さあ、と屋根を叩く雨粒のささめきに目を覚ます。雨か、と寝ぼけた頭で思いながら腕の中にある暖かくて柔らかいそれを抱きしめる。暖をとるようにしっかり抱き込んだところではたと気がついた。 あたたかくやわらかい? 「…なまえですか」 「ほおずき、さん…おはよう」 「おはようございます…?」 眠っているうちに鬼灯のベッドへと潜りこんだらしいなまえのとろん、と眠気を訴える瞳を見つめ返しながら起き上がり、珍しく敬語の抜けた話し方に小首を傾げる。さむい、と呟くなまえはぎゅうぎゅうと鬼灯の腰辺りに巻きついた。 何かおかしい。 なまえが随分と幼く見える、と思ったところで耳に届いたささやかな雨音。今日は雨だったと思い至った。 「だからか…ですが都合が良いかも知れませんね」 「え?なに?」 「なまえ、正直に答えてくださいね」 「はい」 ベッドの上に胡坐をかく鬼灯に倣ってちょこんと正座するその小さな頭を撫でてやると、嬉しそうに顔をほころばせるなまえに心がゆるむ。 いつもより拙い言葉遣いに眉間の皺が消えていくのが自分でもわかった。やわい頬に手を当てて上を向かせながら口を開く。 「勉強がしたいと言いましたね、それは本心からですか?」 「うん。ほおずきさんの役に立ちたい、っておもってるよ」 「…そうですか」 「……でもね多分わたし、もうすぐちからつくから」 「?」 どうしてもというなら、仕事終わりや昼休憩のときなど時間を作らなければと考えていたのだが。 それまでまっててね、とこてりと首を傾げながら笑うなまえに訝しげに眉を寄せると、軽い動作で彼女はベッドを飛びおりる。 「今日、ほおずきさんのしごとべや行ってもいいですか?昨日そうじしたし、雨だからせんたくもできないし…めいわくはかけないから」 「…ええ、まあいいですが」 いつもより強引というか、わがままを口にするなまえに頷く。現世での争いも収まったし、この雨では視察もできない。机にかじり付くことになりそうだ。 鬼灯の執務室から出ないと約束できるのなら、偶にはいいだろう。 鬼灯の返事に満足したようににこりと笑みを浮かべたなまえを連れて朝食に向かった。 * かさり、と鬼灯が資料を捲る音だけが空気を揺らす。なまえは脇にある椅子に腰掛け、言葉通り黙って鬼灯の仕事を見守っていた。 「……」 「どうかしたんですか?」 「いえ、書類が一枚見当たらないんです」 何かを探すような動作に首を傾げたなまえにそう告げると、椅子からおりてぱたぱたと鬼灯の元へと寄ってきた。ぐっと両手をあげて催促するように見上げるなまえを抱きあげると、暫く卓上を見回した後、ああと声をあげる。 「それって大王さまのしるしがついた紙?さっき鬼の人が持って行ったよ」 「どんな獄卒でしたか?」 「髪のない男のひと」 一言で彼だとわかる特徴を教えてくれたなまえの頭を撫でるとゆるりとその大きな瞳を細めて擦りよるような仕草をする。それに眉間をゆるめながらなまえを抱いたまま立ち上がった。 しかしそれにしてもよく気がついたものだ、と長い廊下を進みながらなまえを見下ろしていると、ひとつ微笑んだ彼女は口を開いた。 「まわりのこととか観察するの、得意なんだよ」 「確かになまえはよく人のことを見ていますね」 元来真面目で堅実、丁寧な仕事をするなまえ。これで書き取りも得意ならば記録課にぴったりかも知れない、と考えてしまうあたり鬼灯も相当な仕事中毒である。 周囲に対する気配りも何かの役割を担えそうだ。 「真剣に考えた方がよさそうですね…」 「うん?」 「いいえ」 生前多少は寺子屋に通っていたようだし、最初からレベルの違う授業を受けさせるより鬼灯が直接指導した方が良いかも知れない。なまえならばみるみる内に知識を吸収していくだろう。 物珍しそうに宙に漂う倶生神を見つめるなまえを静観する鬼灯は、手違いで紛れ込んだ書類を受け取りながらさてどうやって仕事を切り詰めようかと算段を巡らせるのだった。 |