短編 | ナノ


「サボ!起きてる?」

時刻は午前5時40分。まだギリギリ日が顔を出さない薄暗さを横目に、彼の部屋の扉をノックした。…返事がない。気は引けたが、時間もないのでそのまま扉を開けた。

「………寝てるし」

そうだろうとは思いつつも部屋に立ち入ると、サボはベッドの上で四肢を投げ出し、大きなイビキをかいていた。あ、お腹出してる。よく風邪引かないな。両肩を掴んで思いっきり揺さぶる。

「サボ!時間だよ!!」
「ん…」
「起きて!今日は早出だって言われてるんでしょ!?」
「…………ん"ー…」
「サボったら!!」

何回も声をかけ続けるが、彼は唸るばかり。それにかなりの力で揺すっているはずなんだけど、眉間にシワを寄せて目を開けようとしない。最後には枕を抱えてうずくまってしまった。

…ダメだこれは。

自室で警戒してないせいか熟睡している様子の彼は起きる気配すらない。これは起こすのに骨が折れるだろうな。だけど今日は暗いうちに出港しなければならないと言っていたし、いい加減起きてもらわなければ間に合わなくなるのだ。…仕方ない。
最終手段といこう。私はいったん部屋を後にした。


◇◇◇


(なんだか、息苦しい。しかも妙に熱いような…?)

サボは顔の周りが妙に熱くなっていることに気がつき、少しずつ覚醒していった。いや熱いだけではない。まるで狭いところに閉じ込められているようで上手く呼吸ができない。

(なんだこれは、まさか死ぬような夢なのか?冗談じゃない、)

大きく口を開き酸素を吸い込もうとした。途端に、口内を熱風が支配した。

「あ"っ…!!あっっっづあーっ!!!っげほっ、ゲホゲホッ…!!」

バサッ!毛布と顔を覆っていた何かを弾き飛ばし、思い切り咳き込んだ。

「遅い」
「っは…あ、アキラ!?なんで部屋にいんだ…?」
「いいから早く支度して。間に合わなくなるから」

ピシャリと叩きつけるような返答。あまりな言い様のアキラにサボは反論しかけたが、直前で口をつぐんだ。目の前の彼女がいかにも憤然とした面持ちで、目が据わっていたからだ。これは、まずい。こめかみに冷や汗が流れる。

「5分よ」

防衛本能が働いた。サボは、青ざめながらも即座に飛び起きるしかなかった。
これが、革命軍参謀総長の本日の朝である。



「……………一応言っとくけど何回も起こしたんだからね」

ベランダの手すりにゆったりと体を預け、アキラは瞼を閉じたまま室内に声をかけた。どうにか身支度を終えた様子の彼は帽子をかぶり直す。

「だからって、これはないだろ………」

口元を引き吊らせながらも、少し冷えた濡れタオルで顔を拭う。それは先程まで寝ていた自分の顔を覆っていたものだった。おまけに、持つのも熱いくらいの蒸したものを使ったようだ。

「窒息したらどうすんだよ」

自分の横に並ぶまで、3分47秒。タイミングを見計らい、予告と比較するために自分の左腕をチェックしたアキラに対してさすがに苦情を洩らすが、本人は「顔も拭けて丁度いいでしょ」と歯牙にも掛けない。

「ま、今度からは人の手を借りずにきっちり起きれば済むことよ。だいたい昨日起こしてくれって頼んだのはそっちでしょ?」
「…そりゃ、そうだけどよ…」
「だったら文句言わない!ほら、時間だよ。早く行かないと」
「うわっやべぇ!」

時間が刻一刻と迫る中、まるで捨て台詞のように「助かった!ありがとな!!」と叫びながら手すりに足をかけ、そのまま外へ飛び出していった。彼女はそれに力なく手を振ることで答えた。
ちなみにこの部屋にはきちんと出入口用の扉もあるのだが、どうも面倒臭がりの節がある彼は直接外へ出られるここばかりを使う。以前から幾度となくコアラなどが注意していたようだが依然としてかの男に聞く耳はなく、もはや意味もないだろうと誰も何も言わなくなった。
まっすぐに船に向かっていく背中を見送り、部屋に戻る。

(ていうかなんでまたわざわざ起こすよう言ってきたのか…?)

昨夜、いつもはきちんと自分で起きているだろうになぜか彼女に朝起こすよう依頼してきたサボは、今思えば少し様子がおかしかったような、とアキラは思った。いつもなら自分勝手な理由だろうが臆すことなくはっきりと言う人。なのに理由を訊くと、口ごもって曖昧にしようとしていたように思う。その時は特に手間もかからないだろうと気にしなかったのだが、

(そう言えば、なんか隈があったような?寝れなかったのかな…)

ふわぁ。アキラは欠伸を掌で隠す。

(私も合わせて早起きしたからな…でも二度寝するわけにもいかないし、朝稽古でもしてこようか)

長居は無用と部屋を出ようとした彼女はふと、視線を横にずらした。開かれたクローゼットの戸に彼のあのトレードマークとも言えるコートがかかっていた。何気なくそれに触れる。

(……大きいな…………)

自分よりずっと背の高い彼の物であるだけに、袖も丈も、自分で持ったら引きずってしまうだろうとわかるくらいのサイズ。はじめ見た時は本当に他意はなかったが、それを眺めているうちに妙な願望が湧くのがわかった。
部屋の中には他には誰もいない。それはわかっているのに、なんとなく後ろめたさがありアキラは思わず周囲を確認してしまった。

(ちょっとだけ)

誰に言うでもなく胸の内で言い訳をする。

「わ…やっぱすごく余る……」

本人のいないサボの部屋で、彼のコートを羽織る。どれくらい体格に違いがあるのかちょっとした好奇心で試したのだが、やはりと言えば当然だが丈は全く合わなかった。腕は袖で埋もれるわ、肩からはずれ落ちそうだわ、裾は案の定引きずる。皺になったら困るのでゆっくりと袖から腕を抜き、代わりに腕をクロスさせて前身頃を掴んだ。鼻腔にほんのりと香るのは。

(これサボの匂いかな)

あれ。なんか、あたし変態みたい。アキラは顔が熱くなった。人の部屋で、人のコート勝手に着てそのあげく、良い匂いとか…

「ダメだすぐ脱がなきゃ…」

パサッ。何か落ちた音。振り返るとそこには、よりによって最も見つかってはならない人が立っていた。

「さ、サボ……!?」

もうとっくに出港しなければならない人がなぜ。サボは窓際で帽子が床に落ちたことにも気づいていないようでこちらを見たまま、またなぜか固まっている。

「え、と、時間とっくに、過ぎたけど…………?」
「あ、え、いや、忘れモンして……後で追い付くからって、先に出港してもらったんだ」

なんてことだ。急かしすぎたのかな、結局起こしたのもムダにさせてしまったのかと一瞬思ったが、今はもはやそれどころではなかった。

「……え、えっと……これはその……………」
「………………………………」
「と、特に大きな理由はなくて、ただその…、どのくらい体格違うのかなってなんとなく気になったというか…………」

(何今さら言い繕ってんのやだもうわけわかんない)

混乱するばかりで、冷静になることができない。

「………………………………」
「あ、その……………………」
「………………………………」

あまりの恥ずかしさで、さっきよりも顔が熱いのがアキラはわかったが、どうすることもできなかった。黙ってうつむく。沈黙が続いた。その間アキラは羞恥心に頭を上げられなかったせいで、目の前の男が口元を隠してそっぽを向いてることに気づかなかった。

ああ、

(軽蔑される……………)

涙が滲む。そして頭の上に影がかかったことにも気づかず、アキラはキツく抱き寄せられた。

「……………はっ…?」

身長差があるせいで彼女の身体は少し浮いている。顔は後頭部に回った手が肩口に押し付けてるせいで、少し苦しい。彼の顔は見えない。先程コートから香ったのと同じものが強く感じられた。それにまたアキラは恥ずかしくなる。
それでもただただ戸惑うばかりで、抵抗することも、声を発することも、状況を受け入れることもできない中で、

「………なんでこんな、………のに……こと……だよ…………」

サボだけが小さな声を絞り出した。彼に見合わないほどの声量で、アキラには聞き取ることができなかった。そしてなぜか、

「わっ」

サボはまだ羽織ったままのコートを引っ張りあげてそれを彼女の顔に被せてきた。衿を掴まれて包まれているせいで、視界が真っ暗だ。

「さっ、サボ!?何なの、見えない…!」
「くそっ、今は時間がないのによ」

暗い中で聞こえた声の意図はわからない。そして、額の辺りに何かが押し付けられた。

「えっ、何……?」
「アキラ」
「はっ、はい?」
「俺が帰ってきたらまた部屋にくること。ああ、コートはそのままでも持ってってもどっちでもいいけど、」

今度は俺がここにいられる時にしてくれ。

「あと、お前後で覚悟しとけよ」

固い声でそう言い捨てると、またあっという間に外へ飛び出していった。
アキラの開けた視界にもうさっきまでの彼はいない。訳がわからず、しばらくの間立ち尽くすだけだった。


◇◇◇


「あーーーー……………」

完全に予想外だった。まさか、あいつがまだ部屋にいるなんて。しかも、

「あんなことしててよ……」

あんなことくらいで自分がこうなるなんて思ってなかった。帽子を深く被り赤い顔を隠すが、わずかに染まった耳が晒される。
朝起こされるのだって、このままじゃアイツの何もわからないから気持ちを探ろうと思って呼び出したのに寝過ごすし、ムードも何もあったもんじゃない状況で飛び出すしかなかったから、せめて。

(せめてしばらく部屋に留まっていてくれたら、まだ脈はあると思ったんだが)

何度でも言う。完全に予想外だった。当たり前のことなのに、彼女の身体では袖も肩幅も、丈も何もかも合うはずがない……それも赤い顔して俺の部屋にいるなんて。
だが一先ず今は事を片付ける。海の向こうを見据えた。

(待ってやがれ、後でまた必ず言ってやるから)



お互いの行動に物想う午前6時

なぁ、お前なんであんな可愛いことしたんだよ?
この関係を変える一言。






(曖昧な関係に決定打を打ちたい総長。お分かりかと思いますが彼はコートの上からチューしました。もはや意味不明…。
※念の為補足しますが、蒸しタオルを熟睡している人の顔に置くのは、非常に危険な行為です。フィクションの世界だからこそ無事だった総長ですが、これが現実だと冗談では済まされません。決して真似しないでください。)
2016/02/21 投稿
- ナノ -