次に私が目を覚ますと、すぐ傍らにエドワードが座ってこちらを眺めていた。この手を握り、愛おしそうな眼差しで見つめている。


「…おそいよ」

「ごめん」

「もう会えないかとおもった」

「めちゃくちゃ色々あったけど、なんとかなった」

「うん、よかった」

「お前の親友の旦那に感謝だ。あの人、その筋の人だったぞ」

「やっぱりか」

「でもまぁ、いい人だったけど」

「よかった」

「お前こそ、よかった」

「…………」

「無事でよかった」

「うん。でも、何も思い出せなかった」

「ン?」

「また手術をしたら、スカーレットになって色々思い出せるかと思ったのに。スカーレットになれるかと思ったのに」

「……………」

「なにも思い出せなかった。いつもの私だった、がっかり」

「なに言ってんだよ、いつものお前でいいんだよ」

「そう?」

「そう」

「スカーレットの方がずっと綺麗で強くて賢いはずよ」

「それは…、そうかも」

「うそぉ、こういうときって嘘でもさ、お前の方がきれいだよとかいうんだよ」

「嘘はよくないだろ。でも、お前も好きだ」

「……………」

「お前のことも同じくらい、負けないくらい好きだ」

「…それもうそ」

「?」

「スカーレットの方が好きでしょ」

「……………」

「彼女にはきっと、好きって面と向かって言えないくらい好きなくせに」

「……………」

「それでいいんだよ」

「…なんで」

「だって、あなたはスカーレットをさがしてここまでやってきたんだよ」

「…………」

「あなたが探していたのは私じゃない。私はやっぱりスカーレットじゃない。同じ心臓を持ってるだけの違う人間なの。わかる?」

「……………」

「わかるよね。もう、スカーレットには会えないよ」


この人は、意外と泣き虫だ。私はエドワードと出会って、彼が涙を流すところを何度見ただろう。硬派で強がりに見えて、この人は泣き虫だ。私の手を自身の頬に押し付けながら、この人はおいおいと泣いた。まるでその様は母親に甘えてわがままを言う子供のようだった。
どうしてもう二度とスカーレットに会えないの?こんなに会いたいのに。どうしてきみはスカーレットと同じ姿形、声をしているのに彼女ではないの?どうしてあの人になってくれないの?どうして俺を思い出してくれないの?どうして昔みたいになれないの?
わんわん泣いて、本当はそう喚きたいのだろう。心臓の手術をすることで以前の記憶が蘇るかもしれないと少しの期待もあったろう。そんな期待を打ち砕かれ、彼の最後の望みは絶たれた。

もう、彼のスカーレットは戻らない。


「本当に好きだったんだね、彼女のこと」

「…っ、」

「私と花見や山登りして映画見て花火とお祭り行って、相合傘をしても、やっぱりさびしかったでしょう。だって私はスカーレットじゃないから」


かわいそうに、世界で一番好きな人にもう二度と会えないなんて。
これまた異様な光景だった。手術を終えたばかりの女に縋りついて泣く男は、縋りついている相手を想って泣いているのはない。周囲から見ればそのように映ったかもしれない。手術が無事に成功して彼女の命は長らえた、その奇跡と輝かしい未来に喜び泣いているのだと。けれど現実は違う。彼は、もう二度と会うことが出来ない恋人のことを想って泣いているのだ。
呼吸をするのも苦しそうにしゃくり上げて泣きながら、スカーレットへの想いを吐露する。この人のこんな姿を、初めて見た。


「なんにも言えなかった、っなにもしてやれなかった、」

「うん」

「俺ばっかり助けられて、いっぱい傷つけて、悲しませて苦しませて、最後もそばにいてやれなかった、」

「うん」

「忘れられてもいいと思ってた、皆のことも昔のことも、全部忘れてたって生きていてくれればいいと思ってた、」

「うん」

「今だって思ってる。お前が生きていてくれてよかったって、心から」

「うん、わかってるよ」

「なのに、お前はちゃんとここにいるのに、生きて目の前にいるのにどうして、」

「…………」

「どうして、こんなに逢いたいんだ」


きっとこれが、出会って初めての本音の本音。隠しても隠しても、隠し通せない彼の心からの想いだった。私はその想いを受け止める覚悟をした。私ではスカーレットを超えることは出来ない。代わりになどなれない。同じ心臓を持ち、この心を彼に差し出したとしても、彼を満たしてあげることは出来ない。それでも、これからもこの人のそばにいて、その恋しさや寂しさに寄り添っていこう。
私は、スカーレットを愛するあなたを愛していこう。スカーレットに嫉妬して彼女がしそうなことを真似をするのではなく、私なりにこの人を慰めていこう。
縋りついて泣きわめくエドワードの頭を優しく撫でてやりながら、彼の台詞に幾度も頷きながら、そのどうしようもにない想いを受け止めた。何度も会いたい会いたいと呟いて、時には私にごめんと謝って、それでもスカーレットの名前を呼んで、どこにいるのかと問う。ここにいるよ、目には見えないけれどいるよ。今のエドワードにはそう伝えても響かないだろう。けれど、それが事実であり、現実だから。


「エド、エド、エドワード」

「っ」

「人生は総てを手には入れられないよ」

「…………」

「私はスカーレットにはなれないけど、私で我慢してね」

「お、俺は、」

「いいの、素直になりなさい。あなたはスカーレットが好き、でも、私はそんなあなたが好き」

「…………」

「それでいいじゃない、それがいいんだよ。前にも言ったでしょ、見方や方法を変えるの。我慢したり、工夫したりするの」

「…なにいってんだよ、お前は何も悪くないのに、何も変えるところなんてない」

「うん。でもそれはエドワードもそうだよ。そのままでいいの」

「……………」

「ねえ、」

「ン」

「私達、子供を作ろうよ」

「……ンエッ!?」


布団に伏せていた顔を勢いよく上げた。水しぶきならぬ涙しぶきがこちらまで飛ぶ勢いだった。その表情は驚きに満ち、ぱくぱくと口を開閉させる。そして次第に頬がじんわり赤くなった。


「こ、子供って、」

「籍は入れられなくてもいい。でも、子供を作ろう。なるべく沢山。私、頑張るから」

「なっなんでそういう流れになるんだよ」

「その子供が、今度はエドワードの故郷に行くんだよ」

「…………」

「その子供は、スカーレットの血を引く子だから、彼女に当然似てるよ」

「……ばか」

「バカじゃないよ、マジだよ。エドワードが故郷に帰れないのなら、その子たちに帰ってもらう。きっとあなたの血を引く子なら出来るわ。そして、私の血を引く子だからスカーレットの子孫になる」

「…………」

「不可能だと、無理だと思えることでも、工夫をするんだよ。色々な人の知恵や力を借りて不可能を限りなく可能にするの。総てが望む通りにはならなくても、似た形にはきっとなるから。そうやって人間って生きてきたんだと思う」

「……………」

「皆の力が寄せ集まって私になって、私もまた皆の力の一部になっていく。私も、皆の力になりたい」


ねえ、子供を作ろう。私達の血を引く子供を。その子たちはきっと、私達が出来なかったことを、したかったことを、想像も付かないことをしてくれるよ。
私の突然のプロポーズにも似た提案を、エドワードは終始驚き黙って聞いていた。途中、呆気に取られたのか鼻水を垂らしながらなぞ掛けをされた子供みたいに阿保面で目を丸くしていたけれど、私のこんこんとした説得に、ようやく言葉の意味を理解してくれたようだった。今更ながら「…俺でいいの?」と恐る恐る問う。


「いいよ」

「俺、バイト先クビになったから無職だけど」

「頑張って仕事探してね。私いっぱい食べるからね」

「…わかった。頑張って探して稼ぐ」

「うん。子供は最低三人は作ろね」

「お前の体調が心配だ、出産は大仕事だろ」

「松坂先生に相談しよう。きっと力になってくれる。私、これから健康オタクになるから」

「子供の名前、どうする?」

「もうそこ?」

「なんか聞きたくなった」

「そうねぇ、女の子だったら、」

「待った待った!やっぱり一緒に考えたいからまた今度」

「ふふ、分かってるよ」

「女と男、どっちがいい?」

「どっちも。最低三人、頑張って五人くらいは目指したいね」

「五人!?」


すっかり涙も引っ込んで、エドワードの顔に笑顔が戻った。
きれいな満月が昇る夜、私達は将来の約束をした。籍は入れられないかもしれないけれど、子供を沢山作って暮らそう、と。そしていつかその子供達はエドワードの故郷であるとある星に行くだろう。ある種の里帰りだ。そこで、私やエドワードのことをいっぱい話してもらう。そしていっぱい話を聞いてきてもらおう。互いに写真やビデオを撮り合い、見せ合うのもいいかもしれない。きっと、私達にはこれくらいがちょうどいい選択なのだろう。ちょうど手に入る、ギリギリの願いなのだ。
人生は、欲しいものを総べては手に入れられない。これくらいでちょうどいい。望み過ぎたらきっと罰が当たってしまうから。
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