

同じベンチに足を組み、並んで座るコアラに俺はすぐに返事ができなかった。

「名前で呼べ、ってだけは言った……」
「多分伝わってないと思うよ。アキラちゃんそのへん妙に頑なだったし」
「…………。」
「それにそのまま置いてきちゃったんでしょ?せっかくチャンスだったのにね」
「…………………。」
「サボくん、キミの敗因はね。何がなんでも向こうから進んでキミの名前を呼ばせようとしたっていうその、


負けず嫌いのせい


だと思うよ。また次回がんばりましょう」

…………うるせぇよ。




(コアラは全てお見通し。おそらく続きます)
2016/02/09
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