*good night…*
「はぁ〜さすがに毎日演奏会続きじゃ身体保たないですよ〜」
「……」
「? 零一さん?」
さっきまで、私の半ば愚痴とも言える言葉に対して何かしら返答を返してくれていたんだけど。零一さんはピタリとソファに座ったまま動かなくなってしまった。
「うわー。きっちり姿勢崩さないまま寝ちゃってる〜」
腕組みをして。足も組んで。でも、背筋はピンと伸ばしたままで。
「……ごめんね、零一さん。疲れてるのは零一さんも同じだよね。むしろ、赤点の生徒に頭抱えてる今の時期、一番忙しいのは零一さんの方」
自宅には一切持ち込まない、期末試験の解答用紙。もう採点も済んで、今日辺りは、クラスで容赦ない怒りをぶちまけたことだろう。
「私も最初の頃は先生に睨まれてたもんな〜。数学だけは壊滅的にダメだったから」
懐かしいな、と思いつつ。頭の中が数式で埋まっている恋人には悪いけれど、二度と数学の問題なんて解きたくない……と現役高校生の頃を振り返って身震いしてしまう。
「ん……。済まん。寝てしまった、か?」
起こしたわけではなかったけれど。すぐに目を覚ましてしまった零一さんを見て、ちょっぴり苦笑いしてしまう。
「疲れてるんでしょ? ほら、私のことはいいから早く寝室に行って」
「いや、しかし……」
「どうせ私も泊まってくんだから、心配しないで」
「瑠宇……」
その場に立たせて。背を押して。寝室の扉を開けて押し込んで。そこまでして満足気に笑って、私は私でゆっくりしようかな〜なんてバックしようとしたらば。
「……なら、君も一緒に」
「へっ!?」
あっという間に、その力強い腕に抱え込まれて。気づけば零一さんの大きめのベッドの上にゴロリ。
「れーいーいーちーさーん!」
真っ赤になって、講義しつつ胸の辺りをドンドン叩いてみたけれど。更に抱き枕のように抱え込まれてしまって。
「こうしていれば、よく眠れる」
「私は抱き枕ですか!?」
「安眠効果は抜群だろう」
しれっと言ってのける恋人を見上げて。しょうがないなー、と小さく溜め息をついた。
「じゃあ……眼鏡外して」
「……ん?」
「おやすみのキス」
私の意図を察して、以前はあまり見せることのなかった……でも今でも私以外にはほとんど見せることのない“優しい微笑み”を浮かべる。
「おやすみ──」
間もなく、規則正しい寝息が隣から聴こえてきて。私も安心して、その音を聴きながら眠りについた。
「……で。何で、起きてみれば私は脱がされてる、のかしら?」
目覚めよろしく、とてもご機嫌な恋人を前に。私の方はヒクヒクと顔面を引き攣らせながら。対照的に不機嫌極まりない表情を作る。
昨夜、2人で眠りについた時は普通に毛布に包まっていたはずなのに。今の私といえば。パジャマ代わりに着ていた零一さんのシャツの前をはだけられて、いつでもいらっしゃーい……的な刺激的な姿。寝起きはよくないはずの私だけれど、さすがに一瞬で覚醒してしまった。
「それはだな」
ひっじょーに嬉しそうに耳元で囁いてくる零一さんを、反射的に押し返し……たんだけれど。
てきぱきと、無駄のない動きで自分の着ていたモノも脱ぎ去って。何事もなかったかのように、再び私の上に被さってきた。(……。)
「君の寝顔があまりにも可愛らしくて、欲情したからだ」
「……何、開き直ってストレートに言ってんの?」
「いや、君が、何で、と訊くからだろう?」
だから正直に応えたまでだ、なんて真顔で言われても……ってか、手っ! 何処触ってんですか〜!?
「れ、い、い、ちさーーーん!」
「……何だ?」
「揉むの、やめて」
「嫌だと言ったら?」
「……朝から何盛ってんですかー!」
まあ、男には色々事情というものが……とか何とかブツブツ呟きながら。そのまま私の叫びは唇ごと封じられ、めくるめく官能の世界へと堕とされていく──。
昨夜あんなに疲れていたヒトは何処行ったの!? まあ、でも。流されてる私も……何だかんだ言って、弱いんだよなぁ。
このままだと、もう一回“おやすみ”を言わなきゃならなくなっちゃうわね。ゆっくりと、広い背中に腕を回しながら。そんなことを考えていた。
《初出→きらら☆blog:2005,July,17th.》