*鈍いにも程がある*
何か、もう、疲れた──。
毎日までは行かなくとも、不自然な程には街の至る所で遭遇する憎いアンチキショー。何を隠そう、私の想い人だったりするのだが。
明らかに自分と同じかそれに近い想いを抱いているのではないかと錯覚する程には、好かれている自信があるというのに。アイツときたらのらりくらりと適当な態度で、いくら待っても色気のある展開になど進む気配すらない。
焦らしプレイのつもりか、コノヤロー。これだから、ドSだってんだ。それとも何か? 私がガキすぎて色気のある展開になど持っていけないとでもいうのか。──一番あり得そうな考えに辿り着き、ダラダラと嫌な汗が背中を伝っていくのがリアルに感じられた。
「さっきから赤くなったり青くなったり忙しい奴だな、おい。リトマス試験紙かよ」
「……ッッ!?」
聞き慣れたテノールが至近距離(というか耳元)から響き、あまりの衝撃で一気に10m程は飛び退いてしまった。
「な、な、何してくれるアルか、このドS〜!!」
「はぁ? 喋りかけただけで変質者扱いかよ」
ヒデーなオイ、などと呟く男を横目にしていると、さっきまで悩んでいたことが唐突にアホらしくなってきた。
「……何でこんなヤツ好きになっちゃったアルか、私」
「何か言いやしたかィ?」
「何でもないアル!!」
そもそも、こいつと色気のある展開に持ち込めたとして。その後、私は一体どんな反応をするべきなんだろう。待ってました! とばかりに喜ぶのはキャラ違いな気がするし。かといって、心にもない拒絶なんかもしたくはない。
「おーい、チャイナー。いいかげん戻ってきやがれ。放置プレイのつもりか? あいにく俺はMじゃねーから、そんなプレイは範疇外だぜィ?」
「何でもかんでもSとMにしてんじゃねーヨ! このド変態ッ!」
「変態……ねェ」
相変わらずの飄々とした感情の読めない顔から、ニヤリと小憎たらしい笑みを浮かべた顔に変わったサド野郎。
これは何か良からぬことを考えてる時の表情だ。短くはないつき合いからくる勘、にしか過ぎないのだが。だがしかし、この勘は恐ろしい程よく当たるのだ。
「な、何考えてるネ?」
「ん〜? 気になりやすかィ?」
「質問に質問で返すなヨ」
ムッとして睨みつけてやれば、言うと思った、なんて楽しそうに笑ってやがる。──チキショー。そんな無防備な笑顔見せられたら、嬉しくなってしまうではないか。普段無表情なこいつが、笑顔に限らず色んな表情を見せてくれるのが自分限定だってことに気づいた時、どんなに嬉しかったことか。そんなこと、当の本人は全く気づいてもいないのだろうけど。
「だぁから、また放置プレイかってんだ」
「うっさい、激鈍ド変態野郎」
「……何か、オプション増えてね?」
「フン。意味は自分で考えるヨロシ」
「激鈍、ってーのはこっちの台詞だと思うんだがなァ」
「?」
無表情とは違う、でも最近よく見せる感情の読み取れない真顔。向けられる真っ直ぐな瞳の中に熱い何かを灯しているような、もの言いたげな視線に貫かれ、息が止まりそうになる。
「な……に、」
すーっと、腕が伸びてくる。節くれだって長いその指が無遠慮に頬を撫で、触れた瞬間に心臓がキュッと締め付けられたように悲鳴を上げた。
「だぁから、てめーはガキだっつってんでィ。空気読めー」
「ハアッ!?」
むにっ。頬を抓りあげられ、思考がフリーズ。何だ、だからガキって。空気読んでないのはどっちだ、コラ。大体結構いい雰囲気だったはずなのに、どうしてこうなった。私の何が悪いというんだ、そっちがガキなんだろうが。
「いやいや。ガキに合わせんのも結構辛いんだぜィ? よく我慢出来てんなー。大人な俺、スゲー」
「人の思考に割り込んでくんなヨ! ってかお前のどこが大人ネ!?」
「や、思考だだ漏れだから。さっきから全部口に出てんでさァ」
「マジでか」
いやいや。何か誤魔化されてないか? 結局何だっけ、大人かガキかって話?
「やっぱ、まだまだ無理かねィ」
(果たして本当に鈍いのはどっちなのか)
(ああいう空気になったらフツー目閉じるか、黙って上目遣いだろーが。バカチャイナ!)