Kagero project | ナノ


you betrayed me

「久し振りだね」
聞き慣れた筈の声が暗闇に響く。声の主を確かめようと、声が聞こえてきた方を振り返る。
「ね、シンタローはさ、」
見覚えのある筈の女の子がそこに立っていた。黒髪に学校指定のセーラー服、そして赤いマフラー。
「私のこと、忘れちゃった……?」
ただ違和感を覚えるのは、その女の子の体に太く真っ黒な蛇が絡み付いていること。
そして、彼女の目が嫌なくらい真っ赤な色をしているということ。
「そんなこと……、ないよね……?」
女の子は少し悲しそうにそう呟いた。

目をゆっくりと開けると、いつもの白い天井。あれは夢か。じっとりと汗で湿ったTシャツの感覚が気持ち悪い。
「ね、どんな夢見たの……?」
ぞわりと悪寒が走る。夢で見た彼女がそこにはいた。まだ俺は夢の続きでも見ているのだろうか。言い様のない不安に襲われる。
「シンタロー、私のこと覚えてるよね。まさかそんな、忘れてるわけ、ないよね…?」
覚えてる。そう声に出そうとして、詰まる。
──彼女の名前は……?
赤いマフラーに、学校指定のセーラー服。真っ黒なロングヘアに、赤いピン。人懐っこい笑顔。
──彼女は誰だ……?
「分からないの……?ねぇ、伸太朗君」
急に女から男の声に変わったかと思うと、目の前にいた彼女は彼へと変わっていた。
「カノ……?」
答えるかのようにヘラヘラと笑う。
「なんで、お前……、「なんでって……。そんなの君に嫌がらせをしたいからに決まってるじゃない」
食いぎみに答えると、さも当然だろうと言いたげに首を傾げる。
「は……?」
俺がお前に何をしたって言うんだ。
「知ってるよね、楯山文乃のこと。僕の、姉ちゃんのこと」
楯山、文乃。確かに聞き覚えのある名前。でも、肝心なことが思い出せない。なんだっけ。俺はなんでその人のこと知ってるんだっけ。
でもカノの姉なんかに会った記憶はない。
「惚けないでよ。シンタロー君が知らないわけないじゃん」
カノらしくない怒気を含んだ声に驚きが隠せない。何がそんなに腹立たしい?俺には全然分からない。
「アヤノ姉ちゃん、知ってるでしょ?ほら」
焦れったそうにまた欺いた。
俺が夢で見た彼女の姿。さっきカノが欺いた彼女の姿。
赤いマフラーに、セーラー服。真っ黒なロングヘアに、赤いピン。
「シンタロー、思い出せない……?」
ぞわりと悪寒が走る。なにか、忘れてる。大事な人のことを忘れてる。
「あ……、あ、あ、……」
頭が痛い。割れるように痛い。耐え難い痛みに頭を抑える。
「シンタロー、私苦しかったんだよ」
「やめろ、っ……」
「シンタローは一番傍にいたよね?……なのに、なんで」
「……やめろよ……っ」
「なんで、気づいてくれなかったの……?」
今にも泣き出しそうな顔を見て、なにかが弾けた。頭の隅でなにかが溢れ出すように記憶が流れてくる。
思い出した。俺は知ってた。カノがなにを言いたいか。
「……俺が、アヤノを殺した……」
「やっと思い出したんだ。……そうだよ。シンタローが私を殺した」
そう呟くと、カノが元の姿に戻った。すごい形相で俺を睨みながら。
「僕じゃ、助けられなかった。僕じゃダメだったんだ。なんで、お前は気づいたのに止めなかった。なんで、お前は何も気づかなかったフリしたんだ」
アヤノが教室で泣いているのを何度か見つけた。でも俺は普段からは想像のつかない気弱なアヤノに声を掛けるのが怖かった。
俺なんかじゃ助けになれない。俺になんの権限があって、アヤノに声を掛けるんだ。そう考えてしまったら、無神経に教室に入っていくことなんかできなかったし、次に会ったときに励ますとか優しくするなんてこともできなかった。不器用なんて言葉じゃ済ませられないぐらい、俺は不器用だった。
「僕は、アヤノ姉ちゃんに化けて周りの目を誤魔化すことが精一杯だった。危険なことでも止められなかった」
罪の擦り付け合いだなんてしても何も変わらない。知ってる。それでも俺は思ったことを心のうちに止められなかった。
「お前だって……、同罪なんじゃないのか」
目に見えて動揺したカノは反論さえも出てこないようだった。
「俺が他人のことを言えるような人間じゃないのは分かってる。でも、お前はアヤノが何をしようとしたか明確に分かってたんだろ?」
「でもまさか、そんな死んじゃうとか、思わなかったし……!危険なことだって知ってたよ、でも姉ちゃんは必死だった。赤の他人の先輩なんかを苦しませたくない、僕たちの"目"のことをなんとかしようって。……止められないじゃん。そんな風に頑張ってるの見てさ」
狼狽えながらも必死に言い返してくる。目に涙まで浮かべて喋る彼はもう欺くことを忘れたただの被害者だった。
「だから、頑張ってる姉ちゃんの横で生きてることがつまらないみたいな、そんなお前を見てるのが何よりも嫌だった。僕が、シンタロー君の立場だったらきっと何か違った」
「あのとき、アヤノがどんな状況でどれだけ追い込まれてたかなんて俺は知らないし、その時俺は知ろうとも思わなかった。それは……その、ごめん」
「ごめんって、……そんなんで許されると思ってんの……っ、」
信じられないと喚くカノに、俺はどうも冷静だった。
「じゃあカノは俺にどうして欲しいんだよ」
「……っ、」
言葉に詰まる。そうだろう、だって俺にも分からない。何をしてもこの罪は消えないんだから。
アヤノはきっと笑顔で気にしないでとでも言うんだろう。でも俺はもうアヤノの笑顔をそのまま信じることができない。心の中では恨めしく思ってるんだろうって。カノを前にしたら尚更そう考えてしまう。
「姉ちゃんが最後までやり遂げようとしたこと、僕たちでなんとかできないかな……、」
ぽつりと。掠れた声でカノは呟いた。
「蛇が全部狂わせた。蛇さえいなければ、僕たちのこの目の力も消える。それに蛇に呑まれた人達のことも分かるかもしれない」
それは俺からしたら随分と希望的観測だった。でもそれしか方法がなかった。一か八かでも、アヤノの意思を受け継ごう。
「……やるか」
こういうのは性に合わないから苦手なんだけどな。致し方ない。

自分の罪は自分の納得する形で償うのが一番だって思うから。
ごめんな、アヤノ。俺、もう後悔しないようにするから。

…あとがき…
今回は夕切様からのリクエスト「シンアヤ前提で、シンタローとカノがアヤノのことで揉める話」でした。シンアヤ前提っていうのが出せなかったのが辛い。しかもリクエスト消化かなり遅れてしまって申し訳ありません……!
お持ち帰りは夕切様のみご自由にどうぞ。
お題はこちらのサイト様から
ラガーフリークは独りきり

更新(28/01/10)


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