雨宮響也
誰でもいい。泥棒でも殺人犯でもなんでもいい。僕とヒヨリの代わりになってくれればどんな人でも構わない。この終わらない夏から解放してくれさえしてくれるなら。

その日僕はむしゃくしゃしてた。理由なんてものはくだらない、ただの嫉妬だ。二人っきりでのお出掛けだとはしゃいでいた分ガッカリした気持ちは比べられないくらいに落ちていて、ヒヨリの目には辛気臭い、と映っていたようだ。元々ヒヨリはナヨナヨしてる子が大嫌いで、あからさまに邪険にされた。だからか、僕は空気扱いでコノハとイチャイチャイチャイチャ。コノハの言動の一つ一つに頬を赤らめてる様子はいつも以上に可愛くて、アサヒナーとしては喜ばしいことだけど、僕自身としてはとてつもなく喜ばしくない。へこむ。そりゃあ僕なんかがヒヨリと両想いなんて到底無理なのは分かってる。まずこうして一緒に出かけていることさえ夢のまた夢のような出来事なのだ。欲張っちゃいけない。
「あ、あのさぁ、ヒヨリ……」
恐る恐る話し掛けるも、物凄い形相で睨まれた。
「何よ。何か用?」
そしてなんだろうこの威圧感。語気には覇気が含まれ、『気安く呼ぶんじゃねぇ』というメッセージまで込められてる。怖いけどなんか嬉しい。……あれ、僕って俗にいうマゾというやつか?いやいやそんなはずは。蔑まれて嬉しいなんてあり得ない。キモいぞ。キモいぞ僕。
「あそこの公園行ってみない?」
「はあ?なんでよ」
やっぱり公園なんか駄目だよね。買い物してばっかでちょっと疲れたし休みたかったけどヒヨリが頷かないんじゃ……
「……あ…公園……噴水、綺麗……」
「良いわよ行きましょ」
コノハが噴水が綺麗だと呟いた瞬間ヒヨリは目を輝かせ、拳をぎゅっと握った。そ、そんなに?ヒヨリをこんなにも動かせてしまうコノハが羨ましくも憎くも見えた。ズルいよなぁ……外見なんて卑怯だ……。
「あ、」
へこみながらトボトボとヒヨリについていくと草影から子猫が顔を覗かせた。家の付近には野犬がたくさんいるけど猫ってあんまり見ないんだよね。野犬なんかと違って、猫は野良でも大人しいし可愛いなぁ。手を伸ばすと子猫はのんびりと寄ってきた。軽く撫でてみると嬉しそう見つめてくる。うぅ。可愛い。
「アンタ、猫好きなの?」
子猫に夢中になっていたのかヒヨリが目の前に立っていることに気づかなかった。一流アサヒナーとして一生の不覚。この僕としたことが。
「う、うん、好きだよ。ヒヨリは?」
えへへ、と笑いながらヒヨリにも聞くと、
「私も好き。黒猫って可愛いわよね」
微笑んだ。あのヒヨリが。眩しいくらいの素敵スマイルで。
あー畜生!なんでカメラ持ってなかったんだ!!写真に収めて部屋に飾りたかった!!ついてないなぁ、さすが僕。
ていうかまさかこんなところで好みが合うとは。ヒヨリって猫好きだったんだなぁ。初めて知った。
「黒猫ってなんか不吉って言われたりするけど、そんなことないと思うのよねー」
「あぁ、前を横切られたら何歩か下がらなきゃいけない、ってやつ?」
「そうそれ。ああいうのって誰が言い出したのかしら」
「あっ、」
不意に猫はヒヨリの手から飛び降り、まっすぐ道路へ。都会だから車なんていないわけない。それに猫が今向かっている横断歩道の信号は赤。轢かれる。
「……ぁ…待って、」
ヒヨリは猫しか見えていないのか走り出す。駄目だよヒヨリ。あの猫が向かってるのは道路。ヒヨリが行ったってあの猫は助からないし、ヒヨリが轢かれる。だから、その猫は諦めて足を止めて。ほら、猫なんて他にもたくさんいるし。
「ヒヨリッ!!」
叫んで手を伸ばしてもヒヨリの手は取れない。振り返ってもくれない。
曲がってきたトラックはヒヨリが飛び出したことに気づいたものの、急に止まることなど出来ず。鈍い音がしてヒヨリは宙に浮く。悲鳴を上げる間さえないままヒヨリは道路に叩きつけられ、頭部からは血が流れ出す。
でもどうしてだろう。こんな経験一度もないのに、何回も何回も繰り返した気がする。ヒヨリの元に駆けつけて泣き喚くことも、コノハがただぼうっと見ているだけだったことも。ヒヨリが猫を追ってトラックに跳ねられることも、前にあったことのようで。

『ほら、また繰り返すんだろう?』

僕の後ろで誰かが言った。繰り返すってなんだよ。戻りたくても戻れないんだ。ヒヨリはだって、もう……。
『ヒヨリとまた会いたくないのか?会いたいならやり直せば良いんだ』
そっか。やり直せるんだ。じゃあ、もう一度、もう一度やり直してヒヨリが轢かれないようにすればいいんだよね。そんなの、簡単だ。
『じゃあまたな。次会うのは……どうせすぐだろうけど』

僕は、ただヒヨリと一緒にいたかったのに。あの時僕が、僕の影に願ったからなのか。あれからもう何十回、何百回と同じ光景を繰り返している。死にかたがどうであれ、やっていることは変わらない。これ以上、ヒヨリが死ぬところなんて見たくない。誰でも良いんだ。誰か、ヒヨリだけでも助けて。それが僕の幸せ。僕が望むこと。
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