誘惑する、口唇──
「──何でィ。ちゅーぐれェさせろよ。今更恥じらう仲でもねーだろうが」
「オマエはムードとか気遣いとか、ちっとは考えろヨ! 欲望のままに生きてんダロ!?」
「まあな」
「そこは否定するところアル! 何でどや顔なんだヨ!!」
2年ぶりに、えいりあんはんたーの修行を終え宇宙から戻ってきた神楽を待っていたのは、離れていても何だかんだと忘れることの出来なかった愛しい男からの行き過ぎた愛情表現だった。
「……浮気してないだろうナ?」
「安心しろィ。俺の股間センサーはお前にしか反応しねェ」
「それはそれで何かキモいアル」
真顔でバッサリ切り捨てられ、少々傷ついた風な顔を見せた総悟に、演技だと分かっている神楽は敢えて冷たく接する。
「そもそも、再会いこーる、ちゅーするってのが短絡的過ぎなのヨ! もっとこう……愛の言葉囁くとか、指輪差し出すとか」
「何、お前結婚してェの?」
「そりゃ、私だってオンナだからナ。そういうのに夢持ったっていいダロ?」
「まあ、夢見んのは自由だよな、確かに」
「……何でそんな人事なのヨ! 私が他の男と結婚してもいいって言うアルか!?」
「あのなァ。夢見んのは自由、だが。その相手に俺を求めてんなら止めとけ」
「──え?」
神楽の表情が、一瞬にして凍り付く。
「俺が一番大事にしてんのが、近藤さんだってのは前にも言ったよな? その近藤さんの作った真選組を護るために、俺の命は存在してんでィ」
「……だから、結婚出来ない?」
「正確にはしたくねェ、だな。そういや、はっきり言ったことはなかったもんなァ……結婚も出来ねェような男とは一緒にいられねェか? だったらスッパリ切り捨ててから、また宇宙にでも何処にでも旅立ってくれや」
総悟は溜め息混じりに、諦めた風に吐き出した。
「これだから、オマエはマダオなのヨ」
「……はァ?」
「神楽さまを見くびってもらっちゃ、困るアル! そんなことで揺らぐような、甘っちょろい愛し方なんかする訳ないネ。だったら、2年もロクに連絡も寄越さないようなバカ男、とっくに愛想尽かしてるとこアル!」
「神楽……」
総悟はどう答えたらいいものやら、困り顔で目を伏せてしまった。神楽にしてみれば、総悟の考えなど単純で分かりやすいことだったというのに。──本当は、自然消滅することだって考えていたに違いないのだ、この男のことだから。
「総悟は、ズルいのヨ。自分では別れてくれ、なんて言えないクセに。私から言わせようなんて、言っとくけど、生まれ変わったってムリなんだからナ!」
「おいおい。そこは死ぬまで、じゃねェのかよ?」
「残念でしたー。死んでも嫌アル。ぜーったい離してやんないんだから、覚悟しとけヨ?」
ムードのないキスなどお断りだが、こういう時は語るより態度で示すが勝ちだ。神楽は自ら挑戦的なキスを仕掛けると、ニヤリと総悟を見上げた。
「やってくれるじゃねーか、このクソアマ」
「悔しかったら、今の10倍は濃厚なの返してみるヨロシ」
「上等だ。後悔しても知らねェからな?」
このやり取りをしていたのが、ターミナルのロビーど真ん中だったのだが。周りからの注目など気にするでもなく、すっかり2人だけの世界が出来上がり。たまたま芸能人の取材に来ていたテレビ局のカメラに撮られてしまっていたらしく、翌日には“真選組一番隊隊長と噂の美少女えいりあんはんたー熱愛スクープ!”として江戸中に知れ渡ってしまったのだった。
「──なァ、いつまで待てばいい訳?」
どうやら、頭が前世の記憶にトリップしていたらしい。総悟に声を掛けられるまで、私はキスまで数pの至近距離で固まったまま、焦点の合わない虚ろな目になっていたようだ。
「ごめ……ん。何か、大人な総悟にちゅーぶちかましてきたアル」
「何じゃそりゃァ──どの辺の記憶だよ?」
「んーと、2年ぶりに会った辺り?」
「あー、ターミナルでぶちかましたアレか?」
記憶が蘇る度に、総悟が更に近くなっていく気がする。曖昧にしか覚えていなかった数日前は、思い出すことすら怖かったのに。
「ね、総悟。ちゅーすんの、やっぱ待ってヨ」
「散々待たせといて焦らすんかィ」
溜め息混じりで総悟が見下ろしてくる。でも、怒ってる風ではなくて。どっちかというと、諦め? やっぱりな、って感じだろうか?
「だって、どうせキスするなら……ちゃんと身体に戻ってからがいいネ」
「言うと思った。俺だって、そうしたかったんだけどなァ。何か、こうムラムラしたっての?」
「相変わらず、アルナ。そこが総悟らしいんだけど、今のキャラでエロいのはドン引きネ!」
「別に、王子キャラなんざ勝手にマスコミが仕立て上げたもんだぜ? それに。神楽なら、どんだけドン引いたって愛してくれんだろィ?」
自信満々の発言に、仕方ないなぁと溜め息をつきながら笑いかける。
「しょーがない男アルナ。でも、死んでも離さないって言ったダロ? 私は有言実行のオンナだからナ!」
「ああ、知ってらァ。──仕方ねェから、今日のところは譲歩してやっから」
「へっ?」
譲歩、って。諦めたんじゃなくて!? 考える間もなく、総悟の顔が再び接近してきた。
「ちょっ、と! だから、ちゅーすんのは待つアルーっ!」
「分かってるって。だからなァ、」
ちゅっ、とリップ音を立てて。総悟が触れたのは──額だった。
「口唇は、とっておいてやる。だから、戻ったら濃いーの頼むぜ?」
「うっ。私から、かヨ?」
「そうだな、でも一応この身体ではハジメテってヤツだからなァ……俺が濃厚なの、見舞いしてやるかな?」
「じゃ、じゃあ期待しといてやるネ」
そっか。ファーストキスなんだもんなぁ。改めて頭を過ぎる、前世の濃厚なアレコレは──ファーストキスは、是非ノーマルにお願いしたいものだと思ってしまうようなものばかりで。
「お、お手柔らかに頼むアル」
顔を引きつらせながら小さく搾り出した言葉は、総悟の笑いを誘ってしまったようだ。でも、心底楽しそうに笑うその顔を見ていたら。引きつった頬の筋肉も弛んでいくようだった。
──その後、行われた脳波の検査は、全く異常なしとしか言いようがなかったらしく。主治医の先生は頭を捻るばかりだった。
一体、身体に戻れる日が来るのかどうか。益々、不安感は増してゆく。まだ、4日。されど、もう、4日だ。……突破口は何処にあるのだろう。総悟と通じ合える喜びに反比例するかのように、その不安感は広がっていくのだった。