*夏祭り*




 こんなにも、お前のことが好きなんだって──この4年で散々思い知らされたんだ。

*最終夜 〜 真夏の夜の夢*


 高校を卒業する頃、神楽の兄と名乗る男が、わざわざ会いに来た。夜兎工の番長とか言われてるヤツだと、ぼんやりと思い出した。
 神威という名のソイツは、ニコニコと胡散臭い笑顔を振りまき、突然俺に、死んでくれない? と抑揚のない声で言い放ちやがったのだ。さすがの俺も、言葉を返すのも忘れ、呆気に取られてしまったが──当然の反応だと思わないか?


『キミ、ウチの愚妹と付き合ってるんでしょ? 悪いけど、ウチって特殊な掟クサいモノがあってさぁ。神楽は隠してると思うけど、結構ヤバい家業やってんだよね。オヤジなんか、国際的に命狙われることもあるくらい、裏社会の有名人だったりもするワケ。俺も神楽も、卒業後はそのオヤジの片腕になるべく、今まで修行とかやってたんだしさぁ……キミ、ぶっちゃけジャマなんだよね』

 こちらの返答など聞くつもりもないらしく、ヤツはベラベラとお家事情ってのを暴露するだけしまくった。そこで漸く、それまでの数日間の神楽の挙動不審さに気づいてしまった訳だ。

『何やら言いたそうにしてたのはそのことだったんですかねェ』
『へぇー。キミに暴露するってことは、死んでくれ、と同義なんだけどネ。神楽もキミに死んで欲しかったんじゃない?』
『何、嬉しそうに言ってんですか。──中国に帰るのは聞いてて、遠距離になっちまうって話もしてやしたが。本当のことを話したら、俺を巻き込んじまう。それがイヤで悩んでたんじゃないかと思いますが?』

 そんな掟がなんだってんだ。──正直、その時はただのシスコンの戯言だと本気にせず。隠された殺気にも気づかずに、ダラダラ気楽に構えてしまったのだ。
 次の瞬間繰り出された、背後の壁を崩落させる程の渾身の拳を辛うじて避けるまでは。

『あれー? おっかしいなぁ? 一発で仕留める予定だったのに。一応、剣道日本一ってのはマジみたいだね、瞬速のプリンスって呼ばれてるらしいじゃん?』

 本気で殺られるところだった──背筋を流れていく嫌な汗を感じ、そこで今度こそ神威の話を真剣に聴こうという気にさせられたのだった。




「え、ちょっ、何アルか、ソレ!? じゃあ、総悟はウチの事情も知ってたってこと?」
「条件出されたんだよ、神威に。……ってか、実際はお前のオヤジさんかららしいなァ。しっかり俺のこと調べ上げてやがるし」
「パピーまで総悟のこと知ってたアルか……え、条件って?」
「んー。まずは、神楽が一人前になるまでは妨げになるような付き合いは厳禁ってことで、意外に簡単に思えた──んだが、なァ」

 言葉を詰まらせ、総悟が目を逸らす。

「何か、あったアルか?」
「お前、卒業して最初の夏に、俺に嘘ついて仕事すっぽかして日本に来ただろィ?」
「え、最初の夏、って……バレてたネ!?」
「や、知ってたら全力で止めてた。とにかく、俺に会うために仕事サボるなんざァ──オヤジさんたちの逆鱗に触れるには十分だったみたいだぜ?」

 頭が真っ白になる。じゃあ、私は、自ら墓穴を掘っていたってことじゃないか!

「それで、別れるって言い出したアルか?」
「そんだけって訳でもねェけどな。──お前に見つからねーように神威が俺んとこに来て、変な指令書つきつけやがったからなァ」
「指令、書?」
「神楽を本当に愛してるんなら、俺にもエージェントになるための修行しろってさ」
「はぁっ!?」

 エージェント──それはつまり、私や神威のような捜査員になるということ。パピーの血筋である私たち兄妹ならいざ知らず、一般人である総悟に修行を強いるだなんて……。

「表向きは国際探偵つっても、極秘任務も多いって? 暴露しても神楽と別れさせもしなければ、俺を始末しようともしなかったのは、つまりコッチの世界に俺を引き込もうとしてたって訳だ。あの夏がきっかけで、俺も覚悟決めなきゃならなくなったんだよなァ……。そもそも、神楽と一旦別れろって条件出されたしな。信じてんなら、大したことじゃねェとか、オヤジさんも極悪だよなァ……あのクソハゲ」
「じゃ、じゃあ。ほ、ホントに修行してたアルか?」
「大学行きながらって結構キツくて、2年目は留年しちまったけどな。周りにはバイトしてることにしてたんだ、誰にもお前の家の事情はバレてねーから。あ、バレたら今度こそ殺られるか?」

 日本には、私と神威も修行した養成所っぽい所があって。私の知らないうちに、総悟はそこで修行を積んでいたらしい。……剣の腕を生かして、真剣も扱えるようになったとか。大概のモノは一刀両断出来るとか、平然と言ってのけたけど。もう既に、一般人の発言ではないだろう、ソレは。

「高校の時みたく、闘り合ってみるか? お前、手加減してたんだろ。ちっとムカついたが、あんな修行してたんじゃ仕方ねーか。まあ、今なら勝てると思うけどなァ?」
「なっ……こっちは20年以上修行漬けのベテランネ!! 新米になんて負けないアルヨ!」
「ハハッ。相変わらず負けず嫌いじゃねェか」

 4年の間、私は総悟に振られたことで、総悟の真意を知りもせずに……それでもずっと、忘れることなんて出来ずにいた。

「──私が、心変わりしたらどうするつもりだったネ?」
「何言ってんでィ。無理だろ? 神楽は俺のこと大好きだからなァ」
「むがぁっ! その通りだけど、何かムカつくアルぅ!!」
「……俺も、絶対にお前のこと好きで居続ける自信があるからなァ。お前の気持ち、疑ったりもしなかった」
「そーご……」
「ダブったせいで、俺ァまだ大学生なんだ。ホントは春まで神楽には内緒のままだったんだぜ? 神威のヤツ、ぜってー面白がって実戦がてらとか何とかほざいて襲撃してくる。ってか、その辺から見てっかも」

 げっ。さすがの私も、クソ兄貴の殺気を殺した気配は見抜けないんだ。ヤツなら──正面から来るかも、だけど。

「で。取り敢えずなんだけど」
「な、に?」
「より戻す前に──事情伏せなきゃならなかったとはいえ、神楽を泣かせたことには変わりねェ。すまなかった」
「っ!」
「俺も、神楽に会えなかったこの4年はスッゲー辛かった。気が狂いそうだった。心配なんざしなくても、俺の頭ん中は神楽でいっぱいだった」
「総悟っ……私、私もっ」

 会いたかったの。抱きしめて欲しかった。この手で触れて、キスをして、繋がり合って──。

「卒業したら、俺が中国(そっち)行くから。あと半年、泣かないで待ってろよ?」
「うっ……もう泣かないアルっ。ってか、本気でエージェントやる気なのかヨ?」
「まあ、就職活動もしてねェから、オヤジさんが拾ってくんなきゃプー太郎になっちまうなァ」
「そんな理由でいいアルか」
「ばーか。てめーとこれ以上離れたくねェからに決まってんだろ。それとも、言わなきゃ分かんねーの?」

 総悟の両手が頬を挟む。ちょっと乱暴に引き寄せられたけれど、それが全然不快なんかじゃなくて。むしろ、その力強さにときめいたりして。

「言ってヨ」
「あァ?」
「何遍でも、私のこと愛してるって言いやがれ、コノヤロー。泣かせた罰アル!」
「ったくお前は……後悔すんじゃねーぞ? これからベッドの上でいくらでも囁いてやっからなァ。足腰立たなくなるまで張り切ってヤルから期待しとけよ?」
「の、望むところアル! こっちだって負けないネ。覚悟すんのはソッチかもヨ?」

 お互いに吹き出すと、引き合うように、啄むキスを繰り返す。好き、大好き、愛してる。言葉なんかじゃ足りないの。

 人通りから外れた、裏道──ざわめきが遠くに感じられて。4年前には、別れを告げられたけれど。でも、今はそんな悪夢のようなことはもう二度と起きないんだと、力強い腕が教えてくれる。

 真夏の夜に見る夢は────目覚めても、幸せなままで。この次の夏も、きっと続いていくんだ。




8月中完成は無理でしたorz…
アホみたいに最近仕事が忙しすぎてヒイコラしてました(°∇°;)
続きそうな終わり、とも言えなくもない(笑)でも、今んとこは続かないですよ〜。
かむ兄は出すと話が長くなるからね!今回は退場願いました(コラ)
ラストでガッカリ、でも構わないんで(自虐的)今回のプチ連載のご感想とか戴けると嬉しいです〜。
さてさて。そろそろ原作設定で書きたいなぁ。ネタ探そう(笑)

'11/09/02 written * '11/09/03 up

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