今はまだ淡いけど


いつも店の手伝いをしてくれているあの子にちょっと贈り物がしたくて。


「バレンタイン?」
「そう。今日他所から来たお客さんから聞いたんだけどね、その人の故郷では近々そういう日があるんだそうよ」
「ふーん…何かのお祭りとか?」

テーブルの上を、布巾が丁寧な手捌きで滑っていく。興味半分といった雰囲気でのアキラの問いに私はこう答えた。

「お祭りと言えばお祭りかもね。何でも、大切な人に自分の気持ちを伝えるために贈り物をする日なんですって」
「じゃあ何か貰える日なんだ、いいなぁ」
「あら、アキラは誰かあげたい人はいないの?」
「あげたい人?」

いつの間にか終えたのだろう彼女はさっきまで店の入り口近くにいたはずなのに、片手に布巾を持ったまますぐそばに立っていた。腰の辺りで目を丸くしているのがわかる。
そういう発想は、全くなかったみたいね。胸のうちでそっと苦笑う。

「そうよ。好きな人とかね」
「好きな、人………」
「恋人同士がお互いに贈り合うこともあるんですって」
「ふぅん……そうなんだ」

一見興味なさげに話しているけれど、少し瞳が揺らいだのがわかった。この子ももう10歳。先ほどと違った反応を見せるところを見ると身に覚えがあるのかもしれないと思うととても微笑ましい。それに気づいたのか、マキ姉ちゃんたら何笑ってるの?と恥ずかしげに顔を背けるところがまたかわいらしかった。

「そう言えば、今度村長と一緒にまたコルボ山に行こうと思ってるの。アキラはどうする?」
「えっ?」

何か差し入れでも持っていこうかしらね。
そう付け加えると、服の端を握ったり、明らかに何か迷ったような素振りをしているのがわかった。
そして、少し時間をかけた後。

「…………………………行く」

眉間にシワを寄せ、口を小さくすぼませた顔で小さくそう答えた。今度も笑顔を返した。

(さて、いったい何にしようかしら?他にも色々見繕ってこないとね。)

可愛い弟妹たちの喜ぶ顔が頭に浮かんで、それがとても眩しかった。


◇◇◇


「おや。来たかい」
「ダダンさん、こんにちは」
「おう。来てやったぞ」
「なんだいその言い種は。アタシャあんたに来てくれなんて頼んだ覚えはないよマキノならまだしも!」
「なんじゃとこの山猿が!!」
「山賊だボケジジイが!このっ…………………あ?」

ダダンさんは村長にいつも通り憎まれ口を叩こうとする最中、私の後ろにいる子に気づいたようだった。いつもルフィたちに手を焼かされているためか、自分より下の目線でも見つけられるみたい。

「なんだい。小娘も来てたのかい」
「小娘じゃないもん。アキラだもん」
「違いないだろうが」
「違うもんっ、山猿」
「なんだともっぺん言ってみな小娘」
「山猿」
「しばくぞクソガキィ!」
「ダダン」
「なんっ…、あ"?」
「こんにちは」

あわや言い争いに発展しそうなところを突然止め、普通に挨拶を始めたアキラにダダンさんは面食らった。そして数秒迷った末に「……ああ、アキラ」とぶっきらぼうに返した。それを聞いて彼女は満面の笑顔を見せる。唖然とした顔にさらに拍車かかった。
その反応に満足したようにアキラはダダンさんの横をすり抜け、一人小屋の中に入っていく。

「…………チッ、あの娘にはいつも調子が狂うよ」
「3人にも手を焼いとるくせによう言うわい」
「やかましい」
「ふふっ、私たちもあがっていい?お土産もあるし」

ダダンさんは黙って私たちを促してくれた。

「マーマー、それで今日はどうしたんだ?」

差し入れのクッキーを齧りながらマグラさんがアキラに訊く。

「マキ姉ちゃんがみんなとルフィたちにお土産があるからって」
「おおそうか?いつも悪いなー」

横目でさっと確認する。ちゃんと答えつつもあの子の視線は入り口に向いていて、そわそわしていた。
そして。

………戻ったぞぉーー!!

肩が少し震える。わんぱく弟のお帰りね。

「みんなお帰り!」
「あ!!?マキノだ!アキラも!ひっさしぶりだなぁ〜!!」
「ちはー」
「…………よう」

ふふ、今日も元気に暴れてきたみたいね。

「みんな、久しぶり」
「アキラ!元気か!?」
「すごい元気!ルフィは有り余ってるね」
「当たり前だ!俺は強い男になるんだからなっ!」
「よく言うぜ。まだいっぺんも俺に勝てねーくせに」
「明日は勝てる!!」
「どうだか」
「その辺にしとけよー、エース」
「そうだよ、そんなこと言ってる内に抜かされるかしれないじゃん?」
「そんなことにはならねーよ!」
「なる!」
「ならねー!」
「なる!!」
「ならねー!!」

そこでまたエースとルフィの取っ組み合いが始まる。

「………サボ。いつもこう?」
「…まーな…」

ちょっと止めてくるわ、そう言って離れようとしたサボをあの子は制す。

「なんだよ?」
「プレゼント、持ってきたの」
「プレゼントぉ?」
「そう。食べてもらいたいんだ」
「食いもんなのか?!やった!」

どこだ?といってアキラより先に進もうとする。止めるのは忘れたみたい。
アキラは手荷物から、パンを取り出した。

「これか?すげーうまそう。ひょっとしてお前が作ったのか?」
「う、うん。マキ姉ちゃんにも手伝ってもらったけど…」
「ホントか?!すげーなお前!!」

欠けた歯を見せてにっこり笑い、手を出そうととする。

「あ、ちょっと待ってね!ジャムも持ってきたの。それにね、これ入れるとすごくおいしいの!」
「えー待てねーよ!」
「すぐできるから!」

そう言ってアキラは手持ちの調理バサミでバジルを刻み、ジャムに入れた。それをパンに塗っていく(サボは待ちきれなくて端からつまみ食いしようとするけど、ことごとく留められた)。

「ほら、できたよ」
「お!」

柔らかいパンがほんのり香り、木苺のジャムの色が際立つ。サボの鼻がひくついた。思いっきりかぶりつく。

「…んっ…!すっげぇうまい!お前コックになれんじゃねーか?!」
「お、大げさだよ」
「大げさなんかじゃねーよ!こんなうまいんだぜ!」

うまいうまいとどんどん食べ進めるサボのそばで、アキラが幸せそうに笑っているのが見えて、私まで嬉しくなった。
それもエースとルフィが喧嘩をやめてお土産争奪戦に発展するまでの短い間だったけれど、それでもあの子は嬉しそうだった。

「みんな」
『あぁ??』
「好きだよ」

無邪気なアキラの言葉に照れたり笑ったり、各々の反応を見せる中、なぜサボに先に食べさせようと思ったのかまでは本人も気づいていないみたい。




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