ただ傍にいられたら


「ねぇいつまで拗ねてんの?」

炬燵に入って横になり、こちらに顔を向けようともしない彼氏に声をかけた。

「みんなとだって先に約束してたしさ」
「アキラは彼氏の俺より友達のコアラを取るんだな」
「そんなこと言ってないでしょー!もういい加減機嫌治してよ!」

そう言ってもふて腐れたサボの機嫌はなかなか戻らないようで、背を向けたままだった。せっかくのバレンタインなのに。
コアラちゃんやナミちゃん達とチョコフォンデュパーティーをバレンタイン前日にしたのがそんなに気にくわないか。

「ねぇサボーサボってばー」
「…………………」
「今日だって私頑張って休み取ったんだよ?サボと一緒に過ごしたくて」
「………………………」
「チョコだってほら、二人で食べようと思って色々準備してさ」
「………………………………」
「…せっかく二人きりでやっと過ごせると思ったのに」

そんなにつまんない?

もう気持ちが塞がりそうになった時サボはやっと起き上がって、

「つまんないわけあるか」

一瞬で距離を詰めて抱き締めてきた。…いつもながら俊敏すぎて、心臓が痩せそうになるからやめてほしい。なんでデカいのに素早いのよ!

「俺が先にアキラと食いたかった………」
「でもさぁ…サボ、あれ製菓用の安くて大きいやつひたすら溶かしただけだよ?しかも途中でボニーちゃんがほぼ食べ切るところだったし正直戦争だったし」
「それでも!」
「だって当日は好きな人と過ごしたいから昨日にしたんだよ?」
「……………」
「ね?食べよ、チョコ」

作ってきたチョコのもちもちリングドーナツをひとちぎり、サボの口元に運ぶ。じーっと睨むようにこちらを見ていたが、やがて黙って咀嚼した。そしてカップケーキを手に取り「ん、」と今度は私の口元に持ってきた。

「え、えっと私は自分で…」
「なんでだよ。そのまま食えばいいだろ」

口開けねーとこのままだぞ、とまるで脅しのように彼は空いた片手を顎に添えた。間違うことなき脅しだった。

「んっ…」

諦めてカップケーキにかぶりつき、ゆっくりと咀嚼する。サボはその時はまだ仏頂面のままだったが、私が噛むのを進めるうちにだんだん悪い顔を作った。
なんだかこれはまずい気がする。断じてケーキではなく。
勘を働かせた私は逃げようとするが時すでに遅しだった。呆気なく捕まる。

「なんで逃げンだよ」
「サボがあからさまにわっるい顔するからでしょ!絶対良くないこと考えてる!」
「悪いことじゃねーよ」
「良いことでもないんでしょ!」
「…」

せめて否定する努力は見せようよ。

「とにかく、食え」
「むぐっ!?」

カップケーキの残りを詰め込まれた私は咳き込みそうになるが、やつはそれを許さなかった。

「粗末にしたらダメだろ?ちゃんと食え」
「んっ…ぐっ…」

やっとの思いで落ち着きを取り戻した私の顔に影がかかるのがわかった。

「?」

サボの手が後頭部に回る。もう片方は私の腰に回っていて、すでに逃げ場は塞がれていた。

「…ッッ!?」

薄いのに柔らかい唇が重なり、すぐそばでサボの大きな瞳がこちらを射抜いている。
私は驚きに目を見張るばかりで身動きも取れない。舌が口内に侵入し、残ったカップケーキの残骸が拐われていった。それがなくなっても離れようとしない。
息も限界、といったところで解放された。

「…ごちそうさん」
「ほかにっ、あるんだから…そっち、食べればいいでしょ…」
「お前肺活量ないな。いいだろ別に、旨かったし」
「そういう問題じゃない、!」
「それに、」

これで"一緒に"食えただろ?
得意気に笑う恋人に二の句が告げられず、脱力した。崩れ落ちる私に彼は追い討ちをかけるように「夜まで逃げるなよ」と釘を指してくる。どうしようもない。
でも、こんな人から逃げられない私もたいがい、どうかしてる。

絶対に赤い顔を両手で隠す。こんなに真っ直ぐ気持ちを向けてくれる彼の傍がどうしようもなく心地良くて、ずっとここにいられたらいい、なんて。指の隙間から上を見れば、サボの満面の笑顔が見えた。

「離れられないのは俺も一緒だ」

アキラ、ありがとな。バレンタインでは必ずくれる言葉に今年も嬉しさを隠せない。それをいつだって見透かされている。

「こちらこそ、ありがとう」




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