Kagero project | ナノ


私にできること

午後10時。掛け時計がオルゴール調の曲を奏でる。もうこんな時間なんだ、と淹れたての紅茶を置いて、セトのいる方を見る。
いつもより時間こそ早かったものの、仕事量はいつもと変わらなかったようで、疲れたんだろう。ソファにごろんと横になっている。私にできることなんかないから、せめてもの思いで、疲れが取れやすいというジャスミンティーを淹れてみたけれど、セトは気に入ってくれるだろうか。口に合わなかったらどうしようなんて迷いながらも、せっかく淹れたからと声をかける。
「あのね、セトの分も紅茶淹れたんだけど……飲む?」
「うん、ありがとう。マリーは気が利くっすね」
優しい声に、反射的に否定する。
「そんなことないよ!私、お菓子作ったりとか、セトが欲しいものを買ってきたりだとかそういうこと、できないから。せめて、自分のできることだけでもと思っただけだから」
「それだけでも、俺にとっては十分っすよ」
ソファからゆっくり起き上がって、伸びをしながらこちらに向かってくる。紅茶を置いて向かいの席を勧めてみる。
「ん、良い香りっすね。これは何て言うんすか?」
「ジャスミンティーだよ。……あのね、このお茶凄くてね。色んな効能があるんだよ」
「へぇー、例えば?」
興味深そうに相槌を打つセトを見て、なんだか少し得意気になる。指を折りながら、この前読んだ本を思い出す。確か――
「美肌効果、ダイエット効果、リラックス効果、不眠改善効果とか。あとね、紅茶の中でも疲れがとれる効果が高い紅茶でね。香りも良いし、口当たりも爽やかで飲みやすいから、セトに飲んで貰いたくて」
「そうなんすか。俺、紅茶とか全然詳しくないっすから、マリーは凄いっす」
「えへへ〜」
セトに褒めてもらえた。勇気を出して、淹れた甲斐があった。
「……ん、美味しい」
一口飲んで自然と溢れた笑顔に私まで笑顔になる。心なしかさっきよりも元気になった気がするのは、私の思い違いだろうか。でも、少しでも効果があったなら、本当に淹れた甲斐があったというものだ。
「私、毎日こうしてセトが帰ってきたら紅茶を淹れるね。明日キドと買い物に行く予定だから、他のも見てみるし!」
調子に乗りすぎたかな。でも少しでもセトの喜ぶ顔を見たい。少しでも力になりたい。セトの、支えになりたい。
「ありがとう、マリー。でも待ってなくて良いっす。今日はいつもよりも早めに帰ってこれたっすけど、毎日こうはどうしてもいかないっすし。平気で12時を過ぎることだってあるっすよ。だから、その気持ちだけで大丈夫っす」
あ。セトが気遣ってるときの顔。セトっていつも人に気遣うとき、少し無理した笑顔になる。今が、そう。
「ううん!いいの、私がそうしたいだけだから。いいでしょ?」
いつになく強気な私にセトが少し怯む。紅茶を置いて、セトの目をじっと見ると、セトは観念したようにため息を吐いた。
「じゃあ、これだけは守って欲しいっす。俺ホントに何時に帰ってこれるか分かんないっすから、10時までに帰ってこなかったら寝てほしいっす。じゃないと、マリーが次の日起きれなくなっちゃうっすから」
「うん、分かった」
制限はあっても、待ってていいんだよね。
明日は何を淹れてあげよう。ラベンダーとか、レモンバームなんかも疲れに良いんじゃなかったかな。また、本を見てみよう。もっと詳しくなったら、キドやカノにも淹れてあげたいな。二人ともお世話になってるから。
そう考えると、もうワクワクしてきてしまった。今日はきっと眠れないなぁ。
「じゃ、もう寝るっす!」
「そうだね。カップは片付けておくから、セトは疲れてるだろうし、寝て良いよ。おやすみ」
「なんか全部やらせちゃって悪いっすね」
ばつが悪そうに頭をかくのを見て、セトの背中を部屋から押し出す。
「いいのいいの。セトはもう寝て!」
「はいはい。おやすみなさい」
セトは呆れたように笑いながらも、自室に戻っていった。
さ、片付けしちゃおっと。残したまんまだとキドに怒られちゃうからね。よし、とスポンジを握って、流し台に置かれたカップを持つと、なんだか少し成長できた気がして嬉しい。
こんな私にでも、できることがあるんだ、って少し誇らしく思えた。

…あとがき…
セトの仕事量多い感じとマリーちゃんの手持ち無沙汰な感じって良いなと思って書いた話。マリーちゃんたくさん本読んでたから、花とかにも詳しい筈だわ。いやぁ女子力。。
更新(27/04/13)


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