*過去ジャンル倉庫*


「待て。何故その途中式からこの解答に辿り着ける!?」
「……違います、か?」
「当たり前だ!」

 だって、教えられたまま解いていったらこうなったんだもの。何故、かなんて私が訊きたいんですってば。
 そんな抗議の視線も先生には通じる訳もなく。

「初歩の初歩だ。中学の方程式の応用だろう? 君は暗記科目が出来て、何故こんな初歩の計算式で躓くのだ……」
「5回目」
「……は?」
「また“何故”って言った!」

 ジト目で見上げると、先生はやっぱり何回目かになる大きな溜め息をついた。

「その溜め息も7回目!」
「あ〜はいはい。済まなかった。分かったから、もう一度この例題に沿って解いてみなさい」

 分かってない。
 私が問題を解けないのが悪いのは確かだけれど、先生は……零一さんは、恋人としての私の気持ちなんてちっとも分かってない。

「どんなに複雑な数式が解けたとしても、零一さんには恋愛の方程式は解けないんだわ」
「吉……冬希?」

 慌てて名前を呼び直したその瞬間、ピシリ! と人差し指を突きつける。

「確かに私は数学に関しては壊滅的にバカです! 今更それを否定なんてする気も、毛頭ないですっ」

でも。でもね。

「でも、試験が終わるまでイチャイチャするの我慢してた気持ちとか……デート楽しみにしてた乙女心分かります!? どうせ、そんなことより問題解け、とか言うんでしょ?」

 一気にまくし立てて、ハアッと大きく息を吐いた。
 呆れているだろうか。今度は怒鳴られるだろうか。それでも言ってしまいたくて、ブチ撒けた胸の内。
 ところが、予想に反して。

「言いたいことはそれで全部か?」

 不適な笑みを浮かべて、零一さんは私に一気に近づいた。……その距離、ほんの数センチ。

「な、何よ!?」
「では訊くが。君がそうやって我慢してきた間、俺が平気だったとでも思っているのか? 今、こうして2人だけで、言ってみれば密室ともいえるこの室内で恋人と呼べる相手と向かい合っている現在も……全く平静な気持ちでいるとでも?」

 ジワジワ。ただでさえ至近距離にある零一さんの顔が、ついに数ミリの距離まで近づいた。
 息が、掛かる。熱い吐息を、首筋に感じる。

「零一さん……?」
「君には、数学だけでなく、恋愛の方程式すらも解けないようだな?」
「っっ!?」

 そのまま重ね合わされる口唇の熱さに、驚きを隠せないままに流されていく。
目は見開いたままで。慣れた仕草で自分の眼鏡を外しながら、更に深くなっていく口づけ。それをただ受け止めているだけの私を促すように、巧みに舌がねじ込まれてくる。

「ん……ふっ、」

 くぐもった声が漏れ、その気恥ずかしさから逃れようとした私の後頭部を、力強い左腕が押さえつけた。

「〜〜っ!」

 必死で抵抗しようと胸を叩きつけた両手は、一瞬で、頭の上に縛り上げるように捕らえられていく。
 打つ手、なし。それ以前に、何かを成そうとする思考回路すら麻痺していく。

「んっ……」

 力任せのソレから、徐々に甘さが感じられてきた頃。すっかり流されるままにその甘さの中に身を委ねながら。
 漸く私は、零一さんの言葉の意味を理解した。分かっていなかったのは私の方だったということを。複雑な公式や数式の陰に隠れて解けずにいた、本当は簡単な“男心”という名の方程式の解答にようやく辿り着いて……。
 やっぱり、おバカだわ、私。クスリと笑いながら、心の中で呟いたのだった。


and,after──

 そして。再試の結果は何とかギリギリの合格ラインで。

「よかった〜。再再試なんて言われたら、どうしようかと思ったよ〜っ!」

 真剣に胸を撫で下ろす私を、溜め息混じりに見下ろす……志穂さん。

「再再試……。氷室先生につきっきりでご指導頂いておきながらそんなことになったら、今度こそ愛想尽かされるわよ?」
「う〜。まあ、無事合格だったからいいんじゃない?」
「はあ。貴女のその楽観的な所…呆れたらいいんだか、見習ったらいいんだか」
「へへへ〜」

 何だかんだと、心配してくれてた志穂さん。素っ気なく振る舞っているけどホントはとっても優しい人だってこと、知らない人の方が多いんだろうな。そんな志穂さんが、私は大好きだけど。

「なあに? 変な笑い方したりして」
「何でもないよ〜」
「変な子ね、本当に。これだから氷室先生も公私共に苦労する訳よね……」
「まあまあ。それは、私を選んだ零一さんの責任でもある訳だし!」

 志穂さんは更に呆れた顔で“ゴチソウサマ”なんて呟いて、教室に入ってきた零一さんに目線をやった。

「お邪魔なようだから、私はお先に失礼します」
「有沢……?」

 2人で志穂さんを見送って、漸く顔を見合わせる。

「ふっふっふ〜。成せば成る、何事も!」
「威張るような点数ではない。普通は、満点を取れなければならないのだぞ?」

 Vサインを出す私の両頬を、ぐにぐにと軽く横に引っ張る。

「いひゃいでひゅ〜」
「嘘をつけ。力は入っていない」「う゛〜」

 他愛のないこんなやり取りも、全てが終わったからこそ。
 “でも、まあ。頑張ったな”そう言いながら微笑んだ零一さんを直視してしまい、思わずドキッとする。滅多に見れるモノじゃないから、免疫なくてビックリするんですもの!!

「ご褒美に、今夜お泊まりしてもいいですか?」

動揺を悟られないよう、零一さんの腕に自分の腕を絡めながら見上げる。

「大胆発言、だな?」
「恋愛の方程式を解いてみたんです」

 ふふふ、と笑いながらもう一度見上げる。

「ああ。それで、解答は?」

 私の答えを待ちながら、軽く肩を抱き寄せてくる。

「そろそろ温もりが恋しくなってきた、でしょ?」

「ふむ……。こっちは満点のようだな?」

 他でもない、大切に想う貴方のことだから。お互いの気持ちを尊重し合える2人になりたいから。私たちの方程式に解けないものはない、よね?

「出来れば、数学の解答率も……上げて欲しいものだが」

「努力します〜」
「是非、そうしてくれ」

 こうして、二学期末試験のドタバタ(?)はようやく幕を閉じ、表向き平穏な日々が戻ることとなった。

 けれど。

 ……また学年末試験に同じようなやり取りが繰り広げられることを。今はまだ、誰も知らない。

 合掌。(チーン)

〜end?〜


*恋愛の方程式。《解答編》*




ゲーム(GS)では、おバカだと先生にフラれちゃうよ、多分。攻略しまくった麻岡の見解だけど。

'04/12/13 up * '16/03/07 rewrite

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