短編 | ナノ


にやける顔を隠すのに必死になっていたと思う。

軍部のNo.2ともなると、いい加減なことは許されない。いくら我儘だの身勝手だのと部下に散々なことを普段言われていても、それに見合うだけの実績や実力がなければ成り立たない。従って仕事量もそれなりだ。時間だって不規則だし、任務が重なることもそうない。
だからこそこういった気を抜ける時間が取れることがどれだけ貴重か。それも明日の午前中までの短い時間だけれど、二人で同じ時間を共有できることがとても嬉しい。
最後にアキラに最後に会ったのはいつだったか…記憶が正しければここ2周間は、顔すら見ていなかった。
その彼女から連絡が入ったのは3日前。

『あのね、その日夜に時間が取れそうなの』
『ホントか…?俺もやっと書類の山が一段落付きそうなんだよ』
『やだ、また溜め込んでたの?』
『ま、またって言う程頻繁に溜めてねぇ』
『嘘。さっきコアラちゃんがボヤいてたもん。「またサボ君のペースが落ちてきた」って』
『…………アイツ………』
『コラ、人のせいにしないの。普段から一番君に振り回されてるのはあの子なんだから…だいたい仕事が片付いてなかったのは事実なんでしょ?』
『……もう片付いた』
『そう、ならいいけど。…ふふ、ねぇサボ』
『ん、なんだ?』
『私に会えなくて寂しがってたって?』
『っはッ!?』
『コアラちゃんが』
『……ッッ!!!』
『ふふ、本当なんだ』
『……ん、な、ワケ………………!……あるに、決まってんだろ……悪いかよ!』
『ううん、そんなことない。ねぇ』
『っあ゛?!』
『サボに、早く会いたいな。でんでん虫じゃなくてちゃんと………顔が、見たい』
『…………………………おう』

俺もだ。
不意を付かれたせいで反応が遅れ声もあまり出せなかったが、受話器の向こうのアキラが笑ってくれたのがわかって、素直に嬉しい、という気持ちでいっぱいになった。

『じゃあ、私がそっちの部屋に行くね』

そして約束当日。
書類の山をやっとの思いで粉砕した俺は、椅子に腰掛けながら両手両足を思いっきり伸ばした。
やっと、やっと二人で過ごせる。息をゆっくりはいてこの後の時間に思いを馳せると、顔が緩みそうになる。着替えようか、それとも二人で呑むための酒か飲み物か摘まめるもんでも用意しておくか。椅子を後ろに引いて立ち上がる。そして部屋を見渡した。

「…………汚ねぇ……」

お世辞にもキレイにしているとは言えない部屋のこの惨状には、一息ついた今になって初めて気がついたと言っていい。よく見なくても、物や服がベッドやソファーに散乱しているし、埃もうっすら積もっているし、入り損なった丸めた書き損じの書類やらその他の屑やらもゴミ箱の周りに散らばっている。目も当てられない。これでは、とても寛げるもんも寛げないだろう。焦る気持ちが顔を出す。柱の掛け時計を見ると、時刻は約束の2時間ほど前。

…仕方ない、やるか。

書類を机上の一角にまとめ、急いで掃除に取りかかるのだった。


◇◇◇


「お、終わった………」

部屋がようやく見れるまでに落ち着いたのは約束まで30分を切ったところだった。思ったより多かった埃と格闘しながらもなんとかそれらを倒しきった俺は、達成感でいっぱいになった(これからは少しはマメに掃除しようと決意した)。だが好きになれない机仕事に掃除を終えた今、戦闘の時とは違う疲労感に瞼が重くなって、ソファーの上に崩れ落ちた。それでもなんとか着ていた服を脱ぎ捨て、部屋着に着替える。そうなるといよいよ睡魔が強くなって、ますます体を動かすのが億劫になってしまった。

…嫌だ。眉間にシワが寄る。今寝てしまったら、アキラと一緒にいられる時間が少なくなってしまう。重い瞼をなんとか開いて、時計を見る。午後8時44分。約束の時間まで後わずかだ。目頭を摘まんで眠気を誤魔化そうとするも、なかなか瞼は軽くなってくれなかった。せめてアイツの顔を見てから眠りたいーーー。
頭の中で、アキラが俺の名前を呼ぶ声が響いた気がした。


◇◇◇


自分が妙に姿勢良く収まって眠っているのに気がつき、意識がうっすらと覚醒してきた。暖かい。体を起こそうとしたらすぐ隣に誰かいるようで、なんだか動きにくい。ー誰か?

「っ!?」

目を思いきり開いて、意識だけで勢い良く飛び起きた。すぐ目の前で、俺の左肩にアキラが頭を預けるようにして穏やかに眠っていた。寝ている間にかけてくれたのか、大きめのブランケットが二人を包んでいる。時計を見ると、約束の時間を少し過ぎてしまっていた。

(結局寝ちまったか………)

帰ってきた彼女を出迎えられなかった。それが悔しかった。
アキラだって疲れていたんだろうに、よくよく部屋を見渡すと(起こさないよう視線だけで)脱ぎ散らかした俺の服はきちんとクローゼットに仕舞ってくれたようで、元のところに見当たらなかったし、俺が寝る前にはなかった酒や食い物がテーブルに並んでいた。眠っている間に持ってきてくれたのだろう。俺が、いつ起きてもいいように。自分では起こさずに。
悔しい気持ちと平行して、くすぐったくてむず痒いような、なんとも言えない感情が沸き上がった。

ずり落ちたブランケットを引き上げ、左腕をゆっくりとアキラの肩に回す。そうすると彼女の顔がよく見えた。長い睫毛が少し影を作っていて、滑らかな髪が少しかかっている。それを右手でそっと上げてアキラの耳にかけた。彼女の穏やかでゆったりした呼吸がすぐ傍に感じられて、少し苦しくなった。その顔に影が降りる。
唇が柔らかく重なって、同時に愛しさで胸がいっぱいになった。
ついばむように何度もキスを続けてみる。わざとリップ音を鳴らしたりしたけれど、それでも彼女は起きない。
なのにどうしてか酷く満たされていて。にやけてしまっているのはわかっていたけど、見えてないしいいか、と諦めた。アキラの重なった両手に右手を重ねて、睡魔に身を任せた。
疲労感はもうない。でも、この足りないものは何もない空間で二人同じ時間を共有するのも悪くはないだろう。


ぬくもりに溺れる。

これ以上何もいらない。




(二人でゆっくり休みたい、っていうお話)
2016/03/03 投稿
2016/03/07 修正
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