*私を呼ぶ声*
「望美っ!」
もっと、呼んで。
「望美ィッ!!」
もっと、呼んで?
「待て!! 望美っっ!!」
まだよ、まだ。全然、足りない。
貴方の声を、私を想ってくれる心を、真っ直ぐに見つめてくれる眼差しを。──そして。抱きしめてくれるその腕の強さを、しっかりと焼き付けたいから。
「待てって、言って、んだ……ろっ」
ぜぇはあ、と。息を切らせて。私を追いかけて全速で向かってくる九郎さん。さすがに、もう逃げ切れなくて。観念して、その腕に包まれた。
「ったく……こんな暗い時間に屋敷を抜け出しただけでも危ないというのに、おまけに走り出して逃げ出す始末だ。……逃げたくなったのか、戦から?」
九郎さんの瞳が、不安げに揺れる。
「違う、よ」
表情を作らぬままに、首を横に振る。
「では、逃げたいのは、俺から、なのか……?」
不安の色を濃くした瞳を細めて、抑え気味に問いかけてくる……。
「バカ」
ふふ、と微笑んで。
「なっ……馬鹿とは何だ!?」
カッとなって返してくる真っ正直な恋人を抱きしめ返した。
「の……望、美?」
波の音が、静かに身体を包み込んでいく。
遙かなる異世界のこの海で。私のよく知る鎌倉と同じ趣を持った、この海で。そっと、願うのは、貴方と笑い合える未来を掴むこと。
「……逃げたりなんて、しない。真っ直ぐに、前だけを向いて、突き進んでいくの。九郎さんが、背中を護ってくれるから」
「望美……」
お願い。もっと、名前、呼んでね?
この波の音にかき消えてしまわぬように。
「九郎さん……」
「ん?」
「望美、って呼んで?」
「……はっ?」
「もっと、聴かせて? 九郎さんに、名前を呼んでもらえると、スゴク幸せな気持ちになれるから……」
そうか、と。少し照れた顔を見せて。
『望美』
『望美』
『望美』
『望美』
『望美』
優しく、力強く、穏やかに、そして甘く。
言霊のように、呼ばれる度に心に何か暖かいものが溢れて、漲っていく。
「お前も……呼んでくれ」
満たされた気持ちで見上げると。今度は、逆にこっちがせがまれて。
「一回だけ、ね。ありったけの想い込めて呼ぶから」
すうっと、息を吸い。
耳元に口唇を寄せて、優しく囁く。
『──九郎さん──』
ねえ。
何でかなぁ?
名前を呼ぶだけで、呼ばれるだけで。言い方一つで、どんな愛の言葉よりも、満たされる気持ちになれるなんて。
口づけの合間に、低く囁くその声も。
「望美……」
熱に浮かされたまま、耳元にダイレクトに響く掠れた声も。
「のぞ、み……」
私を縛り付けて
だから、もっと呼んで?
貴方の声で、私の名前を──