case:2_sulty summer_1
夏は、正直苦手な季節だ。
イベントや競争事といったら、先に立って盛り上がるタイプだと自負しているつもり。……そんな私でも、長時間日光を浴びるのが体質的に無理な為に、グランドに出なきゃならない日は地獄。通常の体育なら日陰で見学なのだ。
「神楽ちゃん、本当に大丈夫? 私たち、これからソフトボールの試合だけど……」
「心配いらないアル、姐御! さっきまで、男子の野球応援で張り切り過ぎちゃっただけヨ。ちょっと休んでたら治るから。……むしろ、姐御たちの応援に行けなくてゴメンアル」
中国でも少数民族である私たち"夜兎族"は、太陽から嫌われた種族で。曇り程度なら影響はないのだが、完全な晴れだと体力が根こそぎ奪われる。夏の太陽に至っては軽い火傷になってしまう位で、日傘がなくては外を歩けない。
今日はせっかくのクラス対抗球技大会だというのに、忌々しい太陽め!
「妙ちゃん、神楽ちゃんは大丈夫かい?」
「あら、九ちゃんまで来てくれたのね」
「心配してくれるのは嬉しいけど。九ちゃん、エースなんだから早くグランド行かなきゃダメアル!」
九ちゃんは、抜群の運動神経を生かして、ソフトボールのピッチャー。姐御がバットで打ちまくって点を稼ぎ、3Zはダントツの優勝候補だ。
「優勝するところ、一緒に見たかったから残念だけど……。私は明日のバレーに全力投球するから、2人には思う存分戦ってきて欲しいネ!!」
「神楽ちゃん……。分かったよ、君の分も力一杯頑張るからね」
「九ちゃんの投球と姐御のバットがあれば、敵なしヨ。絶対勝てるアル!」
勝利を誓ってくれた2人を、手を振りながら見送って。それからすぐにベッドに力なく突っ伏し、奪われた体力の回復に努める。……だが、無情にも保健室の中には直射日光がサンサンと降り注いで。カーテンを閉めにいく気力もないというのに、ほんっとーに忌々しい太陽だ!
「ぅおーい、神楽。生きてっか?」
「半分死にかけてる女の子にそのセリフはないダロ。空気読めヨ、銀ちゃん」
「ハイハイ。そんな憎まれ口叩けんなら大丈夫でしょー。んなことより。どうせ今日は復帰出来そうにねーだろ? バレーは明日だし、応援だけだったんだよな?」
銀ちゃんの空気読めない発言にまだ不満はあったが。とりあえず、そうだけど、と口を動かす。
「だったらちょうどいいから、車乗ってけよ」
「……は? 車、って。銀ちゃんスクーターじゃないアルか!?」
「いや、俺の車じゃねーよ。ほれ、さっき沖田姉の方も倒れたじゃん? 弟の方がお姫様抱っこなんぞで飛び込んできて、家まで送れってさ。サボってたのバラすとか脅しかけるもんだからさー。仕方なく坂本に車借りたんだけど」
そうか……総悟、ミツバちゃんを抱えて、銀ちゃんのとこに行ってたんだ。──野球の試合の真っ最中、私以上にミツバちゃんは無理をしていたようで。
「姉さん!? だから休むように言ったんでさァ! 本当は熱もあったんだろ!?」
途中からは余裕のなさそうな慌てた様子。珍しくミツバちゃんに声を荒げていて。知ってはいたけど、それだけ強くミツバちゃんを想っていることがよく分かった。
「今は国語科のソファーで横にならせてるんだけどさ。そこに、今度はお前が倒れたって来島の奴が飛び込んできたって訳」
「……だから、ミツバちゃんのついでに私も連れて帰るって?」
一応心配したんだぞー、と銀ちゃんは私の頭をポンポン軽く叩く。ホント、子供扱いなんだから。
「何だよ、不満そうだな? ついで、ってのが嫌なのかー?」
あーあ、全然乙女心ってヤツが分かってないんだもんな。これだから、銀ちゃんはマダオなのよ!
「別に、ついでがイヤな訳じゃないアル。ただ、夕方になって日が陰ってからの方が動きやすくなるから、このまま保健室で休んでるネ」
「……なら、いいけど。あ、でも。もう車で送ってはやれねーぞ? 坂本に返さなきゃなんねぇから」
「大丈夫ヨ、その頃には普通に歩けると思うし。それこそ、銀ちゃんと一緒に帰るから待ってていいアルか?」
いつもなら、即座にダメ出しされる私の要望は。ちょっとだけ考えた後に、仕方ねーな、なんて笑いながら受け入れられた。
「キャッホィ! 銀ちゃんと帰れるなら毎日倒れた方がいいかもしんないっ」
「コラコラ。今日は特例だかんね! そんな頻繁に倒れられたら、俺が監督不行き届きでハゲ(親父さん)にぶっ飛ばされるから。勘弁してくれよ、ほんっとーに!」
俺と帰る為に倒れるとか物騒な発言も禁止! なんて、銀ちゃんの眼はかなりマジだ。……どんだけパピーが怖いんだ?
「──んじゃ、俺は沖田姉を送ってくっから。お前は、大人しく休んでなさい」
銀ちゃんの声は、諭すように、優しく響く。その上、さりげなく……カーテンを閉めて、私を太陽から隠してくれた。
「さすが銀ちゃんアル。頼もうと思ってたのに、言わなくても分かっちゃったアルナ」
「ハハッ、見直したかー? 銀さんだって、やれば出来る子なんだからね!」
「……それを言っちゃうと台無しヨ」
でも、そんな銀ちゃんが大好きなんだよ。いつまでも本気にしてくれないけど、いつか、ちゃんと相手にしてもらえる日がくるのかな……?
姉さんを銀八の運転する車に乗せて、安全運転を強要すると。そういえば、と銀八が思い出したように呟いた。
「神楽の奴、太陽に弱いの知ってた?」
「まあ……苦手だっては聴いてやしたけど」
「そっか。でも、苦手とかってレベルじゃねーんだよな、あいつの場合」
車に乗り込みながら、銀八は続ける。
「まあ、倒れてるくらいだから想像はつきますけど」
「うん、それなんだけどね。神楽、めちゃくちゃ応援に熱中してたみたいでさ。……俺がサボってた間に男子の野球、盛り上がってたみたいじゃん? ピッチャーが土方で、ゴリがキャッチャー? 沖田くんはサードで4番の大活躍」
確かに、3Zは準決勝まで勝ち上がって。チャイナじゃなくても、男女揃って応援にはうるさいくらいに熱が入っていた。……さすがに、差していた日傘を投げ出す程に熱中していたのには気づかなかったが。
「あいつ、中国にいた頃はクラスに馴染むタイプじゃなくてね。こっちに来て、みんな仲良くなって盛り上がれて楽しいんだろうな。俺も詳しくは聴いてねーんだけど、向こうには友達なんて1人もいないって言ってたし」
「──はっ!? 1人も!?」
意外すぎる情報に、思わず声が大きくなる。横になっている姉さんまでもが、銀八の発言に驚いて起き上がってしまった。
「神楽ちゃん……」
「あー、悪ぃ。ビックリさせちまったな。今は見たまんま、留学生活満喫してんだから大丈夫だって」
ほら横になってろよ、と銀八が姉さんを促す。
「だからって訳じゃねーんだけどさ。あいつに、優勝を皆で喜んでもらいたいとか。保護者な立場としては色々考えちまうんだよね」
「そうですよね……。きっと神楽ちゃん、楽しみにしてるんでしょうね」
試合前に、チャイナが俺に檄を飛ばしたことを思い出す。"いつもみたいにダラダラしないで、本気でやれ"だったか。あの馬鹿……俺が手を抜いて適当にやるとでも思ってたのか。
「女子のソフトボールも勝ち残ってはいるけどさ、どうせなら男女揃って優勝ってのが理想じゃね? 野球、あの後、沖田くん以外のメンツでちゃんと勝ち抜いたらしいよ。決勝には、勿論出るんでしょ?」
当然だよね、と銀八の眼が妖しく紅く光る。
「そーちゃん……」
「大丈夫でさァ。ホームランの1本や2本、打ってやるんで安心して休んでて下せェ」
「まあ、さすがそーちゃんだわ。頼もしいわね!」
こうなったら、意地でも優勝してやろうじゃねーか。後は、土方コノヤローが打たれないことを祈るばかり──。