元気のなかった夏が過ぎて、駆け足に秋がきた。肌寒さを感じるようになってきた。お店で出すメニューも温かいものが増えた。大学で講義を受け、出勤し、当たり前のようにいる彼と、それまでと同じように言葉を交わした。あれ以来、探し人を求めて街に繰り出すといった行動は取っていない。あちらも言い出さない。なんとなく察するのは、再会と熱望しながらも、彼は何故か行動を取らない、いや、取るつもりがない。もしかしたら、彼の探している人は、もうこの世にいない人なのかもしれない。彼女の故郷を体験したい、そんな理由を他人には悟られたくなくて、触れて欲しくなくて、敢えてロマンチックな嘘を吐いたのかもしれない。そうであれば、これ以上私が突っ込んで探し人について尋ねるのは控えた方がいい。勝手に仮定をして、その日から、探し人について質問するのを一切やめた。彼もまた話題にすることはなかったのである。


「ね、横暴でしょう、うちの妻!ね、エドワードくんもそう思うでしょ?」

「イヤ、どうですかね、いい奥さんだと思うけど」

「運動不足の店長のためですよ、スポーツジムに勝手に入会させられたくらいなんですか」

「高いんだよ、今のスポーツジムは〜。僕はコミット出来ないよ〜。それに太ってないでしょ?普通体系だよ?」

「アー、かくれ肥満?」

「あ、よく知ってますね、そうそう、隠れ肥満。店長は隠れてるんですよ」

「二人してそんな責めなくても。それにしてもエドワードくんはいい体してるよね。何かスポーツしてるの?」

「イヤ、特には」

「そうなの?でも身長も高いしさ、バスケとかいいんじゃない?やっぱり子供の頃から身長は高かったの?」

「っ」


なんだ、どうした?まさにコーヒーを今ひと啜りしようとする動作をぴたりと止めて、重々しいほどゆっくりとソーサーにカップを重ね、しっかと店長の黒々とした瞳を見つめる。そして、力強く「願い続ければ叶うんだ、夢ってやつはさ」などと宣う。


「いや意味が分からない」

「身長と夢は叶うんだ」

「よく分からないけど含蓄ある言葉だね、エドワードくん。謎の説得力があるよ」

「あ、もしかして昔はチビだったんですか」

「チッ、チチチチビ!?」

「あ、ごめんなさい、スモールだったんですか」

「ススススススモール!?」


珍しいな、怒るなんて。額に怒りマークを浮かばせ、飛び上がって抗議する。言葉ではなく、この俺の実寸大を見ろと言わんばかりに胸を張る。はいはい、確かにあなたは身長が高いですよ、180センチは優に超えているだろう。私だって女にしては背は高い方だけれど。
そうした彼の過剰反応から、おそらく幼少期は身長が伸び悩んでいた時期が長かっただろうことが伺えた。周囲にからかわれたり、自身も相当気にして思春期を過ごしたのだろう。そして、満を持して高身長となった。勝手に結論付けてみたらおかしく思えて、ふっと吹き出してしまった。落ち着きがありそうでいて実は怒りっぽい、利口そうで実はちょっぴり天然、冷淡そうでいて実は情熱的。どれも正解だろうし、不正解かもしれない人物像だ。

ふ、と視線を感じる。顔を上げると、店のガラス戸に黒いランドセルを背負う小学生らしき少年が突っ立ってこちらを見ている。黒メガネをかけたとても真面目そうな子だ。その子が怪訝そうに、じいっと、何かを注視しており、その対象がエドワードさんであることはすぐ分かった。


「エドワードさん、あの子知り合いですか」

「エ?…ウオッ、マナブ!」

「まなぶ?」

「アイツ、なんで、」


エドワードさんは慌てた様子で席を立ち、店の外へ出てその「まなぶ」くんの元へ。カラス一枚隔てた向こうで会話は聞こえないものの、エドワードさんが少年へ何か説明していることだけは理解出来た。そして、彼らの関係が浅からぬことも。
軽い説明を終えたらしい彼らは、「まなぶ」くんは私と店長に会釈をして去っていき、エドワードさんは店内へ舞い戻ってくる。「まなぶ」くんについて説明をしてくれたのはエドワードさんではなく、終始私の隣で謎の豆を炒っていた店長だった。


「ああ、あの柄沢商店の子だよね。確か学くんて名前で、9歳か10歳くらい」

「柄沢商店って、エドワードさんが居候してるって酒屋さんですよね。店長、内情知ってたんですか?」

「うん。店自体はもう道楽で続けてるみたいなもんだけどね、学くんのおじいちゃんってここらじゃ有名な人なんだよ。ご意見番みたいな感じ?」

「へえ、ご意見番……」


怪しい外国人を匿ってみたかった、とか何とか可笑しなことをいう人がこの町のご意見番か。複雑な心境である。とにもかくにも、私の家のすぐ近くにある柄沢商店にエドワードさんは居候しており、その商店のお孫さんが学くんなわけである。つまり、学くんはエドワードさんにとって現・家族のようなものだ。
そんな家族との遭遇にやたらと難しい形相をしながら店へ舞い戻ったエドワードさんはコーヒーをひと啜りすると、気づかれない程度のため息を漏らす。あからさまにため息をつかれれば、いくら私でも「どうしたんですか」と尋ねもするが、それすらも悩むほどにか細く曖昧なため息で、「どうしたんですか」の8文字が喉を行ったり来たりしてる。なんで、こんなことで悩むなんて私は小さい人間だ。


「どっ、どうしたんですか」


結果、小さい人間ながら尋ねたわけだが、声は上ずり、外国人のエドワードさんよりもイントネーションがおかしなことになっている。隣で店長もククッと笑ってる。あとで覚えてろよコノヤロウ。
対して、私の挙動には触れることなくエドワードさんは学くんについて語りだした。


「ヤ、あいつ、学校に長く行ってなかったみたいだから、今いて驚いた。今日は行ったのかもしれない。夏休みも終わったタイミングで行くようになったのかもな」

「ああ、不登校気味だったんですね、その学くんは」

「らしい」

「まぁ今はフリースクールとか色々あるしね〜。小学生なんだし、そんな焦ることもないんじゃない?」


店長はずいぶんと呑気なことを言っている。そろそろ閉店の時間だからと店先のメニュー表を下げ、オープンをクローズに変え、戸の鍵を占める。


「裏戸から出てくれれば何時まででも2人でお話してていいよ。あ、でも、やらしーことはしちゃダメだよ」

「するわけないでしょうがっ!!」

「…………………」


軽口に烈火のごとく怒りで返すと店長は笑いながら逃げてゆき、エドワードさんは困り顔で頬を赤くしていて、苦悩の表情をコーヒーを飲むことで誤魔化してる。いやそこは貴様も否定しろや、と心の中で悪態つく。
もちろん、閉店後の清掃を簡単に終えたら会話などせず帰るに決まっている。やらしいことも勿論しません。
てきぱきとこなし、身支度を整えて裏戸に彼を手招く。


「ほら、早く出ましょう。学くんも待ってますよ」

「ア、うん」

「でも、学くん、学校行っていない間は誰が勉強を見てるんでしょうね。あ、お父さんとか?」

「学は父親はいないらしい。リコン?したとか。だから母親とお爺さんの3人家族だ。プラス、俺」

「…そうなんですか」

「いまは俺が勉強みてる。言葉の壁は否めないけどな。アイツ、頭は悪くない」

「へえ」

「宇宙飛行士になりたいらしい」

「大きい夢ですね」

「だから別にいいんじゃないか。学校なんて行かなくても。俺も10歳くらいから学校は行ってないぞ」

「え……」

「弟と2人で勉強してたから」

「(それってどういうこと…金銭的な?いじめ的な?社交不安的な?)」

「たぶんどれも違う。ただ単純に勉強がつまんなかっただけ。幼馴染もいたし、遊ぶことはしたかったから行っていただけで」

「いや、でも、(なぜ心の台詞を…)」

「勉強はしなくても出来たから」

「………………」

「俺、天才だから」


ヒュウウウウウ。暑さ残る九月の上旬になぜか冷たい風が吹き抜ける。
こいつ、私が想像しているような奴ではないかもしれない。さも当然と言ってのけた「オレ天才」発言に、私は出来上がりつつあった『エドワード・エルリック像』は壊されつつあった。オレ天才って、貴様なに様やねん。
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