榎本貴音・エネ
「あーもう退屈ですっ!!」
本当つまんない。口に出してみてもご主人からは全く反応がないし。ま、寝てるんだからしょーがないんですけどね。なんてったって現在午前の、3時。そりゃあ寝ますよね。私は別に睡眠が必要な体じゃないのでこうしてピンピンしてますけど。
まーホント、慣れとは怖いものです。この体になって一週間くらいしか経ってないんですよ?なのにもうあまり不自由だとは感じなくなってるんです。寝なくてもいいし、好き勝手できるし。お腹だって減らない。要するに人間味が欠けていますが私としては都合良いのでこの体に文句はないです。満足。
ただ、気になるのは私が消えたあとのこと。遥やアヤノちゃん、あと先生。ご主人は私の目の前にいるから何も心配は要らないんですけど。……ただご主人の様子からしてあまり良い想像はできないんですよね。なんてったってあの無駄にプライドだけは高いご主人が寝言で誰かに謝ってるんですよ?昔の話なら全然勝手に苦しんでれば良いんですけど、時々『アヤノ』って呟くから安心できないんです。
──アヤノちゃんに何かあったんですか?
聞きたくても聞きたくてもご主人にこの質問をすることはできないんですよね。ただのバグがアヤノちゃんを知ってるなんておかしいですから。あくまでも私は如月伸太郎のパソコンのバグとしての存在。だからこそ私はご主人のことを見守れてるわけですし。この関係を壊すなんてことは、少なくとも自らはしたくありません。
アヤノちゃん。今何してる?どこにいる?あのね、シンタローがアヤノちゃんに何か謝ってるの。シンタローが何をしでかしたか私には分からないけど、許してあげて?泣いてまで許しを乞うなんてアイツらしくないし。私でも少し心配なんだよ。
遥。ごめんね。本当にごめん。私、アンタに酷いことばっかした。顔も合わせられないくらいに。あの日私が変な意地を張らなければ遥は苦しい思いしなかったかもしれないのに。勝手に一人で盛り上がって勝手に一人で騒いで。私もアンタも重さが違うだけで持病持ちなのに。浮かれてたんだよ。私。結局アンタに伝えたかったこともあるけどそれも伝えられないまま、こんな姿になってさ。後悔ばっかりだなぁ。情けない。
シンタロー。アンタさ、私の前では変に意地張ってさ。デリカシーの欠片もない奴だなって本当に思う。けどなんだかな。アンタにも私が知らないだけでなんかあったんだよね。うたた寝してる時とか、画面越しに見えるんだ。アンタの苦しそうに歪む寝顔が。小さくごめんって謝ってるのも知ってる。自分が許せないって泣いてるのも知ってる。けど私なんもできない。無力だ。画面越しに見守ることしかできないし、姿を明かす勇気もない。素性を偽って、性格まで変えないとアンタとは話せない臆病者なんだよ。いつも馬鹿にしてるけど本当に馬鹿なのは私だ。
目の前で何が起こってても今の私には、触ることも、匂いを嗅ぐことも、痛みを感じることもできない。もしもこんな体になってなければ私はこんなにも 今の自分を恨んでなかったのだろうか。悔しいのに、何も掴めないこの両手が憎く見えなかったんだろうか。
昔の自分の手なら『幸せ』を掴み取ることができたのかもしれない。嫌な体質でも『実体』があるのだから。
今の私の手じゃ何も掴めない。──じゃあそうだ。この手で掴むことができなくても、周りの人達はいくらでも掴めるじゃないか。実体があるのだから。
私が後悔した分だけ、遥や、シンタロー、アヤノちゃんが幸せになってくれればいい。私はその手伝いをする。その幸福への道を邪魔させたりなんて誰にもさせない。
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