Kagero project | ナノ


拷問に近いような何か

自分の彼女に笑顔でお願いされたら、誰だって承諾してしまうだろう。つまり、これはしょうがないことであり、俺は文句を言ってもいい筈。ていうか言わせて欲しい。
「なぁ、アヤノ」
「ん?なあに?」
「なんでこいつらまで一緒なんだ?!」

ことの始まりは数時間前。授業が終わり、もう帰ろうと鞄に教科書やらなんやらを詰めていたときだ。なぜだか隣の席のアヤノが一向に帰りの支度を始めない。
(それっぽいことなんてしてないけど)一応彼氏彼女の間柄ではあるから下校は一緒。今日も一緒に帰ろうと思ってたんだが、帰り支度をしないとはどういうことだ。反抗期か。
自分の支度が終わってしまうと遂にアヤノを待つしかなくなる。しかし、待っていてもおそらくアヤノは突っ立ったままだろうし。鞄を開けた状態で立ち尽くしているアヤノに恐る恐る声を掛けると、「うん」と一言。 俺が「帰り支度しねぇのか?具合とか悪いのか?」と計二十三文字で話し掛けたと言うのにそれをたった二文字で返してくるとは。俺の勇気を返せ。
「また補習?」
意地悪く鼻で笑うと、
「あのね聞いてよシンタロー!!」
え、うん。聞くけど。なにその食いつきよう。馬鹿にした筈なのにこうも反応してくれないとなんか……心が……。まあでも補習ならそれどころじゃないか。俺の皮肉なんて気にしてらんねぇよな。
「今日クレープ食べに行かない?クレープ!」
「はあ?」
いやいや。補習の流れどこ行ったよお前。
「わああん!やっぱりシンタローは行きたくないよね!クレープなんか食べないよね!そもそも甘いの無理だよね!!」
俺の知らないところで俺の新しい設定がどんどん増えていくんだが。
「いやいやちょっと待て。俺は行きたくないなんて言ってないし、甘いの別に好きだけど」
途端にさっきまで暗かったアヤノの表情が一変。
「じゃあ行こう!」
目をキラキラと輝かせてぎゅっと拳を握るアヤノ。
「いやな、行っても良いけどよ。何で急にクレープなんか。さっきまで思い詰めた顔してたし、何かあんのか?」
「え、そんな思い詰めた顔してたかな?」
いやそれはもう。普段から笑顔の多いお前が黙って突っ立ってるだけでも異常だと思う。過保護かもしれないけど、心配になる。
「心配かけたならごめんね。いや、駅前にあるとっても美味しいクレープ屋さんが今日で閉まっちゃうの。最後に行きたいんだけど、一人じゃ寂しいし……。でもいきなり今日誘ってもシンタロー忙しいかなって」
大丈夫。俺めっちゃ暇人。心の中で髪をサラァッと掻き上げ、ニッコリと笑う。しかし現実の俺がこんなことしたって、爽やかさの欠片もないからな。結局いつも通りの仏頂面で呟く。
「……別に大丈夫だけど」
……これが俺のキャラなんだよ!悔しい。もっと爽やかイケメンで学校の王子様♥ なら!キザな仕草も台詞もキュンと来るだろうに!俺がやったところで、ひたすらに気持ちが悪いだけだ。
「良いの?!ありがとうシンタロー!じゃあすぐに支度するから待ってて!」
うん大好き。この返事で喜んでくれるなんてお前だけだよ。
うーむ。なんでアヤノはこんな俺と付き合ってんだか、とても理解に苦しむ。俺自分でも自分の良いところ分かんねぇのに。

そして冒頭に戻る。
「なんでこいつらまで一緒なんだよ!!!」
「シンタロー君、二回も言わなくても聞こえてるから大丈夫だよー?」
「うるさいです遥先輩ッ!」
「ちょ、アンタ遥になんで八つ当たりすんのよ。大体私だってアンタが来るなんて聞いてなかったんだけど?!」
こいつらとはこいつらのこと。否、貴音と遥先輩。
せっかく二人で放課後デートだと思って良い感じに浮かれてたのに!いや、俺は大概不幸な奴だからこういう展開もあるかな、なんて予想はしてたよ。してたけど!この野郎ラブラブさせろよおおおおおお!!
俺の悶絶を完全に無視してアヤノがすまなそうに話す。
「いや、隠すつもりはなかったんだけどね。言い忘れてただけなの……えへへごめんねー」
どんな顔も可愛い……じゃねぇよ。誤魔化されねぇよ。いくら国語苦手だからとは言え、さすがに言い忘れねぇだろ!!!俺の純粋に「デート?!やったぁ!!」っていう喜んでた気持ちを返してください。
「だっ、お前一人だけだとかどうのこうの言ってただろうよ!」
「いや、貴音先輩と遥先輩と私じゃあ私だけ除け者感出ると思って」
「えっ?!そうだったの、何かごめんアヤノちゃん」
「元はと言えば僕が食べたいって言ったからだけど……、シンタロー何でそんな刺々してるの?みんなでクレープ食べるの楽しいと思うよ」
ふにゃあ、と笑う遥先輩を見ると今更怒る気さえ起こらない。なんでこんなに遥先輩の周りだけ空気がほわほわしてるんだ。天の方の人ですか。

そしてぎゃあぎゃあ騒いでいたらもう例のクレープ屋に着いたようだ。
「ん、やっぱり混んでるねぇ!」
アヤノの言う通り、夕方という時間のせいか、それとも閉店セールのせいなのか。どちらか分からないけど、店内の混みようはもう凄い。クレープ屋ってこんなに混むのかってくらい。
「ぅあ……、」
俺が圧倒されていると、貴音が目敏く空いている席を見つけた。え、ホントに目敏くね?店入って数秒ですよ。
「さっすが貴音先輩。んじゃ、あそこにしよっか」
「そうだね。……よいしょっと」
それぞれのスクバを席に置いたのだが、どうしてあんなに遥先輩のスクバは重そうなんだろうか。少し開いたチャックからスケッチブックが見えたからまあ多分そういうことなんだろうけど。
貴音は相変わらず必要最低限のものしかスクバに入れてないようで、スクバはぺちゃんこ。椅子に立て掛けたもののずり落ちてきていて、横の遥先輩のと見比べると凄い差だ。
荷物を置いて列に加わろうと並ぶ貴音と遥先輩は、やっぱり付き合ってるっていう雰囲気がどこか漂ってる。俺たちはそう見えるのだろうか、と無性に悲しくなる。
いやいや。ちゃんと付き合ってるんだから。周りの目とか気にしなくても良いじゃんか。カラフルなメニューを前にして何やってんだ俺。
「ねー、シンタローは何にするの?クレープ」
「んー、やっぱりチョコバナナだな」
メニューを見ながら答える。チョコバナナ以外にもいくつか気になるものはあるが、最後だと言うし、ここは定番のチョコバナナだろう。あ、タピオカとかも置いてるんだな。
「あー、いいよねぇチョコバナナ。でも私はストロベリーカスタードクリーム……かな」
「わ、アヤノちゃん女の子だね。えーっと私は……ブルーベリーチーズケーキ、ってとこかしら」
「あっ貴音とおんなじだ。それ美味しそうだよね」
「だ、パクんないでよ!」
「えぇ〜」
嬉しそうに同じだ、と言う遥先輩に貴音はツンデレ発動。見ていて微笑ましいと思ってしまうのはもう歳なのか。いや待て俺まだ10代な上に、遥先輩たちの方が年上だからな。俺は若い。うん。
必死に自分に暗示を掛けていると、順番が回ってきたようで、お店の人が声を掛ける。
「ご、ご注文をどうぞぉー」
アルバイトなのか心なしか緊張しているように見える。
「えーっと、チョコバナナ1つ、ストロベリーカスタードクリーム1つ、ブルーベリーチーズケーキ……2つ?だっけ」
スラスラと言ってのけたと思ったらどうやら当の本人は合ってるか不安なようで、文末に疑問符が付いた。え、うん。こっち見られても。合ってます合ってます。……多分。
注文が終わるとお姉さんが
「では受け渡しカウンターでお待ちください」
と左を指差す。
見るからに浮き足立っているアヤノが微笑ましい。
数分後、それぞれ頼んだクレープを貰うと、席へ移動。早速食べようと口を開けた瞬間。事件が起きた。
「アヤノちゃんそれ美味しそうだね。ひとくち、ちょうだい」
「ん、いいですよー。はい、」
あーん、ってちょっ、えっ?
何やってんだよおおおおおおおおおおおおおおお!!!
パクッとニコニコしながらクレープを食べる遥先輩を尻目に俺が俯いてプルプルと悶えていると、アヤノはきょとんとして
「ん、どしたの?」
遥先輩を見ても
「んん〜これ美味しいね!あれ、シンタローも食べたいの?」
ダメだこりゃ。お前ら自分が何したかわかってんのか。……いや分かってねぇよ。
この二人が恋愛とかに疎いのは知ってる。よぉーく分かってるんだが。あーんて!あーんは彼氏がいる前でやっちゃダメだろお!!やるならそれ俺にやれよお!妬み全開で遥先輩を睨むものの全く伝わる気配はなし。
貴音はというと、驚きのあまりクレープからブルーベリーソースを垂らしてしまっていた。だよなだよな。そうなるよな。
「シンタローも貴音さんも早く食べないと……ってもう貴音さんのクレープ原形留めてないし」
「要らないなら貰うよ?」
再び目をキラキラと輝かせる遥先輩。なんだか憎く見えてきた。いや抑えろ俺。俺だって……いや、あーんとか死んでもできない。
もはやWデートがなんだかただの浮気にしか見えなくなってきた。なんだろう、泣きたい。辛い。自害したい。ベロベロになったクレープを見つめながらなんだかとても惨めな気分。
取り合えず帰らせてくれないか。

…あとがき…
ゆいね様のみお持ち帰り可能です。……なんだかもうごめんなさい!!!!
更新(27/01/31)


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