*過去ジャンル倉庫*



 雪の降る、こんな寒い日には。

*白の魔法*


 サクサク……と音を立て、うっすら白く積もった雪の上を歩く。
 澄み切った冬特有の空気が、痛いくらいに頬に刺さり。その寒さに震えた私は首元のマフラーを目元ギリギリまで上げて、縮こまるようにして少し歩みを速めた。
 こんな時、せめてスカートの下には無理せずにタイツでも履いておけばよかった……と後悔するのだけど。結局は厚手のハイソックスを選んでしまう朝の自分をいつも恨む羽目になる。

 せめて雪の止んでいる今のうちに家に辿り着きたくて、更に更に、どんどん速度の上がっていく歩みと共に。比例するように息も上がっていく。

「はぁ〜。運動不足だなぁ」

 溜め息混じりに息を吐くと、まるで湯気でも上がったかのように白く視界が曇る。それだけ、気温が低いということなのだ。
 こんなことなら、部活が終わってから“暖かいものでも食べて帰ろう”と誘ってくれた先輩たちに着いていくべきだったか。
 ──けれど。みんなが帰った後の音楽室で、少しの間だけでも想い人である氷室先生と2人きりで話が出来るのが嬉しくて。
 ついつい、楽器を片付ける手はゆっくりになり。他愛無い会話ではあっても、先生と話せる、ということがとても嬉しくて居残ってしまうのだ。
 そう、よっぽどの用事がない限りは。

「今日は特に話が弾んだもんね〜」

 ほんのり、頬が赤く染まる。
 ……今日の話題は、今後の進路をどうするかという真面目なものではあった。
 でも、先生が私の音楽の才能を伸ばすことを真剣に考えていてくれてることを改めて知ることが出来たし。自分の想像以上に、高く評価してくれてることまで分かってしまった。
 自惚れじゃないけど、それは決して恋愛感情には結びつくものではないけれど。一歩ずつ、先生との距離が近くなっているような気がして。すごく嬉しかったのだ。 いつか、本当に先生の『特別』になれたら──。いつも願ってはいるけれど、まだまだ願望の域を出ないのが現実。

「う〜〜。でも、こんな寒いんだったら素直に送ってもらえばよかったかも……」

 心臓が口から出るんじゃないかと思うくらい、びっくりした、音楽室を出る寸前の先生からの申し出。『もう遅いし、雪も降ることだし、車で送ろうか?』
 ありえない、と本気で思った。先生が好きすぎて、頭が沸騰して幻聴が聴こえたのかと、瞬間パニックに陥った。
 そうして必死で返した応えが『大丈夫ですっ。雪は大好きなんで一人でバッチリ帰れますっ』という、訳の分からないものだったりして。
 先輩たちと帰っていれば、今頃暖かい喫茶店の中。先生の申し出を素直に受け止めていれば、今頃暖かい車の……。
 そこで、ハッと我に返る。パニクっていたとはいえ、何て勿体無いことをしたのだろう、自分は。先生と一緒に帰れるどころか、車に乗せてもらえるだなんてっ! もう一生ないかもしれないチャンスだったというのに。

「私のばかぁ〜〜」

 後悔、先に立たず。まさか今から戻って、やっぱり乗せて下さいなんて言えないし。というか、とっくに先生は帰ってしまっただろうし。
 ああ。何だか、益々身体が冷え切ってしまった気がする。しかもサーッと血の気が引くような寒さ。
 まだまだ、家までの距離は長い。すっかり止まってしまった歩みを、のろのろと再スタートさせて。また白い息をハァーッと大きく吐いた。……ここで止まっていても仕方ない、さっさと帰ろう。自然と歩みは再び速くなる。

「雪……」

 見上げると、止んでいた雪がちらついていた。
 ああ、寒さの上に冷たさまでがプラスされてしまう。……いっその事、走って帰ろうか。息切れどころじゃなくなるだろうけど、この際ちょっとでも早く家に着きたい。

 白く積もる雪。
 吐き出す白い息。
 全てを覆い隠すような、眩しい白。

「……榊!」

 視界が白く、頭も白く。あれ? 私、今、何してたっけ? 呼び止めたその声に、ゆっくり振り返る。

「遠慮はいいから、乗りなさい。……風邪でも引いたらどうする?」
「せん……せい?」

 ああ。私、魔法にでもかかっちゃったんだろうか。自分に都合のいい、嬉しい魔法。

「早くしなさい。君の格好を見ているだけでこっちまで寒くなる…」
「……へっ?」
「雪の中、素足を出して、そんなところにいつまで突っ立っている気だ?」
「あ。はいっ。そうですねっ。寒いですっ」

 ダメだ〜もう何言ってんのか、全然分かんない。
 とりあえず、今は、さっきみたいに後悔しないように。自分の気持ちに正直に。

「──ありがとう、先生」

 もう、寒さなんて何処か遠いところに行っちゃったみたいです。 それどころか、沸騰寸前。今なら額でお湯も沸かせそう。
 積もった雪さえ溶かしてしまいそうな、吐く息も湯気に変えてしまいそうな…………思いがけない魔法にかかってしまいました。



初出、blog。初々しい2人(笑)

'06/01/20 up * '16/02/14 rewrite

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