満月の美しい夜、そう誓い合って、私達は改めて恋人となり、キスをした。やさしく柔らかいキスだった。心臓は穏やかな鼓動を刻み、それ以降、加齢に伴う衰え以外で発作等を起こすことはなかった。手術は大成功。松坂先生は心臓外科医としてますます忙しく働くようになった。店長は相も変わらずのんびりあの店を切り盛りするかと思いきや、思い切りよくその店を私に譲り、世界へ旅に出てしまったのだ。エドワードと私を見ていたら、もっとたくさんの人々に会って、色々知りたくなったそうだ。いつか帰ってきたらあらゆる話をしてくれると、満面の笑みを浮かべて旅立っていった。図らずも店を営む権利を得た私は、大学卒業を待って店をエドワードと共に切り盛りすることにした。
柄沢家では、学くんが中学生となり、柄沢のお爺さんが寝たきりの状態となった。お爺さんとエドワードは本当の親友のように毎夜遅くまで互いの昔の話をしていた。私はそれを襖越しに聞くのが日課になった。お爺さんが若い頃、命乞いをする米兵を撃って殺したこと。その米兵とエドワードが少し似ていたから思わず助けようとしたこと。エドワード自身は、自分の過去や世界のことやどうやってこちらに来たのか、どうして帰れないのかを話した。とても信じられる話ではなかったが、事実であるのだと私もお爺さんも受け止めた。


「俺は、自身の腕と生命エネルギーを渡し賃にこっちに来た。あっちに戻ってもそれらは返らないし、もうこちらに来るエネルギーは俺にはない。寿命がない…て、ことかな」

「…ほう」

「あいつもそうだよ。たぶん、心臓の問題より寿命の問題だ。俺達夫婦はそんなに長生きは出来ない。だから子供が出来ても苦労かけるだろうと思う」

「どんな親だって子供には迷惑はかけるもんだ。それに家には学もいる。あいつがお前らの力になってくれる」

「…アア、」

「そうか、しかし、お前はいい生き方をするな」

「そうかぁ?いつも行き当たりばったりでどうしようもないぞ。長生きも出来そうにないしな」

「いや、長く生きたかどうかはどうでもいい。長さじゃなく、誰とどう生きたかが重要なんだ」

「…………」

「お前は良い人生を送っとるんだなぁ。羨ましいくらいだ」


しみじみ言って、目頭の涙を拭った。

その翌年の夏、私は第一子を出産した。少し小さな女の子だった。名前はどうしようか、どんな子に育つだろうか。小さな手に触れながら、この子の成長を想像していると、エドワードが出産報告の電話から神妙な顔つきで戻ってきた。そして、口角は上げていても悲しみを含ませた表情で呟いた。


「爺さんが死んだ」

「えっ」

「ちょうどその子が生まれた時みたいだ。眠るみたいに死んだって」


頬は笑みを作っていても、みるみるせり上がる涙を止められない彼を、招くようにして抱きしめた。泣き笑いの日だった。嬉しくて、悲しくて、どうしようもなく誰かが恋しい一日となった。そうして病室で、親子三人、涙が枯れるまで泣いた。

子供の名前は、美しい月と書いてみつきと名付けた。よく母乳を飲み、よく動き、よく笑うその子はたちまち私達のアイドルとなった。特にエドワードは美月に夢中で、一日何回も名前を呼び、抱きしめ、額や頬に何度もキスをする。可愛いなぁ、世界で一番可愛いなぁ、美月は。そう言って目に入れても痛くないほど可愛がるのだ。


「…世界で一番。じゃあ私は三番目?」

「エ?」

「一番は美月、二番はスカーレット、三番目が私」

「ちがっおまっそれは、違うぞ、そういう受け取り方はないだろう」

「あはは、いいよ、三番目でも。三番目までしかないのならいいよ」

「…お前は心広いなぁ」

「どっかの誰かさんが泣き虫だから、広い心持ってないと駄目なの」

「それは言えてる。自分がこんなに泣き虫だなんて知らなかったよ」

「美月が生まれてからより一層泣いてばっかりだよね。ごはん食べて泣いて、ハイハイして泣いて、立ち上がって泣いて、パパって言われて泣いて」

「もうそりゃ泣くしかないだろ。我が子の成長がこんなに泣けるものだとは知らなかったんだ」

「……そうね」


大きいお腹をさすりながら、父になったエドワードに同意をする。私は現在第二子妊娠中である。検査で既に男の子であることが分かっているため、名前も”涼介”にしようと決めてある。この子が生まれたら、今度は私が四番目に可愛い人になるのだろうか。そしてまたその次ぎに子供が出来たら、五番目になる。そんな風に順位が下がっていくのなら喜ばしいことである。私以上に大切な人がエドワードに出来る、彼を愛してくれる人が増える、彼を一人にしないで済む、こんなに喜ばしいことはなかった。
中学二年生になった学くんは美月とも本当によく遊んでくれた。まるで歳の離れた兄弟の様で、学くんと学くんのお母さん、私達夫婦と美月は本当の家族のように暮らした。普段は元バイト先の店舗を改装してそこに私達夫婦で住み、週に二、三度は柄沢家で共に食事をする。
エドワードは店の店主の他に、柄沢のお爺さんの知り合いの元大学教授の伝手で教育機関の講師のような仕事をしたり、近所の人から英語教師を請け負ったり、偽名で数学や工学、宇宙学の分野で活躍したりしている。その界隈では表には絶対に出てこない天才として有名人になっている。おかげで収入面も安定しているし、店長から譲り受けた店も私なりにアレンジを加えて順調に経営を続けている。子供をあやしながら仕事をしているので、近所のママ友が集まる場として活用されていたりもする。
とにもかくにも、私達夫婦は長生きが出来ないことが既に決定しているので、前向きに節約しながら子供の生活資金や教育資金を貯め込んでいる。長生きではないけれど、その日がいつ来るか分からず恐怖に苛まれる日がないわけではないけれど、私達は日々明るく笑顔で生活を送っている。そう、人生は、総てを手には入れられないのだ。


「…あ、」

「ア?」

「やばい、陣痛来たかも」

「え!!」

「マジでマジで」

「ちょ、ちょっと待ってろ!今準備するから!」

「でももうちょい我慢するかな〜」

「我慢せず病院って松坂先生からもアドバイス受けてんだろ。ほら、早く!」

「あ〜」

「あ〜、じゃない!涼介がもう出たいって言ってるぞ」


頼もしく美月を右手一本で抱え、左手で私の身体を支えてくれる。彼はもう動揺するこなく子の誕生に対処してくれる力強い父親なのだ。
病院に無事に到着し、分娩台に乗せられてもエドワードは私の手を取り、頑なに部屋から出ていこうとしない。痛みを分かち合いたいとか何とか言っていたが、別に同じ室内にいても痛みは転嫁できないので意味はない。


「エドがいても痛みは和らがないんだよ。恥ずかしいから出てってよ」

「こんなときに恥ずかしいも何もあるか!お産だぞ!命を生み出すんだぞ!錬金術師が何百年とかけて成し得ていない人間を作るという偉業をお前は十月十日で成し遂げるんだぞ!?その凄さをもっと感じてだな、」

「はいはいはいはい、分かったから!」

「ほんとに分かってんのか!?」

「ああ〜、痛くなってきた〜」

「ほら、頑張れ!もうすぐだぞ!」

「もう頑張ってるよ!」

「そうだな!おまえは頑張ってる!昔からずっと頑張ってる!」

「なに泣いてんの?本当にエドってば泣き虫」

「誰のせいだと思ってんだよ!」

「私のせい!?」

「そうだよ!おまえがいっつも危なかっしいのが悪いんじゃねえか!」

「出産は私に限らず危険なの!」

「そりゃそーかもしんねぇけどさ!」

「あー、生まれる!生まれる!」

「マジかー!!」


第二子は、案外するんと生まれた。エルリック家の長男の誕生である。名前は決めていた通り、涼介と名付けた。
病室で、エドワードと私、美月と涼介の四人で写真を撮る。独身時代の懐かしのポラロイドカメラで松坂先生に頼んで撮ってもらった。画質こそ悪く、切り取れる範囲が狭いポラロイドカメラなので四人みちっと密着しているがそこが仲良さげ。すぐさま現像した写真を見て、今度は私が泣けてきた。
すすり泣いて写真を見つめる私の涙を拭いながら、エドワードは何故泣くのか問う。


「なんでって?」

「ウン」

「幸せだから」

「……………」

「ありがとう、エドワード。私を、私達を幸せにしてくれて」


その返事に、エドワードも深く頷いて、「それはこっちの台詞だよ」と言ってくれた。
これからもよろしくね。色々な人に支えてもらったのだから、恩返しもしていこう。互いに間違ったなら正し合える夫婦でいよう。笑うこと、泣くことを躊躇わない家族でいよう。時には大きな喧嘩もするかもしれない、互いに腹が立つこともあるかもしれない。その時はちょっと離れてコーヒーでも飲んで、子供達の寝顔を見て気を落ち着かせよう。悲しいこともあるだろうけれど、家族や皆と話し合い、悲しさ辛さを分け合っていこう。読書や研究に熱中するのもほどほどにね、特に子供達と一緒にいるとき。私もお菓子ばかり作るのは控えます。節約のし過ぎもほどほどにします。浮気はしちゃ駄目だよ、私もしないからね。そうして、互いの命ある限り、いや、命尽きたそのあとも、この子たちが私達の意思を継いで想いを叶えてくれるよう、道しるべとして胸を張れる人生を歩んでいこう。きちんと生きていこう。ねえ、スカーレット、あなたも私達とずっと一緒に生きていこう。

どくん、どくん、鼓動は嬉々として跳ねた。
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