xx涙の終わりに甘い口付けをxx
悔しい──。今は、この一言しか出てこない。
どうして自分はこんなにも無力なんだろう。自分にやれる精一杯で、それでも、皆を守れると思っていたのに。
私は、驕っていたのだろうか? 過信しすぎていたのだろうか、龍神の神子という立場に。源氏の神子、と呼ばれることに。
「こら、望美。いつまでそうやって拗ねているつもりだ?」
「……くろ、う、さん」
一番会いたくなかった人が、どうしてだか自分を迎えにくる。分かってはいた。こういう人だって。でも、今日だけは、そっとしておいて欲しかった……。
「拗ねてなんて、いません。自分に腹が立っていただけです」
すくっと立ち上がって、そのまま背を向ける。この人に、涙なんて見せられない。弱い自分を見せる訳にはいかないから。
「今日のことは、お前の責任じゃないんだ。そう自分を責めるな。皆、それを分かっているからこそ心配しているんだ、お前のことを」
「心配……?」
「そうだ。まあ俺は、少し呆れてもいるがな」
だから、こっちを向け──よく分からない理屈で振り向かせようとする、その腕を振り切って。今度は、膝を抱えてしゃがみ込んだ。
「おいこら。何で更に小さくなる? いいから、皆のところに戻るぞ」
「放っといて下さい。気が済んだら戻りますから、私のことは構わないで」
「……何だ。やっぱり拗ねているんじゃないか」
ぷっ、と吹き出して。九郎さんはそのまま、私の脇にどっかりと腰を下ろした。
「……何で座るの?」
「俺の勝手だろう。お前のことは構わんから、気にするな」
「何それっ」
一体、この人は何をしようとしているんだろう。本当に……放っておいて欲しいだけなのに。
「なあ。独り言だと思って、聴いてくれないか?」
「……?」
今度は、説教でもする気だろうか。走って逃げでもしたら、どうするつもりなんだろうか、この人は。
「俺のこの手には、兄上の名代として立つ俺に着いてきてくれる……源氏の者たちの命が握られている」
突然、語り始めたのは私の話ではなく、九郎さん自身の話のようだ。本当に、独り言なのだろうか。
「今まで、様々な怨みつらみを聞いてきた。命を落としていくものたちを、俺の手は救うことは出来なかった。……俺はただ、剣を手に戦場に出ることしか出来ん」
「……」
「それでも闘いを止めることはしない。数多の屍の上で、俺は闘い続ける」
今日の自分を、思い起こす。
九郎さんの、源氏の神子である私の名の下に、集った新兵の人たちを前に。急襲してきた平家の放った怨霊から、半数もの命を守れなかった。
あまりの数の怨霊に。剣を、柄を握る手が震えて。封印出来たのは、半分にも満たない。
九郎さんや弁慶さんたち──皆が斬り倒していく姿を横目で見ながら、ようやく残りを封印することしか出来なかった。
情けない、今日の自分の戦い。
どんなに後悔しても、失われた命は戻ってこない。救えたはずの、たくさんの命。
「また考え込んでいるな?」
「だって……私がちゃんと震えないで封印出来てたらっ!」
「違う」
「違わないっ」
「いいや。お前だけのせいじゃない、と言っているんだ。油断して平家に隙を見せたのは、俺たち全員の過失だ。責任というなら、源氏を束ねる俺にかかってくる」
そうじゃない、私の言いたいのは……自分の不甲斐無さが情けないってことで。
「今まで、泣いていたんだろう? もういいから、泣きたいだけ泣いてしまえ」
「……泣いてなんかっ」
「目、真っ赤だぞ」
腫れぼったい瞼に、無遠慮に触れられ。ビクッと私の肩が跳ね上がる。
「前にも言ったはずだ。俺の前では強がるな。泣きたいなら、泣けばいい。その代わり、泣いてすっきりしたら元のはねっかえりなお前に戻ればいい」
「はねっかえりって……ひどいな、もう」
どうして、この人は。欲しい言葉を、絶妙なタイミングでくれるんだろう。思い切り泣きたい時、こうして傍にいてくれるんだろう?
「ほら、来い」
ぶっきらぼうに。腕を広げて、待っていてくれる。その胸に飛び込んで、思い切り泣いて。
「泣き止んだか?」
涙が乾く頃には、優しい笑顔で頭を撫でてくれる。
そうして。
とびっきり甘い、とろけるな口付けを。
涙の痕の残る頬に。益々腫れぼったくなった瞼に。──そして、貴方を待ち望んでいる唇に。
明日からまた、お互いに、戦いの中へと戻っていくけれど。今度こそ、弱音を吐かず。挫けずに。貴方に恥じることのないような、自分でいたいから。
過去を悔やむだけでなく。同じ過ちを繰り返さない、前向きな私でいるために。