そして、ある日……。
事件は起きた。
10years after・U
目の前が真っ白になる。……あたし、どうなってしまったの?
「果子! 果子!?」
朝礼の最中だったはず、なのに駆け寄ってくるのは響ちゃん? あたし、倒れて……?
視界が白から闇に変わる瞬間、あたしはやっと自覚した。"これ、貧血だ”と……。
気がつくと保健室に寝かされていて。目を開けると、心配した友人たちがあたしを見下ろしていた。
「果子〜」
「よかった……もう大丈夫?」
ガバッと飛び起きて周囲を見回した。
「響ちゃんはっ?」
倒れた時、確かに響ちゃんがあたしを抱き止めたのを感じたのに……。
「果子。鈴原センセは……」
「えっ?」
「校長に呼び出し食らったのよ」
友人たちが困ったような顔をしているのを見て、あたしは事情がつかめずにいた。
「……前からね。果子と鈴原センセが一緒に住んでることとか、大っぴらに果子を可愛がってる事をよく思ってない先生たちがいたみたい。さっき真っ先に果子のこと抱き上げたの見て、他生徒に影響がどうとかって……」
「な、に? ……それ」
プルプルと身体が震えるのが分かった。
「ねちねちやられてるんじゃないかなぁ? 教頭辺りが張り切ってたみたいだし……」
まだクラクラする頭を押さえながら、あたしはベッドから下りる。
「行かなきゃ……」
「果子!? まだ寝てなきゃ」
「響ちゃんを助けなくちゃ!」
「果子が行ったら逆効果だってば!」
それでも。あたしのせいで、響ちゃんが悪く言われるなんて……納得出来ない。許せない。我慢出来ないのよっ!
「果子っ!」
あたしはそのまま職員室へ駆け込んだ。……野次馬と化した他生徒の群れをかき分けて。
「……果子!」
数人の先生たちに囲まれた響ちゃんを見つけ、あたしは真っ直ぐに飛び込んでいた。
「お前、貧血は!?」
「あたしはもういいのっ。それよりもっ」
先生たちがあたしたちを交互に見ている。……何もやましいことなんてないもの。あたしたち、堂々としてればいいんだからっ。
「どうして鈴原先生が責められなきゃならないんですか!? 倒れたあたしを助けた行為は行き過ぎだったとでも言うんですか!?」
普段先生たちに逆らったことなんてなかったあたしの、初めての反発……。学年主任なんて、あんぐり口を開いている。
「そ、それはだね……」
ハッとした教頭がやっと口を開く。
「従兄妹とはいえ、若い男女が一つ屋根の下で暮らしている事実が他生徒に悪影響を与えかねない……ましてや鈴原先生は君を贔屓、いや特別扱いしている。以前から直接注意はしていたのだが全く聞いていない様子だ」
「それって、あたしと鈴原先生の関係が特別だったとしたらの問題じゃないですか?」
ジロリと教頭を睨みつける。
「変な想像と誤解をしてらっしゃるんじゃありませんか?」
全く……どうかしてる。あたしと響ちゃんの間には血の繋がりと家族としての絆はあっても、甘いロマンスのようなモノなんて……。
あたしの勢いに押されていた教頭だったけど、しかしだね……と再び口を開いた。
「当の鈴原先生がそうではないと主張しているのだからして」
「は……?」
響ちゃんの主張? どういうこと?
「響ちゃん、何言ったの?」
困惑の眼差しで隣の響ちゃんを見上げる。
「果子を一人の女として愛してるって言っただけだよ」
「……はい?」
目が、点。
「響ちゃん、冗談にしてはタチが悪いよ? それ」
「冗談なんかじゃねーもん。いつもマジで言ってんのにお前が本気にしてないだけだろ」
「……え?」
ちょっと待って。それって、それって……え〜〜っ!?
「あ〜鈴原先生。公衆の面前でイチャイチャするのは遠慮して頂けませんかな?」
「ですから。中断しましたけどさっきも言った通り、将来的に本当の意味の家族になる予定なんで。皆さんがどう思おうと勝手ですが、この先は俺たち2人の問題にさせて下さい」
響ちゃ〜ん!? 何言ってんのぉ? 最早思考能力ゼロなあたしはワタワタと慌てるばかり。
「誰にも文句は言わせません。何しろ10年越しの想いですから」
きっぱり言った響ちゃんの瞳が、確かに10年前に重なった気がした……。
あれは、夢じゃなかったのね? あの時から、あの日から。響ちゃんはあたしを見ていてくれたのね?
ツーッと涙がこぼれ落ちる。あ……れ? 何で涙なんか。
「果子!? 何でそこで泣くんだよっ」
「あれ? 自分でも分かんない〜」
今度は響ちゃんがワタワタする番だ。
「果子……」
これはきっと嬉し涙。哀しい訳じゃないの。だから笑わなきゃ……。
「コラ、泣き止めっ。俺、お前のこと絶対泣かせないってあの日誓ったんだから」
響ちゃんはあたしを見て、照れ臭そうに笑った。──あの頃の面影が、そこには見えた。
「では、話は以上です。行こう、果子」
「……へ? あ、はいっ」
急に手を握られ、そのまま響ちゃんはあたしを引っ張って歩き出した。
呆気に取られた教頭たちを横目に、堂々と……脇目を振ることなく。
そして。
職員室の外では──。
「センセーカッコい〜!」
「ラブラブ〜!」
何が何だか……とにかく見ていたみんなに冷やかされ、盛り上げられ。人の注目を浴びることが、以前よりも悪くはないかなぁ……なんて思い始めていた。
2人で帰る道の途中、不意に響ちゃんが振り向いた。
「なあ。お前……本気で俺が果子のこと好きなの、知らなかったのか?」
その言葉に何の躊躇いもなく、コクリと頷くあたし。
「……世界一の鈍感」
「え〜っ!? そこまで言う〜!?」「だってさー。こんなに愛で溢れてんのに……。それとももっと積極的に迫るべきだったか?」
言うが早く、響ちゃんの唇があたしの頬に軽く触れた。
「〜〜っ!?」
飛び退くあたしの反応を楽しそうに眺めながら、響ちゃんが囁く。
“これからもずっと、果子の隣にいるよ。その笑顔を絶やさないように”
10年、20年……。時が経っても変わらない想いを……。ずっと、ず〜っと。
2人で──。