【仕事屋企画】お騒がせな子猫ちゃん
「わあぁぁぁぁぁ!!!」
昼食も済ませ、食後の紅茶でも楽しもうかとカップの縁を口に付けた瞬間、私はその大声で危うくカップを落としかける。
「っと、何事かね?」
事務所の入り口に目を向けると、ずいぶんと派手な格好をした少女が泣きじゃくっていた。
鮮やかな桃色をしたサイドロングのショートヘア、左右で色の違う宝石のように鮮やかな瞳、可愛らしいロリィタ服を纏った少女は、私の存在に気づくや否や、事務所の備品を蹴散らしながらこちらに走り寄ってきた。
「お、おいおい、あまり散らかさないでくれ」
「いまは……ぞんなごど、どうでもいい……!」
いや、こちらとしてはどうでも良くないのだが。
あとでドゥビーオにやらせておくとして……。
「それで、何か依頼かね?」
「ここ……なんでもやって……かいであっだ……ヒック…はやぐ、みづげでぇぇぇ」
「落ち着くんだ。落ち着かねば、伝えたいことも伝わらんぞ」
「ヒック……」
そこで少女は何とか泣きやみ、差し出したハンカチとティッシュで涙や鼻水を拭き取った。
こういうのはワトソンにやらせるべきなのだがな、あいつは色々すっ飛ばして襲いかねん。
「……私はミステーロ。君は?」
「……………牡丹……」
やけに間があったが、彼女は牡丹と名乗った。
依頼内容を聞いてみると、どうやら飼っている猫がなかなか戻ってこないのだとか。
典型的な捜索願だ。しかしあの慌てようだ、ずいぶんと大切に育てているようだな。
私は蹴散らされ、散らかった書類の中から「ペット捜索用」の地図を探し出し、ホワイトボードに貼り付けた。
「さて、これは過去に犬や猫を捜索し、見付かった場所を記した地図でな。これを見て分かる通り――」
「いみわかんね………はやぐ、さがせ……」
「……本来猫とはどんなに離れていようと飼い主の所に戻ってくる不思議な能力がある。が、何日も戻らない場合、怪我をしたか――」
「ひ、ひまわりが、けが……!?う、うぅ……」
まずい、また泣き出すぞこれは。
これではまるで話が進まん。
「落ち着くんだ、怪我したとは限らないだろう?あくまで可能性の話だ」
「しるか……だったら……はやく、さがしに……」
「わ、分かった。だから泣くんじゃない。これ以上事務所を荒らされては困るからな……」
あぁ、久々に面白い依頼主が来たもんだ……。そう私は最近退屈がっていた自分に皮肉を言うのであった。
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聞きだした内容を纏めてみよう。
猫の名前は「ひまわり」で、黒くてふわふわした毛、何より特徴的なのは体重十五キロという、もはや猫の「体重ヘビー級王者」にでもなれるのではと思うほどの体重。
近くの公園やヒロトという人物の家、レストランに行ったことがあり、そのレストランの従業員が餌付けしているらしい。
獣医からは痩せないと危ないと忠告されており、ダイエットフードを与えたり食事量を減らしていた……といったところであるが、これを聞き出すのに小一時間もかかるとは想定外であった。
ここから推測すれば、餌の量に不満を抱き、レストランで食欲を満たすために家出をした可能性が高い。
(もう陽も傾きかけている。ここらは夜が一番危ないからな)
何でも屋を構えているこの街は、ゴロツキやマフィアが山のように潜伏しており、夜になると断末魔や拳銃のマズルフラッシュで鮮やかになるものだ。
早いうちに猫を探し出し、この子を帰さないと色々と危ないだろう。
「あそこ……あのレストラン……よく、ひまわり……えづけされてる」
牡丹が指差した方に目を向けると、確かにそこにはファミリーレストランがあったが、あんなところにレストランなどあっただろうか?
そもそもこんな危険な街に出店する辺り、店長はずいぶんと頭が弱いのか……?
(いやちょっと待て、「ここは何処だ?」)
迷うことはあり得ない。
ここは私が十数年も住んできた街だ。
だが、何か違和感がある……?
「どうした……」
「いや。ところで牡丹、君はどうやって私の何でも屋に来たんだい?」
「しらね……あっちこっち、はしってたら……」
「……」
今はこの違和感を置いておくとしよう。
気持ち悪さを胸に残しながら入店すると、家族連れのお客がちらほらと見えた。
このドス黒い街には何ともミスマッチな光景に眩暈を覚えるくらいだ。
「牡丹ちゃん?」
近付いてきた店員が牡丹の名を呼び、牡丹はそれを、僅かに体を店員に向けたことで反応の色を示した。
「この方はお友達?」
「ちがう……ひまわり、さがしてくれてる……やつ」
「ここ数日、家に帰ってきていないのだとか。心当たりのある場所を訪れては捜しているのだよ」
「確かにここ数日、毎日のようにひまわりちゃんはこのレストランに来ていたわ」
「ほ、ほんとか……!?」
今まで反応が薄かった牡丹だったが、ここに来て初めて見るテンションの高さだ。
よほど、ひまわりが彼女にとって大切な仲間だというのがよく分かる。
「でも今日は来てないわ。いつもならあの窓際の席を陣取ってるんだけど……」
どうやら昨日まではフラフラと来店しては窓際の席に居座っていたのだとか。
それ以上の情報が得られないまま、私たちはそのレストランを後にし、次は公園を目指すことにした。
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(やはり、何かおかしいな)
単刀直入に言うと、この街に『公園は無い』のである。
街を抜けると一般人が住む街に出るのだが、その街の中心地に行かねば公園は無い。
だが何でも屋から、今私の目の前に広がっているこの小さな公園は、距離的にそれほど離れていない。
寧ろ目と鼻の先ほどの距離しか離れていないのである。
無論、何でも屋の近くに公園など存在しない。
そもそもこのドス黒い街に子供は確かにいるが、遊び道具はナイフや拳銃といった連中だ。
考えれば考えるほど謎は深まっていくばかりである。
「ほんとは……いしゃに……とめられてる。でも……いなくなるのは、いやだ」
牡丹が発した言葉で我に返った私は、彼女の右手にいつの間にか鉄製のお皿があることに気が付いた。
「それは何だい?」
「ひまわりの……ごはんの……さらだ」
途切れ途切れの言葉を言い終わるや否や、そのお皿をカンカン!と指の第二関節で打ち鳴らし始めた。
これが餌の合図なのだろうかと思った瞬間、視界の端に黒い何かが映り、反射的にリボルバーを吊っている腰に手を伸ばしてしまう。
「あれは……」
黒くてふわふわの巨大な毛玉が、こちらに猛スピードで向かってきている。
何だあれは?
宇宙生命体のUMAか何かか?
「ひまわり……!」
「ひまわり!?」
あ、あれが猫だと言うのか?
どう見ても黒い巨大毛玉にしか見えんのだが……。
いや、飼い主が言っているのだから間違いはないのだろう。
飼い主に飛びついたひまわりは、これでもかと牡丹の顔を執拗に舐め始める。
まるで「もうご飯の量減らさない?」と聞いているかのように。
牡丹も「へらさない……いなくなる、くらいなら……うわあぁぁぁぁぁ……」と、最後には号泣して言葉になっていなかった。
(これで、一件落着……という訳では無いのだがな)
この街にそぐわないレストラン、そしてこの公園。
この二つは、よく考えてみるとそのおかしさはどんどん色濃くなっていく。
まずはレストランの客だが、まるで「ゲーム世界の衣装をコスプレしている」かのような、実に派手で見たこともない服を着ていた家族連れがいた。
それを他の客は全く気にせず食事をしており、寧ろ私をじろじろと物珍しそうに見る客がいたくらいだ。
この公園も、緑が多く遊び道具も豊富なのだが、この街は昔、森林伐採のし過ぎで植物が育たないことで有名な土地だ。
こんな森のような場所はこの街には存在し得ない。
だったらここは何処だ?
私はSF漫画の主人公のように、異世界にでも迷い込んだと言うのか?
しかし来た道は見覚えのあるいつもの街並みだ。
「悪い夢でも、見ているみたいだ……」
「おい……」
牡丹に呼ばれた私は半ば動揺を強制的に遮断した。
「きょうは……ひまわりさがして……ありがと」
「私は何でも屋。当然のことをしたまでさ。で、報酬の件だが……」
「これ……やる……」
そう言われ手渡されたのは、ごつごつとした石ころだった。
何処かの鉱山から直に持ってきたかのような、そんな代物だった。
「これは?」
「なんか……もってた……」
猫探しの報酬が石ころとは、と思ったが、裏返してみると
「これは……何かの原石?」
「じゃ……もうかえる……」
「あ、ちょっと――」
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「えぇ〜?そんな今時のSF漫画だってそんなこと起こらないよぉ?」
茶色と白が特徴的な探偵帽をクルクル回し、金髪の髪を後ろで纏めた赤目の少女――相棒のワトソンは、その童顔をより一層子供っぽく笑顔に変えた。
ワトソンに今日あった事を話してみたが、案の定笑われてしまった。
「私も、あれは白昼夢だったのかと疑っているよ」
あの時、後ろを振り向いたが――牡丹はいなかった。
それどころか、気が付くと私は、自分が営んでいる何でも屋の事務所があるオフィスビルの前に立っていたのだ。
それからレストランのある場所に行ってはみたが、そこはつい最近放火で焼け尽くされた建物が建っているだけ。
公園も、オフィスビルが建っており面影すら無かった。
一体私の身に何が起きたのだろうか……?
「やはり、私は少々疲れていたのかもしれんな」
「そうかもねー……って、ミステーロ。コートの中に何か入ってるよ?」
そう言ってワトソンは、私が羽織っているコートの右ポケットを漁り始めた。
そして私は、目の前に差し出された物を見て驚愕した。
「それは……!?」
「石ころ……ってうわ!?これ原石じゃない!?いつから奪い屋に転職したの?」
それは――夢だと思っていた今日の出来事の中で、最後に牡丹が私に報酬としてくれた、何かの原石だった。
ではやはり今日の出来事は――
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「……ん、むぅ……」
「おっ、起きたか牡丹?」
彼女の寝起きの耳にそっと柔らかな、温かな空気の振動が伝わる。
その振動が、自分の最愛の者の声であると気付くのに時間はかからなかった。
「むぅ……?ひよと……?」
ゴロンと寝返ると、彼の顔が見えた代わりに後頭部に鈍い痛み。
そういえば彼の膝で寝ていたのだった。
寝返ったことで膝から落ちてしまったみたいだ。
抱えて一緒に寝ていたらしいひまわりが彼女の腕の中から転げ落ち、みゃー、と一鳴きした。
「急にひまわり抱えて……ひ、膝枕……強要してきたかと思ったら、すぐ寝ちまうしさ」
「ひよとのおひざ……ねごこちいい、から……」
「な……!?そ、そうか……ありがとよ……。つか、お前夢か何か見てたか?」
「みた…………なんで?」
「いきなり泣き出すしひまわりの名前叫ぶし、すっげー悲しそうで苦しそうだったから……」
どうやら自分は寝言を発していたらしい。
それを聞いて彼は、自分が何か悪夢を見たのではと心配しているのだろう。
彼に不安そうな顔は似合わないと、彼女は夢での出来事を語る事にした。
「ひまわり……いえでして……さがしていたら、なんでもやのひとが……いっしょに……さがしてくれた……」
「ふぅん、夢の中で何でも屋が。で、見付かったのか?」
「うん……」
「そっか、良かったな!」
彼は笑顔になり、優しく頭を撫でてくれた。
まるで、いとも容易く壊れてしまうガラス細工を扱うかのように、優しく。
そしてその愛情には、猫を愛でているような温かさも感じ取れる。
でも、彼女の心には一つだけ不満なことがあった。
「むぅ……ひよと……いなくて……さびしかった……あ、ちょっとだけだぞ……」
そう、夢の中で彼が現れなかったこと。
自分とひまわりと、あとは彼さえいれば……。
「ちょっとだけかよ!?ま、まぁ……、俺らはこうして、夢じゃなくて現実で会えてる訳だしさ……。さ、寂しがること、ねぇよ……」
顔を真っ赤にしながら、彼は恥ずかしそうに言った。
「なんか……むずかしい……いみわかんね……」
「今俺良いこと言ったぞ!?」
本当は何となく分かったけれど、恥ずかしかったから。
ふと、あの何でも屋の人のことを思い出す。
くすんだ白髪がたなびく後ろ姿を見た時、何処か異国……いや、今自分は別世界にいるのではと……少しだけ心細くなった。
色々と自分を助けてくれた女性。
確か名前は――
「………みすてーろ」
「ったく……え?何か言ったか?」
「なんでもない……はらへった……なんかくわせろ……」
「腹減った!?って、もう夕飯の時間だな。ちょっと待ってろよ!」
また、彼女に会えるだろうか?
夢に出てきたのだから、きっとこの世界の何処かにいるのかもしれない。
今度は彼も一緒に連れて行って。
「でも……ひよと、みすてーろに……でれたら……くってやる」
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結局、あの日の出来事は「過労が引き起こした幻覚」として処理した訳だが、コートの右ポケットに入っていた原石だけは、最後まで説明することが出来なかった。
何故ならばその石は「幻覚と思われていた」中で、牡丹という少女に手渡されたのと、その原石に含まれていた成分は、この星で採れるあらゆる物質とは全くの別物であったのが、理由の一つであるからだ……。
「世の中とは、人間の頭脳では計り知れない何かが渦巻いているのかもしれぬな」
その後、私とあの牡丹という子が再会出来たかは……ご想像にお任せするとしよう
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