鬼滅の刃の伊之助の話
勢いしかないです
時代背景とかその他設定はよくわかりません
バッドエンドです
誰も幸せにならない





ほわほわするのを初めて感じたのはつららといるときだった。




俺が鬼殺隊に入る前のことだった。
鬼殺隊員から日輪刀を奪って「鬼」の存在についてなんとなくわかってきたときのことだった。
強い鬼と戦うために育った山を下りて違う山に入ったときだった。鬼と遭遇した。腕を斬っても足を斬ってもまた生えてくる気持ち悪いセイブツ。どうしたら殺せるのか、どうしたら俺が勝てるのか、今まで感じたことのない戦いの中の不安が大きくなってきたとき、鬼の一撃が俺に胸部に当たった。肋骨が何本が折れたのがわかった。痛くて、息をするのも苦しい。その場でうずくまり呼吸を整えようとする。その間も鬼は俺に攻撃を仕掛けようとこちらへ近づいてくる。はやく動かねえとやべえ、そう思っているのに体はなかなか動かねえ。ここまでかと思ったとき、俺に向かってきているはずの鬼が突然踵を返して森の中へ逃げていった。

「一体、なんなんだあ…」

夜明けが近いことに気付かなかった俺は痛みもあって安堵の気持ちを憶えながらそのまま気を失った。






「ねえ、大丈夫?」

高くて優しい声。こんな声を聞くのは初めてだ。
目を開けるとそこには弱っちそうな、細くて小さい女が眉を寄せて心配そうに俺を見ている。

「…なんだ、てめえ」

こんな弱っちそうな奴に心配されることにいらつきを感じてそのままの感情を言葉に込めた。体を起こそうとしても痛くてなかなか動かせない。ゆっくりと体を起こすと女は俺の体を支えようと手を伸ばしてきた。

「触んな!」

女の手を振り払うと傷に響いて痛かった。
女は特にびっくりした様子もおびえる様子もなくじっと俺を見てきた。

「怪我、してるでしょ」
「だったらなんだ」
「手当てしてあげる」

だから着いてきて、と女が立ち上がった。女はずっと俺を見据えている。その瞳には特に感情もこもっていなくて、俺のことを怖がっている様子も警戒している様子もない。この女の意図はなんだ。

「夜になったらまた鬼が来るよ」

その言葉にまたいらつきを感じる。でも鬼と今の怪我のままだと十分に戦えない。
それに怪我をしていてもこの女には十分に勝てる、そう思って女の後を着いていくことにした。





「伊之助は西の山から来たんだ」
「おう!」

俺が倒れていた場所から四半刻ほど山を下りたところに女の、つららの家があった。
怪我をして少し神経質になってしまってかもしれない。無意識のうちにつららを警戒していた。
下山しながらつららは自分の話をし始めた。母親は流行り病で亡くなったこと、父親と弟妹と住んでいること、山菜を取りに山に入ると倒れている俺を見つけたこと。
つららの家に着くと外からでも家の中が騒がしいのが分かった。つららが扉を開けるつららの弟妹達がすぐさま駆け寄ってきて「姉ちゃんおかえり!」「兄ちゃんに殴られた」「おなかすいた!」と口々に話す。つららは「お客さんがいるから」と俺を紹介すると弟妹達の興味は俺に集まった。

「なんで猪なの!?」
「筋肉むきむきだー!」
「どこから来たの??」
「なんで怪我してるの?」

正直うるせえ。ガキの相手なんてできねえ。そう思っているとつららが「伊之助は怪我してるから手当てが必要なの、みんなは外で父さんの手伝いしてきて」と弟妹達を外に追い出した。
家の中に入り、つららが俺の手当てを始めた。外でつららの父親は薪割りをしているらしい。外に出ていった弟妹達のにぎやかな声が聞こえる。

「にぎやかでしょ」

俺の手当てをしながらつららはそう言って笑う。人間のうるささに慣れていない俺は素直に頷く。

「うるせえな」
「伊之助の家族は?」
「俺は猪に育てられたんだ!」

一瞬つららの目が丸くなった。でもすぐににこりと笑って「珍しいね」と言った。

一刻ほどつららが丁寧に俺の手当てをして、つららの父親と弟妹達が家の中に入ってきた。










つららの家で過ごすようになって1か月が経とうとしていた。
つららの家は居心地が良くて、家族も暖かくて。初めて感じる心地よさだった。
俺の怪我はほぼ完治していた。俺もそれに気づいていて、つららもそれに気づいている。でも、俺もつららもそれについてなにも言わない。
つららといると気持ちが、心がほわほわする。その気持ちの源はなになのか、要因はなになのか、俺にはわからずにいた。ただ、つららと、その家族との過ごす時間は俺にとってかけがえのない、大切な時間であることは確かだった。













その日は本当に運が悪かったのだと思う。
隣の家(といっても、何里も先の家)の家族が夜の山を下山していた時に『鬼』に遭遇し命からがら逃げきってきたと話を聞いた。その話を聞きつららの弟妹はもちろんつらら自身も、父親も、『鬼』への恐怖心が増した。俺が夜に山へ行き鬼を倒し、今こそつららとその家族に恩を返せる機会と思った。
俺は使命感と強い者と戦える機会だと直感的に感じ『その一晩』だけつららの家を空け山で鬼と対峙することを決めた。
たった一晩。その短時間が俺たちの行く末を左右するとも、そのときは知らなかった。






「伊之助、本当に行くの?」

夕暮れ時。俺が家を出ていこうとするとつららが心配そうに声をかけてきた。

「おう!鬼にビクビクして生活するのは嫌だからな!俺が倒してくるぜ!」

なんてことない、ただ一晩。今夜だけ。明るく言えばつららは眉を寄せた。

「ねえ、絶対ちゃんと帰ってきてね」

じっとつららが俺の目を見る。こんなにもつららが心配そうにすること、今までなかった。それだけ鬼が怖いのだろう。この恐怖心を取り除きたい、強くそう思った。

「もちろんだ!ぜった、い…」

俺の言葉を遮るようにつららが俺に抱き着いてきた。いきなりのことで、突然で驚いて、思わず体が硬直してなにも言えなかった。

「伊之助のこと好きだから、心配なの。ちゃんと無事に帰ってきて」
「お…おう…」

体温が上がる。心拍数が速くなる。ドキドキとうるさい俺の心臓。体中が熱くなるのを自覚した。
でもつららは冷静で、いつもよりも心配そうにしていた。そして「お腹がすいたら食べて」と俺におにぎりを持たせてくれた。

「じゃあ、行ってくるぜい!」

つららと家族たちに見送られ、俺は山に向かった。
その間もずっとつららに抱き着かれたこと、好きという言葉を思い出してほわほわした。


一晩中、山の中をうろうろしたけど鬼には遭遇できなかった。それどころか鬼の気配すらなかった。本当に鬼はこの山にいるのだろうか。そう疑問を抱きながら朝日が昇ってくるのを確認した。




山を下りながら、なんとなく嫌な感じがした。まだ朝日は昇ったばかりでつららたちは寝ているだろうからゆっくり帰ればいいと思っていた。でも嫌な感じが足を速くした。急いで帰らないといけない、そう思った。

家が見えてきて、その嫌な感じが確信にかわった。家の雰囲気が違う。いつもは明るい、ほわほわする雰囲気なのに、今は殺伐としている。見た目はいつも通り。じゃあ、中でなにかが起こっている。



俺は、鬼を倒しに山へ向かった。
山に、その鬼はいなかった。
じゃあ、その鬼はどこに行った…?



嫌な予想ばかりが頭に浮かぶ。気のせいであってくれ。
気が付けば俺は走っていて、家の扉の前に立っていた。取っ手に触れた瞬間、理解した。
扉を開ければ、そこはいつものほわほわする空間はなかった。








強い奴と戦って、勝つのが俺の喜びだった。
でもつららといるとほわほわした気持ちになって、弟妹達と遊ぶと楽しくて。
このままつららと一緒にいたいと思っていた。


たった一晩。
俺が家にいれば、今もつららたちと過ごせていたんだろう。
つららが心配そうにしていたのは、俺がいない間に鬼が家に来るかもしれないと考えていたからだろうか。
家に帰って、鬼を倒した、俺の方が強かったとつららに話をしたかった。
ニコニコしながらつららに俺の話を聞いてほしかった。
このほわほわした気持ちはなんだったんだろうか。
この気持ちの感情を知りたかった。もう、それは叶わないけれど。



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