*過去ジャンル倉庫*


1年前の貴方に
10年前の貴方にも
そして来年も再来年も

重ねる年月
巡り廻るこの日に祝福を

花束やケーキはなくとも
貴方を想うこの気持ちを

真っ直ぐに愛の言葉に込めて贈りたいから──


*軌跡*




 ──ぼんやりと指折り日付を数えてみる。多分、こちらの暦でいえば、もう11月に入っているはずなのだが。
 向こうでの習慣が染み付いてしまっている為に、どうしても覚えにくくて。望美は形の良い眉を歪めて、もう一度指を折り返しながら数え始めた。

「何を数えているんだ?」

 いつものように剣の鍛練に励んでいたのだろう。額に滲んだ汗を拭いながら近寄ってくる人影が一つ。

「ん〜。今日って、11月……えっと、霜月、でしたっけ? その何日になるのかな〜と思って」
「今日の日付か? 九日だと思うが、どうかしたのか?」

 眉間に皺を寄せて考えるようなことなのか、と思わず九郎は笑ってしまう。だが、その笑いが不服だったらしく。今度は頬をプクリと膨らませて、何笑ってんですかっ! と、望美はキッと睨みつけた。

「一応、色々考えてるんですよ。これでも」

 真面目な顔つきになり、望美はぽつりと呟く。
 こっちの世界に来てからどれくらいの時を過ごしたのか。自分は一度、時空を遡っている。繰り返した時間を考えたら、単純な計算では足りないはずだ。
 それでも、積み重ねていく時のひとつひとつが……決して無駄にならないように。その全てを忘れずに、胸に刻み込むこと。それが、神子としての自分に課せられた使命なのだと思っている。

「ああ……そういえば、俺の生まれた日でもあるな、今日は」

 まだ真剣な顔つきの望美から目線を逸らし。何でもないことのように。本当にどうでもいいこと、という語調で九郎が呟いた。

「……はっ?」

 これに驚いて、望美は瞳を大きく見開く。生まれた日、と言ったのか? この人は。それは、今日が誕生日だということではないのか?
 必死に散らばっていた思考能力を寄せ集め、望美は漸く口を開くことにした。

「何でそんな大事なこと、もっと早く言わないのーっ!?」

 ──誕生日、という概念について、望美が九郎に熱く説き始めてから半刻。九郎の方はといえば、生まれた日にそんなに重要性を感じたこともなかったこともあり。少々戸惑いながら、熱く語る目の前の少女を見下ろしている。

「……なあ。たかだか生まれた日、だろう? お前の世界ではそれを祝うことが重要なのだというのは分かった。だが、それにどんな意味があるというんだ? 正直、俺には理解に苦しむというか……」

 本気で困っている風の九郎を見て、漸く望美は我に返る。今まで熱弁を揮ったのは、全くの無意味だったのか。ガクリと肩を落としつつ、上目遣いで九郎を見上げた。

「大事に思う人が、この世に生を受けた日だもの。嬉しい、って思うし。良かった、って思うの。その日が一年、また一年と積み重なる毎に、おめでとう、が増えてくの。ありがとう、が重なっていくの」

 優しく、諭すように。望美の鈴を転がしたような澄んだ声が、九郎の耳に薄い膜に覆われたような柔らかさを伴って響いてくる。

「だからね、お祝いをするの。この世に生まれてきてくれて、ありがとう。これからも一緒に生きていきましょう、って。来年も、再来年も、十年経っても、お爺ちゃんとお婆ちゃんになっても、またこうしてお祝いさせてね、って……。そういう、おめでたい日なのよ。年に一度の、ね」
「分かった……かもしれない」

 ボーッとしたような表情の九郎が、そのまま優しい微笑みを浮かべる。その微笑みにつられてか、望美も自然に笑顔になる。

「ふふ。もっとちゃんと分かるように、私がこれから九郎さんのお祝いしてあげる」
「お、俺の!?」
「そうよー。だって、今日は九郎さんの誕生日ですもの」

 焦り出してしまった九郎を、もう一度覗き込んで。一旦眼を伏せて、小さく“ハッピーバースデー”と呟く。

「……? はっぴ……?」

 きょとんとする九郎をそのまま放置して。望美は満面の笑みと共に、勢いよく九郎に抱きついてその耳元に唇を寄せた。

「の、望美っ!?」

 途端に赤く色づいていく、腕の中の愛しい存在を強く想いながら。望美はひとつひとつの言葉に、その想いを乗せて囁く。

「九郎さん、お誕生日、おめでとう」

 そして、去年の貴方にも。一昨年の貴方にも。生まれたばかりの貴方にも。今まで、祝えなかった分の想いを全部込めて。

「九郎さんが生まれてくれて、良かった。貴方に出逢えて、良かった。だから、これからも毎年……こうしておめでとう、を言わせてね?」

 言葉にならない程の、愛しさを噛み締めて。

 壊れ物に触れるかのようにそっと──。
 愛しくてたまらない、その少女の背に。

 自分がこの世に生を受けることが出来たことに感謝しながら。

 青年は、ゆっくりと腕を回した──。





九郎誕生日記念でした!昔はみんな新年に歳を1つ取る、という感じで生まれた日は関係なかったんですよね。


'05/11/09 up * '16/03/26 rewrite

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