さすがの私も人に面と向かって、「大嫌い」なとど言ったことは無い。あの時はどうかしていた、前後の会話も覚えていないし、寝ぼけていたんです。色んな言い訳を作り上げながらエドワードの来訪を待っていたけれど、そんな心構えは杞憂に終わった。彼は何事もなかったように両手いっぱいに花を抱えて見舞いに来てくれた。


「お、目が覚めたか。大丈夫か?」

「え、あ、はい、ダイジョブです」

「もう少しで昼飯だからな。俺も自分用に持ってきてるから一緒に食おう」


あれ、普通だ、普通以上に普通だ。あれ、大嫌いなんて実は言ってないのかな。脳内だけで言ってたのか。
持参している花瓶に花を生け、看護師さんが運んできてくれた昼食の膳を受け取り、昼食をとる準備を整えてくれる。その献身さを、よく知る看護師さんはにやにやしながら見ており、全力でからかってくる。


「あらあら、彼氏さんも出来たのね〜。しかもこんなイケメンで」

「いや、彼氏ではなく友人で、」

「いえ、彼氏候補です。なかなか彼女がOKしてくれなくて」

「んなっ」

「OKしちゃいなさいよ〜、なにが不満なの〜。こんな優しくてイケメンで外人さんで〜」

「外人さん関係ないですよ」


ウッフフと楽しそうな看護師さん(あの人が婦長さん)を半ば強引に部屋から追い出し、昼食を食べようと箸を持つのと同時に、エドワードさんが私の人生においてちょっとばかり重要な出来事を確認すべくぶっ込んできた。


「おまえ、長いこと入院してたんだって?2年位」

「………………」


彼は一階の売店で買ったらしいサンドイッチを包みを開けるのに苦戦していた。コンビニのおにぎりや電子マネーなど、現代人ならだれでも使いこなせるモノたちに彼が弱いことはとっくの昔に知っている。ほれ、貸して、開けてあげる、とジェスチャーで伝える。それを開けてやりながら、先ほどの質問に返事する。


「まぁはい。3年前くらいまで。実は、心臓を弱くしまして。生まれつきではなかったですし、移植が必要なほど重篤でもなかったんですけど、」

「………………」

「突然、この間みたいに倒れて、そのまま昏睡状態だったり起きたりを繰り返して、最初は脳の病気と思われてたんですけどね。心臓が悪いって分かって、手術をして成功はしたんですん、現に生きているし。でもそこから本格的な昏睡状態が始まって、2年も眠り姫してました。だから人より2年分遅れてて」

「……………………」

「ちょ、眠り姫のところ突っ込んでくれなきゃ困るんですけど。姫なんて、そんなもんちゃうやろって」


そんなキャラでもないのに突っ込みを強要されても困るか。彼は真顔のままで返事すらしてくれない。困った私がしたことは、彼のサンドイッチをぱくりと食べてしまうことだった。


「もう具合は本当に大丈夫なのか。この間みたいに倒れたりすることは?」

「退院してからは初めてです。ちょっと寝不足が続いてたりしたから」

「バイトに大学と頑張り過ぎてるんじゃないのか」

「いや、普通のことですよ。みんなしてることですから」

「でも、普通ってわけにはいかないだろ。そんな何年も寝たきりになるような大病を患ったんだ、みんなと同じペースなんて無理だ」

「大丈夫ですよ、大げさな」

「大げさじゃない。現にこうして倒れただろう」


少し荒ぶる声に心臓がバクバクし始めた。彼も怒るんだな、当然だけど。


「大学は少し休んだ方がいい。バイトも減らして平気だろう、そんなに繁盛してないんだから」

「(ひど…)」

「シフトは俺が入ってもいいし、あと大学は少し休学をして身体をしっかり休めて、」

「ちょ、何勝手に話進めてるんですか。私のことなんだから私が決めます」

「決めた結果、倒れたんだろう」

「ちょっと無理しただけできちんと体調管理しますから」

「入院生活をしばらくした方がいい。一人暮らしだと好き勝手に飲み食いするだろう。本当には菓子類は良くないと医者も言ってた。お前の家にはたくさんあったぞ」

「わ、私の勝手でしょうそういうの!」

「ああ勝手だよ!おまえの好きにすればいい!だから俺も好きにする!」

「意味が分からない!私が長生きしようとしまいと私の勝手なんだから何もしないで!あなたはただの友人なんだから私の人生に口出す権利なんてない!」


至極真っ当な主張だと自負する。私の人生だ、好きにする。尽力してくれた医療従事者の方々には感謝もしているが、だからと言って私の人生の方針を変えるつもりはない。今更悲しむ家族もいないし、友人だってそりゃ最初は悲しむだろうし悔いることもあるだろうがそれもひっくるめて私の生き方だから指図しないで。私はそういう人間なの。ましてや出会って一年未満の出所不明の外国人に指図されたくはない。ムキになっていると言われればそれまでだが、それは彼も同じだろう。お互いにらみ合い、心の内を言い合い、そして決して主張を曲げない。エドワードは椅子から立ち上がり、私のすぐそばまでやってくると、ひとくち口を付けた彼のサンドイッチを無理に取り上げ、それを一気に口に押し込め、ごっくんと飲み込む。そうして、この瞳をじいっと見つめ倒して『おまえが何を言おうとおまえより遥かに強い意志を持って俺は俺の主張を通す』とありあり書いてある顔をしてはっきりとした口調で言い放った。


「いいか、お前には俺が何を言っているのか訳分らんと思う。それでもいい、聴くだけ聴いてくれ」

「は、はぁ」

「お前のその命はお前のだけのものじゃない、お前に生きていてほしいと思う人間が何十、何百人、何千人といるんだよ。その存在に救われた人間がいるんだよ。そしてその内の一人が俺だ。分かるか」

「分かりません」

「だろうな。でもいい」

「いや良くない」

「その何千という人間がお前が生きるのを望んでいる、生きて幸せになるのを願ってる。死ぬなんて、俺が絶対に許さないからな」

「い、いや、別に死にたいなんて言ってないし」

「そうか」

「そうです。それに、何千人という人が、とか意味分からないし、スケールが大げさ過ぎるから」

「大げさじゃないんだよこれが!考えるな、感じろ!つーか伝われ!」

「さらに意味分からん!も、もう重いんですよそういうの。嫌なの、私、そういうの。人の熱意とか想いとか。私にはそんな価値ないし、価値ある人の力になんてなれないし、」

「……………」

「だいたいあなたもそう。エドはとっても頭もよくて何でもできるのに、なんでここに留まってるの?もう人を探す気なんて無いんでしょ?本当はどんなに凄いことも出来るんでしょう?柄沢のお爺さんのお知り合いが、あなたが本気になれば大量殺人兵器や劇薬も作れるって言ってた」

「…作ってほしいのか」

「そんなわけあるかい!!」

「じゃあいいだろ別に。俺も俺の人生を好きなように生きてるんだ」

「その人生をいい風に、世のため人のために使えるのに使わないのは勿体ないって言ってるだけ。そういう凄い人が、今こうして私なんかのために時間を使ってるのが、こう、もう、どうしようもなく嫌なの。私はそんなことしてもらう価値ないんだから」

「……………」

「だから帰って下さい。いい感じの研究でもして下さい」


言い切って、布団をかぶった。もうこれ以上会話したくない、何も言いたくない、聴きたくない。しかし彼は続ける。彼なりの哲学で、私の哲学を改革しようとしてくるのだ。


「いいぞ、その意気だ」

「…なにがだ」

「最近のお前はしおらしかった。俺に話を合わせたり、愛想良くしたり、自分を抑えたり。そんなの俺の前でしなくていい。言いたいことは言え、例えそれが俺を傷つけるようなことでもいい、全部受け止めてやるから」

「………………」

「俺は何を言われてもされても、絶対にお前を嫌いにならない。安心して言ってくれ」


何言ってんだ、こいつ。そんなこと出来るわけないだろう。私にだっていっちょ前に人に嫌われたくないと思う感情くらい備わってる。でも私は、言いたくないことを言おうとする表情が引きつるし、笑わなきゃいけない場面でも上手に口角が上がらない時がある。そうすると気分がどんどん落ち込んで深い泥沼に沈んでしまうのだ。遠い昔、実直なまでに真っ直ぐな誰かの生き方にとても惹かれていたことだけは記憶している。けれど今、その誰かが思い出せない。そんな馬鹿な話はあるはずないと思いつつも、眠り続けていた2年の間に私はそれまでの人生で一番価値あるものを得て、すべてを失ったのかもしれない。誰の生き方に憧れ、何を得て、何を失ったのかさえ、もう永遠に思い出すことはないのだろうけれど。
布団の中で、エドワードの言葉を聞きながら実はこっそり泣いていた。全部を受け止める、なんて無理に決まっているし、何よりあなたは想い人がいるでしょう。その人が私であるはずがない、だって私はあなたを知らない。それとも、忘れてしまっているだけなの?

それなりにシリアスなシーンではあったものの、予想外の店長の登場に場は一気に和んだ。


「あの〜、お見舞い来たんだけど、入っちゃって大丈夫?え?告白中?」

「まぁそうですけどいいですよ、どうぞどうぞ」

「ちがいます」

「いやどう考えても告白されてたよね。すべて受け止めるって言われたよね」

「「(店長どっから聞いてんだよ)」」

「まぁいいじゃんか。エドくんならきみの永久凍土と化した心を溶かしてくれそうだし」

「頑張ります」

「がんばらなくていい」

「頑張って!応援してる!」

「そ、それに、私、隠してたけど好きな人がいるんですよ」

「「え!!!」」

「……………」

「だっ誰だっ?」


そんな人はいない。しかし口から出たものを今更飲み込むことは出来ない。結果、犠牲になったのは、ちょうど検診にやってきた比較的若い独身のお医者さんだった。彼は私の主治医であり、この病院のエース医師であり、身長も180センチを超えており、顔も俳優張りに整っているという天文学的数値レベルで恵まれた人物であった。私は偽の好きな人として先生を指名することにした。無言のまま指さして「あの人」と言う私と、般若のように恐ろしい顔をして自分を睨み付けているエドワードと、ただ爆笑する店長を順繰りに見て、先生は目を丸くして「え?」と聞き返して困惑するのであった。
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