その晩は私の家で過ごした。エドワードを抱きしめながら眠った初めての夜だった。何もからかわれるような行為をした覚えはない。けれど無断外泊をしたエドワードを柄沢のお爺さんは叱ったようで、一発頭を殴られたらしい。「嫁入り前のお嬢さんの家に泊るとは何事か」と。バイト先にそうやって二人して謝りに来るものだからすぐさま店長にも事の顛末が知れてしまって、私とエドワードは真っ赤っかになる。何もしていないのに!


「まぁまぁ、柄沢さん、若い二人ですから多めに見ましょうよ」

「いやぁ、若いからこそしっかしせねばならんよ。こいつは目を離すとすぐスケベ心を出すからいかん」

「だっ、だ、誰がスケベだ、クソジジイ!」

「お前だバカ垂れ!いつもいつも順番は守れと言うとろうが!」

「守っとるわ!なにもしてねぇよ!な、なぁ?」

「え?あ、ああ、はい。何もしてません」

「え〜、若い男女が同じ部屋で何もない方が不健全だよ〜」

「「店長黙って」」

「え〜?」

「とにかく、こいつにはよく言って聞かせる。すまんかったね」

「と、とんでもないです」

「お、おい、じいさん、俺はマジで何もしてないからな。ただ眠気に襲われただけで」

「本当だろうな?お前が襲ったわけじゃあるまいな?」

「だーかーらー!!」


柄沢のお爺さんが絡むと、エドワードは途端と子供のようになる。彼には全く頭が上がらないのだろう。それから、随分と伸びた髪をお爺さんに無遠慮に引っ張られながらエドワードは柄沢家へと帰っていった。残された私は当然店長に昨晩のことをからかわれる羽目になるのだが、何とか別の話題を振って回避行動を取る。


「そ、そういえば、柄沢さんはどうしてエドワードを居候させようだなんて思ったんですかね。身元不明、出所不詳の星の王子ですよ?」

「あー、それはあの人の年代の問題じゃない?」

「年代?」

「柄沢さんくらいのお歳だと戦争経験者でしょ?米兵と戦ったこととかあるだろうし」

「………………」


戦争経験者であることと、米兵との戦闘経験がエドワードとどう通ずるのか、私にはいまいち分からない。店長が言わんとすることは理解出来なくもないが、それらは全て私達の想像であり、妄想に過ぎない。


「僕らには想像が付かないよね、人を殺すとか。でも、柄沢さんはそういうのが日常だった経験がある人だから。僕にも真相は分からないけれど、戦って殺した相手を、今度は助けたいと思うのも人情ってやつじゃないかな」

「…そういうものですかね」

「うん、エドくんは見た目はアメリカ人かヨーロッパ系だからね。彼を見て、昔のことを思い出したのかもしれないよ」


昔、殺したくなくても命令で殺さざるを得なかった名も知らぬ誰かを、殺さねば自分が殺される状況下で命を奪う形となった他人の面差しを持った謎の外人を、今度は助けようと奮闘するその気持ちは私の想像を超える。柄沢さんがどういう思いでエドワードを匿っているのか、直接尋ねる日はやって来ないだろうが、私はその行為に感謝する他はない。柄沢さんがいなければ、私達は同じ時を過ごすことは叶わなかっただろうから。
常連さんの来訪に伴い、私と店長の会話は終了した。オーダーのコーヒーを淹れるためにお湯を沸かす。カチャとコンロを回した瞬間、心臓がどくんと大きく律動した。思わず、ぐっと苦しげな声をあげてしまうほどに。幸い、店長と常連さんは会話に夢中で私の変化に気づいていなかった。このままお湯が沸くまでじっとしていればこの発作のような心臓の痛みもきっと治まる。大丈夫、きっと大丈夫。しかしながら、こういうタイミングの悪さも私特有のものなのか、苦しさに胸を抑える様子を学校帰りの学くんに見られてしまった。彼は店のガラス越しに私を見つけ、飛び入ってきた。「大丈夫!?」、と心底心配した様子で私を気遣ってくれる。へらりとした笑顔を貼り付けて説明しても、少年の不安げな表情は晴れなかった。


「具合悪いなら言ってよ。そこが君の悪いところだよ」


店長にやや強めに叱られる。そこに分け入るように学くんが訴えた。


「最近体調悪いみたいなんだ、お姉さん。今日は早引きさせてあげて、店長さん」

「い、いや大丈夫だよ。ちょっとした立ち眩みだもの」

「ううん、今日は顔色も悪いし、帰った方がいいよ。許可します。てか、店長命令だよ」


半ば強制的に退勤させられてしまった。有難いと思うべきかもしれないが、こういう時ばっちり賃金を引く現実的な店長の一面を知っているので何とも言えぬ感情になる。
そのまま学くんに手を引かれ、私は柄沢家へと向かった。私の突然の登場に、エドワードは大層驚き、訪問の訳を聞いてまた表情が苦悩に満ちる。
学くんのお母さんが客間に布団を敷いてくれた。そこで少し休ませてもらうことにする。いや、断れない雰囲気を柄沢家一同プラスエドワードがエンジン全開で出してくるのだ。徒歩一分程度のところに住みながら、何故他人様の家で休むことになるのか。


「看病しなきゃだろ。お前じゃ飯も菓子食ったりしそうだし」

「カラム〇チョが私を待ってるの!」

「ほら」

「でもカラム〇チョ食べたらキス出来ないからやめとこうかな」

「ぶ!!」


二人きりとは言え、大胆な発言だと我ながら思う。エドワードは盛大に吹き出し、首まで真っ赤になりながら「冗談やめろよ」と、しゃがれた声で抗議してくる。照れまくる。自分で迫ったこともあるくせに今更何を照れることがあるのか。
なんとか持ち直したらしい彼は形勢を逆転すべく、私にずずいと近づいて、左手で額に触れてくる。手のひらをぴたっとくっ付けて、そのまま髪を梳いて耳にかける。手つきに愛おしさが感じられ、温もりが心地よかった。


「熱はないな」

「ちょっと胸が辛くなっただけだから」

「やっぱりもう一度医者に見せた方がいいんじゃないのか。……また、手術とか」

「検診はしてる。無理はしないよう言われてるけど、そこまで悪くはないよ」


嘘と本当のちょうど真ん中くらいの返事だった。日常を変えるほどの体調悪化ではないと思っていたが、そうも言ってはいられない事態らしい。食生活もそうだが、バイトの勤務日数や時間は見直さなければならないかもしれない。立ち仕事を少しばかり辛いと感じ始めたのは、つい最近のこと。
悪くはない、そう言ってもエドワードの顔に笑顔が戻るわけもなく、難しい顔をする彼に心苦しくなる。こればかりはもうどうしようもない。
気づくと、私は彼に横から抱きしめられていた。抱きしめられたまま、こてんと布団の上に寝転ぶ二人。いつかの公園でのじゃれ合いと同じだ。この間と違うのは、回された手に私もこの手のひらを重ねたところ。すると次第に互いが抱き合う形となって、私はエドワードの胸に耳を当てた。この間とは立場が逆だね。


「はぁ、エドがこんなスケベ野郎だったとは知らなかった」

「お、男はだいたいそうだと思うぞ」

「そうかもね」

「それに俺は、お、お前にしかこういうことはしないから」

「…当たり前でしょ?ほかの子にしもしてたらグーで殴って前歯折ってやる」

「お、おおおおおう、分かってる」

「柄沢のお爺さんは今はいないの?またスケベ野郎って怒られるよ」

「今は町内の会合」

「ほうほう。じゃあ安心してイチャイチャ出来ますね」

「…おう、出来ますね」

「ねえ、今度、植物園に行こうよ」

「だめだ」

「なんで」

「しばらく外出しないデートにする」

「いつものはデートだったんですか〜」

「そうだよ、知らなかったのか?」

「知ってた」

「知ってんのかよ、あはは」

「じゃあ公園で落ち葉拾いしよう」

「それもだめだ」

「じゃあ公園でお弁当食べよう」

「…だめだ」

「もう、全部駄目ってどういうこと。怖がっていたら何も出来なくなるよ」

「…どうしていいか分からない」

「大丈夫、普通に暮らしていけばいいの。何も怖がることなんてない、何も変わらないよ」


大きな背をぽんぽんとテンポよく叩きながら、良い含ませるように呟いた。そこから私がエドワードをくすぐって、くすぐり返されて、髪にキスをされたり、私も額にお返しした。生れて始めて、自分からキスというものをした。本当に胸がドキドキした。世の恋人たちは、こんな風にじゃれ合ってキスをしたりするものなのだろうか。この間一緒に見た映画でも、主人公達は日常的にこうして触れ合っていた、そうやって愛を伝え合い、感じ合っていた。私達もそうなれるだろうか。私の咳一つに泣きそうな顔をして心配してくれる優しい人をこれ以上悲しませずにいられるだろうか。自信はない、私は何度も失敗を繰り返してしまう駄目な人間だから、これからもきっとエドワードを呆れさせ、困らせ、悲しませるだろう。それでも、一緒にいたい。その涙を拭い、笑顔するのは私でありたい。
髪の香りを確かめているのか、私のこの頭に顔を押し付けて「植物園、いいよ」と言う。


「本当?」

「ウン。ゆっくり回ろう」

「そうしよう。熱帯植物園だから、きっと暖かいよ」

「そうだな」

「エドは暖かい方が好きだものね」

「アア、雪は嫌いだ」

「大丈夫、ここはそんなに積もらない。降ってもみんなで雪かきすればいいの」

「雪かき?」

「そう。みんなで雪を追い出すの」

「その時は俺も手伝うよ」

「うん。そうやって嫌いなものや苦手なことがあっても、工夫していけばいいんだよ」

「苦手なこと?」

「私だって空腹は辛いし、お菓子を食べられないの嫌だけど長生きしたいから我慢して、健康によさそうなお菓子作りにトライしてる」

「へえ、そうなのか。キャロットケーキやほうれん草のパンケーキがそれ?」

「そう」

「今度は俺もほうれん草のパンケーキ食いたい」

「うん、いいよ。そうやってさ、叶わないものでも、無理だと思うことでも、方法や見方を変えて挑戦するの」

「……………」

「そうすれば、怖いことなんて何もない」


大丈夫よ、エドワード。布団の上で抱きしめ合って、互いに大丈夫だと言い合った。時折、この額や頬、唇にキスを落としてくる彼を私はきちんと受け止めて、最後は二人で笑い合う。

こんな愛のやり取りの数日後、私の検査入院が決まった。


「先生、植物園行ってもいいですか?」

「ダメ」

「先生もかよ」

「ダメなんもはダメ。今は経過が見たいから。室内運動を人の目があるところですること。それから食事も見直してね。やっぱりお菓子食べてるでしょ、君ってば本当にカラム〇チョ好きだよね」

「ギクリ」

「エド君にチクっとくからね」

「ええっ、本当に没収される」

「カラム〇チョなんて袋開いた時点で食べましたって自白してるようなもんだよ」


そりゃそうですけど。あの味に代替えはない。
着慣れたパジャマに袖を通して二日目、今回の入院で心境にも変化があった。大学に休学届を提出してきたのだ。これで少なくとも半期は授業に出席して試験を受けても単位の取得が出来ない。周囲に遅れることを最大の恐怖としていた私だったけれど、今は自分の身体を万全にする方を優先しようと思えたのだ。人より時間はかかっても、私は大学を卒業できるし、きっと就職もする。遅れていてもいい、生きているのだからいい。スカーレットの分まで、私は努力をしてこの心臓を動かし続ける義務がある。
大学に休学届を提出したちょうどその日、エドワードが見舞いにやってきた。彼は仕事以外の時間をほぼ私の見舞いに費やしているので、病院内で私達はちょっとした有名人になった。もっとも有名なのはエドワードの方だが。恋人の看病を熱心にする金髪金瞳のイケメン外国人、目立たないわけがない。本人はそんな噂や視線などどこ吹く風、少しも気にも留めていないようだが、さすがに私の検査に付き添っている最中に、お年寄りに面と向かって「恋人のそばに付き添うなんて、あなた素敵ね」と言われた際には顔を赤くして照れていた。『恋人』という、私達の関係を説明する普通名詞について、彼も私も否定はしなかった。
検査が終了し、部屋へ戻ると、エドワードはすぐさまベッドメイキングをして私を寝かしつけようとする。


「そんなに寝てばっかりいられないよ。トランプでもしようよ」

「検査で体力使ったろ?運動検査もあったし、少し休んだ方がいい」

「エドは厳しいな〜」

「普通だ」

「スカーレットはあなたのそういうところはどう思っていたのかな。対抗してた?」

「おお、してたしてた。俺がいくら休めって言っても休んでくんなかった。嘘つきだったしな」

「ずいぶんな言われようだなぁ。あいたた、胸が痛い〜」

「そういう時に使うな、ばかやろう」


言葉は叱っていても、声色は子供をあやすように優しかった。ソファに座る私をお姫様だっこしてベッドまで運んで、そっと布団をかけてくれる。それから額辺りをゆるやかな動作で撫でて、しばらくは無言のまま見つめ合っていた。我ながらこっぱずかしい時間だった。だってしょうがない、きれいな夜空の星から目を逸らせないように、その瞳はキラキラ輝いているのだから。あと、キスもした。恋人同士がするみたいに、どちらからかともなく顔を近づいて、二、三回ほど唇をくっつけて、小鳥が啄むような口づけをした。
やさしく甘い時間と引き換えに、私の心臓はだんだんと力を失い始めていた。
どうしてだろう。人生は、何かが上手くいくと、何かが駄目になるように出来ているのだろうか。言ったら、エドワードは「この世は全て等価交換だからな」などと小難しいことを言う。私はそれに異議を申しつけた。


「でも、私は健康だった時より今の方がずっと幸せだよ」

「………………」

「胸が痛いのなんかへっちゃらだよ。スカーレットもそう言ってる、今が一番最高!って」


最高かどうかは知らない。心臓は物言わぬ。けれど私自身がそう思うのだから、スカーレットだって反論はないだろう。
松坂先生は私に提案した。再手術をしないか、と。心臓の動きを人工的に助ける器具を装着する手術だという。成功率は低くはないし、それほど危険でもないという。むしろ、この手術を受けないといつ心臓が止まっても可笑しくないとまで脅された。


「あくまでも可能性の一つだけどね。手術をしなくてもある程度は生きていられるし、薬で痛みも緩和させられる。だけど、君はまだ若い。僕は手術をおすすめするよ」

「そうですか」

「同意してくれる?」

「はい」

「あれ、やけに素直だね」

「受けないと怒りそうな人が約一人いますので」

「ああ、それもそうだね」

「それに、エドは元から私に再手術をして欲しかったのだと思います」

「そうなんだ?」

「ええ。でもその前に植物園に遊びに行ってもいいですか?あそこなら暖かいし、ゆっくり見て回るので」

「うん、まぁ、それくらいならいいか。気分転換にもなるしね」


せっかくなので学くんも誘った。最初は遠慮しまくっていたが、私もエドワードが引っ張ってでも連れて行くと言うとようやく頷いてくれた。自分が私達の邪魔になると思っていたようだ。学くんは人の状況や表情を見て、自分がどう動いたらいいかいつも考えている優しくて賢い子なのだ。最近は学校にも少しずつ通えるようにもなり、友人もそれなりに増えていっているようである。
学校での近況を聞くと、少し自慢げに、誇らしげに答えてくれた。


「嫌なことをいってくる奴もいるけど、無視してる。そしたら言ってこなくなったし、他の子に話しかけたり助けたりしてる内に友達もまた出来てきた。勉強も頑張ってて、この間、テスト100点取れたんだよ。クラスで僕一人だけ!」

「え、すごいね!頑張ったね。学くんいつもちゃんと勉強してるもんね」

「勉強しないと宇宙飛行士にはなれないからね」

「そんなになりたいんだねぇ、宇宙飛行士」

「うん。エドも出来るなら宇宙飛行士になりたいらしいよ」

「ええ?今から?」

「うん、無理だから僕が代わりになって、色々話をしてあげるんだ」

「……………」

「勉強を教えてくれたり、守ってくれるお礼に。僕、エドが家に来てくれて本当に良かった。じゃなかったら今も学校に行けてないと思うもん。お祖父ちゃんもいつも楽しそうだしね、あの二人は年の離れた友達って感じだよ」


植物園にて。エドワードが飲み物を買いに行っている最中の会話だ。学くんの瞳にはうっすら涙が見て取れる。エドワードを心から慕う気持ちが伝わってきて胸に詰まった。あなたがこの世界に来てくれたことで、幾人もの人に良い影響を与え、正しい道へと導いてくれた。彼は王子としての役目をしっかりと果たしてくれているのだ。
ドリンクを三つ持って帰ってきた彼は仲良さげにする私達を少しむっとした見た。


「…俺抜きでなに盛り上がってんだ?」

「エドの悪口」

「えっ」

「そうなのか、学」

「え、え、ち、違う…と思う」

「思う!?ちゃんと否定してくれよ」

「あはは」


意外と植物の知識があるエドワードに教わりながら、時間を掛けて園内を見回った。途中、学くんが「これだけ植物があればここが無人島になっても生きていけるかな」と疑問を投げかけると、エドワードは軽く頷いて「生きていけるさ」と自信満々に答える。


「昔な、子供の頃に無人島に投げ込まれたことがあって、その時には山菜やらキノコやらに随分世話になったよ。魚類があればもっといいけど…あ、それにな、革製品は煮込めば食えるんだ、だから俺は持ち物をだいたい牛革で揃えてる。いざという時のために」

「…そのいざという時が来なければいいね」

「だな」


どうしてそのような過酷な状況に追い込まれなきゃいけないのか私には分からないが、牛革が煮込めば食べられるという貴重な情報を頂けただけ有難いと思おう。そしていつかやってみたい。学くんは終始エドワードの話に涙が出来るほど笑っていた。冗談だと思ったようだ。


「本当だぞ?お前くらいの歳に、弟と二人、無人島に放り込まれたんだ」

「え〜、なんで?」

「修行だ。一は全、全は一というこの世の理は知るために俗世を捨ててだな、」

「あはは、宗教みたい!」

「こら、真面目に聞け。いいか、世の中は目には見えない大きな流れがあって、それを宇宙と呼ぶか、世界と呼ぶかはお前次第だが、俺もお前もその大きな流れのほんの小さなひとつでしかないんだよ。だけど、そのひとつが寄り集まって全が存在してる。この世は想像も付かないほどに大きな流れや法則によって動いているんだよ」

「ふん」

「そして、その流れや法則を理解して分解して再構築するのが……」

「「するのが?」」

「な、なんでもない」

「いや、肝心なところが抜けちゃってるよ。ねえ、学くん」

「そうだよ!再構築するのが何なの?」

「そ、それはお前たちが見つけるんだよ。それが生きるってことだよ!」

「適当にまとめたなぁ〜」

「ええい、何でもかんでも聞いたら答えてもらえると思ったら大間違いだからな。ちったぁ自分で考えろ」

「エドの問いは難しすぎるの。自分が天才だからって調子乗らないで」

「しょうがねぇじゃん、俺にはこれが普通なんだから」


確かにそうだった。エドワードは頭がいい、秀才というレベルには収まらないほどの天才中の天才だ。その知能を生かさないのは怠慢と言うものではないだろうか。もし、彼の才能を阻むものが私であるならこんなにも悲しいことは無い。
学くんが園内にいる色とりどりの羽をもつ鳥に夢中になっている間に、胸に沸いた思いを伝えてみた。


「なにか、研究とかしてみたら?興味のあることは沢山あるでしょう?身元を証明するものがなくても、柄沢さんの力を借りて、陰ながらでも何かを成せるじゃない?」

「うーん、そうだなぁ」

「私も頑張るんだから、エドワードもなにか頑張って。世の中の役に立つ何かを作って」

「お前もわがままだよなぁ。俺はお前の心配で手一杯だぞ」

「そんなの要らないの。エドの心配で私は良くならない。私は勝手に治っていくの、余計なお世話なの」

「…そっか、じゃあ俺も頑張らなきゃな」

「そう。数式でも物理でも工学でも、宇宙でも、知りたいことは山ほどあるでしょ?」


まばたき多め、少し考えて、エドワードはこっくり頷いた。そして、「少しずつ、色んなことを学んで、還元できるようするよ」と言ってくれた。


「お前を育んでくれた国に、なにか恩返ししなきゃな」

「お、大げさだよ。エドワードは自分のために研究すればいいんだよ」

「それじゃ意味がない。科学や科学者は大衆のためにあるべきなんだ」

「………………」


こんな風に考えてくれる若者が、今この世にどれほどいるだろう。まるで戦時中の人みたい。さぞかし柄沢のお爺さんとは話が合うことだろう。人々を蹂躙できる力を持ちながらも、清き心を有する者同士として。

植物園での時間はいい気分転換になった。正味三時間程度のゆっくりとした散策で、心臓は穏やかな鼓動を繰り返していた。学くんとお家の前で別れ、私達は病院へと向かう。これでしばらくの間外出は出来ない。私はこのまま長期の入院をし、クリスマスや正月を病院で過ごすことになる。でも、エドワードは言ってくれた。クリスマスケーキもチキンもおせち料理も沢山持ってきてくれる、と。


「身体に良さそうなケーキな。野菜で出来たやつ」

「え〜?」

「チキンも胸肉、たんぱく質多めのところ」

「えー」

「おせちは全体的に健康的だからよし」

「ローストビーフもお願い」

「…ちょっとだけな」

「わーい」


楽しみ過ぎてスキップしたら怒られた。はしゃぐ私をつなぎ留めておくように手と手をつなぎながら、未だ枯れたままの桜並木を歩いた。来年の春にはまた桜が咲くよ、見上げれば一面の薄桃色の花がいっぱい咲くよ。また来年も出店をしたいと店長が言っていたから、今度は私が作ったスイーツでも売ろうかな。きっと桜咲く頃には私の体調もよくなっているはずだから。

私達が住む町は比較的治安がいい。けれど、学生も多い街でもあり、学生の中には素行のよろしくない人も無論いる。私の大学にもいる。病院への道すがら、顔見知りの素行の良くない学生達数人ととたまたま出くわしてしまった。大して仲は良くない、けれど数人いる内のうち一人は私を見つけると何故かいつもちょっかいを出してくるのだ。私が休学している事実を知っているらしいそいつは、学校を休んでおきながら男と遊ぶ私を咎めた。あっちは男子数人で、私はエドワードと二人きりで、言い合いの決着を付けるには分が悪かった。しかしながらこういう時のエドワードは頼りがいがあり、守る様にその大きい身体で私を覆い隠すと、「こいつちょっと体の具合が悪いんだ、今日は気分転換。だから今は勘弁してやってくれよ」と、大人の対応をしてくれた。180センチを超える外国人にスマートな対応をされたら普通の日本人はたじろいでしまうが、人数がこちらより圧倒的に多いから強気になっているらしい。彼の大人な対応に何故か腹を立て、相手は余計に突っかかってくる。私の方へ近づこうとする男子をエドワードは素早くせき止めて、険しい表情で睨むとやっとあっちは怯んで一歩引いた。結局、その怒気にやられたのか、彼らとは喧嘩らしい喧嘩にはならなかった。しかし騒ぎにはなってしまった。数人の大学生と外国人と女性一人の組み合わせは十分に目を引き、治安のいい地域ならではのネットワークですぐさま警察に通報が行き、自転車に乗った警察官が二人やってきてしまったのだ。
まずい!
エドワードを隠さなきゃ!
思うも時すでに遅し、警察官は事情を聞こうと応援を呼び、我々を取り囲み始めた。もちろん警察官に悪気などなく、どう見ても絡まれている私達を助けようとしてくれている。しかし、問題はそこじゃない。このままエドワードの身元を調べられたら?滞在資格を示すようなものを提示してくれと要求されたら?最悪の展開が頭に浮かんだ。そうして、想像は現実のものとなってしまう。


「あ、あの待ってください、彼は!」

「ちょっとお話聞くだけですから」

「いや、でも、」


彼はとある星の王子なので、パスポートも滞在資格もないんです。それをあなた方は理解して下さいますか。
警察官のひとりに連れていかれそうになるエドワードは当人にも関わらず涼しい顔をしていて、いつかこうなると覚悟でもしていたかのようだった。顔色一つ変えず、私に微笑みながら言った。


「ひとりで病院帰れるか?」


無意識のまま首を横へ振っていた。エドワードは苦笑しながら、「ごめんな」と言った。
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