楯山研次朗
さんさんと降り注ぐ日の光。爽やかな風の中。俺とアヤカは久しぶりに遠くまで来ていた。まあ、とは言っても研究の一環だし、来ている場所も山奥だ。二人だけで遠出することに喜んでいたものの、こんなんじゃムードもへったくれもない。
ったくアヤカも研究熱心だよなぁ。孤児院から3人子供を引き取ってから、ますます研究に熱心になり、時々部屋から籠って出てこないこともしばしば。少し息抜きになればと遠出を提案したがやっぱり蛇にゆかりのある場所になってしまった。俺だって別に蛇のことに興味がないわけじゃない。あの子達のためにも早く情報が欲しい。
けどだよ。俺はアヤカが自分を追い込んで、自分を削ってまで追い求めなきゃいけないことだとは思えない。だって今のままでもあの子達は充分幸せそうじゃないか。そりゃあ他の子と比べれば不自由な部分もあるかもしれない。でもそんなにもアヤカが思い詰めることはないんだ。蛇の話が本当かも分からないのに研究のためにこんなところまで来てしまうアヤカはもうどこか手遅れなところがあるのかもしれない。決してそんなこと、彼女に言えるわけがないが。
俺がぼー、っと考えてるうちにアヤカは調べを進めていたみたいだった。崖の先まで進み、脇の地層の部分をトントン、と何回か叩く。何してんだ、と不思議に思っているとアヤカが
『ね、ケンジロウ。ここ、少し危ないかしら』
と尋ねてきた。
実際に触ったわけでもないが俺は適当に『大丈夫だろ』と答えた。いくら森の奥の崖だろうと急に崩れたりなんてしないはずだ。雨の後でもないし、地盤がー、なんてこともないだろう。が、数分後に俺はこの自分の適当な言動に後悔することになる。
目測を誤ったのか、はたまた手元の資料に集中しすぎたのか。どちらかは分からないが、アヤカが崖から足を踏み外したのだ。慌てて俺はアヤカのリュックサックを掴むが、掴んだところが悪かった。それに足場はあまり頑丈とは言えないような崖だ。踏ん張っても、踏ん張っても重力には逆らえず、アヤカにとっての命綱であるリュックサックも限界を迎えようとしていた。
『け、ンジロ……離して、っ、このままじゃケンジロウも……落ちる、か…ら、』
アヤカの言う通りだった。必死に引き上げようとする手と共に、俺の体は意思とは反対に宙に浮こうとしていた。ずる、ずる、と足を踏ん張っても崖へ向かってしまう。それでも俺はここでアヤカを失いたくなかった。
『アヤ、カっ』
必死に、必死に止めようとするのに。俺の手は普段研究にしか使われないせいか、だんだんと力が入らなくなってきた。ギリ、とリュックサックが食い込む感じがして血が滲むのが分かった。
『……ケンジロウ!!本当にもう離してっ、そ、の気持ち、だけで……嬉しいから。だ、から……もう、……ケンジロウまで落ちちゃうって、!』
俺がアヤカをちゃんと見ていればこんなことにはならなかったかもしれない。俺が他の場所に誘っていればこんなことにはならなかった。
『ごめんな。……これだけはお前の言うことは聞けない』
『そんなっ、駄目だよ!ケンジロウは生きて!!』
必死に訴えられてもなぁ。だってお前を見捨ててこれから俺はどうすればいいか分からないんだ。だったらいっそ……って。
でも、俺は甘かったようだ。ここで二人落ちてしまうならまだ希望があったかもしれない。崖とは言えど、そこまで高くない。打ち所が悪くなければ怪我で済むだろう。
耳元で不吉な音がする。俺が振り返った瞬間。さっきアヤカが不安げに叩いていた崖が、突然前触れもなく崩れてきたのだ。何のせいかなんて分からない。が、この状況で土砂崩れなんて起きたら人溜まりもないのは俺でも分かった。やっぱり、俺もアヤカもここで終わりなのか。
アヤノ、ごめんな。駄目な父ちゃんでごめん。母さんを助けられなかった。キド、カノ、セト。お前らもごめん。結局能力のこと、分からなかった。あと、アヤカもごめん。俺がもっとしっかりしてればこんなことにはならなかったんだよな。頼りなくてすまん。

目を開けるとそこは何もない、暗闇だった。なんで、俺は生きてるのか?じゃあアヤカは?ここは何処だ?
『……くっくっくっくっ……』
突然背後から笑い声が聞こえて慌てて俺は振り返った。
『はは、そんなびっくりしなくても。……ね、おじさん、あんたの奥さん。生き返らせたいか?』
生き返らせる?何言ってんだ。こいつは。それにしてもやはりアヤカは死んでしまったのか。じゃあ、俺は?アヤカが死んでしまうなら俺だって無事でいれる訳がない。
『ど、どういうことだよ……っ?!アヤカがいないなら俺は?俺はなんなんだ?』
『何おじさん。自分が死んでないとでもいいたいの?死んでるよ。おじさんもおじさんの奥さんもね』
じゃあなんで俺だけここにいる?死んでいるならなぜ意識がある?
『詳しく説明するの面倒だから言わないけど、取りあえず……おじさんの奥さんを生き返らせる方法ならあるよ』
アヤカを生き返らせる方法?!そんなものが、あるのか。怪しいが聞いてみるだけ聞いてみようか。
『向こうの世界の奴らに迷惑がかかるがな。それでも奥さん生き返らせたいんなら俺に任せな。全部上手く計らってやるよ』
悪くない話だ。俺はもうアヤカさえいれば他なんてどうでも良くなっていた。俺だけが残るのはおかしいし、アヤノ達に顔向けなんてできない。アヤカがいない世界なんていらない。アヤカがいないなら幸せも何もなにもない。俺はアイツがいないと駄目なんだ。それにこいつに任せれば事は上手く進むようだ。

『よろしく頼むぞ』
『あぁ、いいぜ。旦那』
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