テラ 5






どうやら、俺には追い詰められると笑んでしまう癖があるらしい。
いつもなら、当のシズちゃんに、ニヤニヤしてんじゃねえよキメェ、とでも言われるところなのだろうが、それとはまた別だ。
特に今日は重症だ。だって、頬を軽く抓ってみても、表情筋は凝り固まったままでピクリともしない。
遠ざかるシズちゃんの背中を追いかけたくても、肝心の足が竦んで動けなかった。
ひとこと、言えたらよかったのに。
違うんだ、俺が好きなのはシズちゃんだけだ、とか。あの男は、俺の下僕みたいなもので、ちょっと調子に乗ってキスとかされただけで。そう、間男、みたいな…?
(……っていうか、余計拗れて怒らせるだけじゃん)
ショックで、まともに頭が働かない。情けなくて情けなくてうなだれるしかなかった。
きっと、嫌われてしまった。最低だと罵られたのだから。
それに、考えてもみればたとえ追い掛けたところで、言い訳がましいし、別れを切り出されたらショックで死にたくなるかもしれない。ちょうどナイフもあるし…と己の末路を想像してしまったところで頭を振って思考を打ち切った。
だって、こんなの、全然俺らしくない。
いつもの俺なら簡単に切り捨てられるはずだったのに。
シズちゃんに出会ってから、何もかもがうまくいかない。
−俺って、こんなにシズちゃんのことが好きだったんだ。
誤解されて言い訳ひとつできない自分自身がを死ぬほど恨めしいほどに。


そして、俺はジワジワと胸が締め付けられるような想いに、唇を噛み締めた。





昨日は臨也とアイスを食べながら歩いた道を、ひとりで歩く。
(ふざけるな、馬鹿にしやがって…!)
とはいえ、臨也がほかの男といる現場に遭遇して、キレなかった自分を褒めてやりたい。むしろ奇跡だ。
あのとき、裏切られた気持ちでいっぱいで、一瞬とはいえ目の前が真っ暗になった。
だいたい、あの男はなんだ。臨也はあんな奴が好みなのか。顔は覚えてないが、臨也の取り巻きのひとりなのだろうが、そんな分際で臨也と付き合ってやがったのか。
些か思考がおかしいことにも気付かず、ましてや以前に喧嘩を吹っかけられた相手のひとり、だなんてすっかり忘れていたと言えた。
(…別れないから、だと?ちょっと待てよ、あいつ何様のつもりだよ…!)
臨也から引き離すように投げ飛ばした顔も知らない男に苛立ちを隠せない。考えれば考えるほど腹腸が煮え繰り返るほどだ。
臨也と付き合っているのは俺だ、手前なんて出る幕ねぇんだよ、と頭の中で殴って投げ飛ばして。少しはすっきりするかと思えば何の効果もない。
(臨也も臨也だ。なんで嫌がらねえ!)
一気に激昂し、傍にあった電柱を殴る。ミシミシ、と嫌な音を立てて傾く電柱には目もくれずに。むしろ、そこでハッと気付いた。
−ああ、つまりだ、それはあの男と付き合っているから、か。
そう思い到ったところで立ち止まった。
−なんだ、それじゃあ、俺は二股ってやつをかけられてたのか?
まてまて、マジかよ、と苛立ちが頂点を過ぎれば、今度は右肩下がりに落ち込んできた。
だいたい、俺のほうが不利だ。付き合い出したとはいえ、気持ちを確かめ合っていない以上、俺は胸を張って臨也と付き合っていると他人には言えないのではないか。
臨也にきっと俺の気持ちは伝わっているはずだ、とか、迎えにきた臨也とアイスを食べながらおいおい実は誘ってやがんのか、と浮かれていたのは俺だけか。
−馬鹿みたいだ。
「………」
試しに、そっと後ろを振り返る。
振り返った先、臨也の姿はない。
当然か、俺は臨也を最低な奴だ、と詰ったのだから。


鳴り止まない蝉の泣き声は、まるで俺を攻め立てるようでもあり。眩しいほどの臨也の笑顔を描き出してくれた蜃気楼は、一瞬で消失した。





「眠れない…」
ベッドに入っても、後悔ばかりが渦巻いて、一向に眠気は訪れない。現実逃避を兼ねて無理矢理ベッドに潜り込むだけではやはり駄目か。
あの後、どうやって自宅に戻ってきたのか、記憶にはない。気がつけば玄関に立っていて、双子の妹たちが、あまりの俺の茫然自失ぶりに、からかいのかわりに労りの言葉をかけてきたほどだ。

瞼の裏に焼き付くのは、シズちゃんの怒った顔。今まで、何度も喧嘩をしてきたし、そのたびに罵声も怒声も浴びせ掛けられている。だけれど、あんなに静かに怒った顔は初めて見た。だから余計に印象深いのかもしれない。
「んー…、明日からどうしよう…」
夏休みで学校はないのだから、自分が会いに行かない限りはシズちゃんには会うことはない。
早く誤解を解きたい気持ちと、会うのが怖い気持ちが半々くらいで、決心が付かない。
シズちゃんのことが好きで、好きで。
どうしようもないくらいに好きで。
−こんなことなら、素直に好きだ、と言っておけばよかった。機会は何度となくあったのに。シズちゃんから初めてキスをもらったときのことだって鮮明に思い出せるのに。
「はー…」
ため息を数えるのも飽きてしまった。なんでこんなことになったのだろう、あの男が悪いな、次に会ったときに殺す、…だけど散々利用して誤解させた俺が最低なだけかと後悔は無限ループだ。
グルグルと悩んだところでなんの解決にもならないことも、意気地無しの俺が悪いこともわかってはいるのだけれど。


「……っ!」
突如、手元にある携帯が着信を知らせる。
硬直して見つめる先、何度も連絡しようとしてできなかった携帯が鳴り続けた。だって、これはシズちゃん専用のメールの着信音。
俺はようやく呪縛から解き放たれたかのように、身を起こして携帯をわしづかんだ。
−見るのが怖い。
だけれど、放置することもできずに。震える指先で、着信音が途切れた携帯の画面を開く。
シズちゃん、と表示される宛名を見てまたひとつ震えて。
ゆっくりと本文を目で追えば、簡潔に、たった一行だけ。


『窓から顔をだせ』


「……!」
俺は信じられない気持ちで、そしていくばくかの期待を込めて、目の前の窓を見つめた。





next…?









2011.9.14 up



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