短編 | ナノ


コンコン。
ノックを何度か繰り返したのだが、返事がない。

「…サボ?いないの?」

彼に会うのは本当に久しぶりだった。せっかくだからと飲み物やら何やらを揃えていたら時間までもう余裕がなく、急いで来るはめになってしまった。腕時計を確認すると、約束まであと五分。髪型をさらっとチェックして、覚悟を決めてサボの部屋をノックした。
すると何の反応もない。ひょっとして、いないのかな。私が時間を間違えたのか…思い切って部屋に入ってしまえばいいのかもしれないが、曲がりなりにも恋人同士で気心が知れているとは言え、相手は軍内部ではNo.2の立場だ。見られたら困るものもあるのでは、と思わず邪推してしまって、そうなるともうどんどん気持ちが後ろ向きになり、彼の部屋の前から動けなくなってしまっていた。

「…アキラちゃん?」
「コアラちゃん…」

荷物を持ったまま部屋の前で立ち尽くした私はさぞ異様に見えていただろう。コアラちゃんは怪訝な顔をしてどうしたの、と声をかけた。
事情を説明すると、彼女はうっすら呆れた顔をして「恋人なんだし気にすることないから。入りなよ」と背中を押してくれた。

「サボくん!アキラちゃん来てるよ!いないの?」
「あ、あのコアラちゃ……」
「開けるからね!」

ガチャッ。気後れする私に構わず扉を開けた彼女は、そのまま部屋を覗いた。

「…………ダメだこれは……あっ、仕事終わってる。珍し!こんなに早く片付けるなんて!」
「し…、失礼します。あっ、サボ寝てる……」
「なるほどなるほど………余計な詮索されたくなくて、珍しく頑張って仕事終わらせたワケだ」

アキラちゃんとゆっくり過ごしたいから。
コアラちゃんのその言葉が胸の奥にストンと落ちて、しばらく留まっていた。

「ではでは、お邪魔虫は退散するねっ!これはついでに持ってっちゃうから、後はごゆっくり」

山のような書類を抱えたコアラちゃんはウィンクを残してささっといなくなった。
あっという間に部屋が静かになる。

「…そっか……急いで仕事、終わらせてくれたんだ」

ありがと、サボ。
ソファーの上ですごい態勢で完全に寝入っている彼にできるだけ小さな声で感謝を述べた。飲み物をまとめたトレーをテーブルに乗せる。

よく見ると、着替えてすぐに寝入ってしまったのか服が床に散らばっていた。それを片付けてすぐソファーの上でものすごい寝相のサボの態勢を動かす(完全に眠っているようで途中手を滑らせたりしてしまったけど全く起きなかった)(ある意味さすがというか)。
そしてベッドからブランケットを取ってきて、はたと気づいた。
左目の傷を少し隠した長めの前髪が、部屋の灯りに照らされて少し反射している。閉じられた瞼から睫毛がすっと伸びていて少し影ができていた。通った鼻筋に、薄めの唇。サボの寝顔をこんなに間近で見たのは、考えてみれば初めてだったので思わず見惚れてしまっていた。
少し唇が開いてる。やましい想いが首をもたげた。
ゆらゆらと頭にモヤがかかった状態で、私の頭が彼の顔に影を落とした。その様子をもう一人の自分が一歩下がったところで見ている。心臓が鳴り止まない。唇に、温もりが移る。薄いと感じたそれはとても柔らかかった。
誰に咎められる訳でもないのになんだか良くないことをしてしまったような感情が湧き上がって、でも後悔はなくて。またも心臓だけが自分の中でひたすら大きな音を鳴らしていたのが忘れられなかった。

また彼の顔を覗く。起きる気配はない。私はサボの隣に腰掛け、彼に少し身を預けた。自分の頭を肩に寄せる。
サボの呼吸と体温に愛しい想いが溢れて、私たちはそろってブランケットと睡魔に身を委ねたのだった。



ぬくもりで溢れる。

足りないと思うのは私だけ?




(二人の考えが違う、というよりただのバカップル話。とりあえずサボは後で必死に片付けた部屋のことをからかわれる)
2016/03/03 投稿
2016/03/07 修正
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