出来れば、愛しい女性の憂い顔など見たくはないものだ。少なくとも、自分ではそう思っている。
だから、目の前で。その大きな瞳に涙を溜め、必死に堪えている彼女に。どんな言葉を掛けてやればいいのか、どう対応すればいいのか、分からずに途方に暮れてしまっている。
日頃から生徒に教えを請われるべき立場である自分が、今はどうにかして対応策を教わりたい。恥ずべきことでも構わない。何か、言わなければ。行動に移さなければ。
「先生……」
「っ!」
突然の呼び掛けに動揺を隠しきれない。君はまさか、こうして狼狽える自分を見るために態とやっているのではないだろうな?
「私、私……」
「ど、どうした?」
すぅっと大きく息を吸い込んだ背中を優しくさすってやれば、小さく"ありがとう"の声。
余程のことがあったのだろう。堪えきれなかった涙が、一筋の痕を残した。
「ゆっくりでいい。話してみなさい」
「うっ……」
堰を切ったように涙が後から後から流れてゆく。もう、動揺などしている場合ではなかった。気付けば、自然に伸びる両の腕で彼女を包み込んでいて。
「大丈夫だ。今は、いくら泣いても構わない」
「は、い……」
どうすればいいかなど、流れに任せて動くしかないのだろう。自分らしくない、感情的ともいえる行動だが、今はそれも悪くないと思う。むしろ咄嗟でも彼女への慰めになることが出来たのなら、それも本望だ。
彼女の哀しみが少しでも和らぐのなら。いくらでもこの胸を貸そう。
後は、そうだな。
額に張り付いてしまった前髪を軽く上げ、そこに触れるだけの優しいキスを、一つだけ送ることにしようか。
xxそっと触れる哀しみのキスxx
──で。一体どうしたんだ?
──は、い。実は、
(君の涙が乾くまで、俺が傍にいるから)
2009,September,29th.