ラブミーテンダー
※静雄がカクテルたいてい作れると聞いて
※二人はナチュラルに付き合ってるっぽいです
「何度見ても驚きだよねぇ…」
小気味よくシェーカーが振られる音が響く。臨也は、キッチンカウンター越しに静雄の手元をまじまじと見つめていた。
「何が言いたい」
「いや？そりゃ、普段自販機やら標識やら投げてくる化け物が、器用にカクテルシェーカー振ってるの見たら驚くでしょ」
「褒めてんのかけなしてんのかどっちだ？」
「さあ…」
軽口ばかり叩く臨也を睨むが、当の本人は肩を竦めるばかりで。全く、口を開けばいつだって余計な一言が加わる。黙っていればいいものを可愛いげがない。
「手前がブクロ来るのがワリィんだろうが」
静雄は苦々しく舌打ちするが、シェーカーを振る手を休めることはない。
（…俺がシズちゃんの家に来るのはいいんだ？）
臨也はこっそりと薄い笑みを浮かべる。
今日も突然押しかけた臨也に不機嫌さを隠しもしなかった静雄は、それでも臨也を追い返すことはなかったのだから。
もう随分と前のことになるが、初めて静雄の自宅に連れて行かれたときは驚いたものだ。
何か飲むか、と聞かれててっきり水か牛乳が出て来るのかと思いきや、静雄が手にしていたのはリキュール。まさかそれをそのまま飲ませる気なの、どんな嫌がらせなの、、泥酔させて襲うつもりなの、と臨也が喚いたところで静雄が呆れ顔をしていたのは余談だ。
聞けば、カクテルはたいてい作れる、と答えた静雄。臨也が赤い目を丸くすれば、適当に作るぜ、と出してくれたのはカシスオレンジだった。
手前の好みなんかしらねぇからな、と差し出されたそれは臨也の喉をスルリと滑り落ち、体内へとじんわりと浸透していった。後から考えれば、それは静雄に抱かれているときの感覚に似ていた。
初めて作ってくれた、あのときの甘酸っぱいカシスオレンジの味は、今でも忘れることができない。
いつだって思い出せるカシスオレンジの味と幾分か恥ずかしそうな静雄の表情を思い浮かべるだけで相好が崩れた。また作って貰うとしよう。
でも、今日はそのお気に入りのカクテルは要求せずに趣向を変えてみた。
ちょうどシェーカーの動きが変わる。
「バーテンダーやってたのも伊達じゃないね」
「あんとき練習したからなあ」
静雄がどこか懐かしむように呟く。ちなみにシェーカーやデカンタなどの必要備品は、彼が溺愛している弟の幽がバーテン服と一緒にプレゼントしてくれたらしい。
「あー…誰かさんが俺を嵌めなきゃ…俺は今でもバーテンダーやってたかもなあ…」
「罠に引っかかる君が悪いよねー」
「ああ！？」
「……はいはい、ごめんなさい」
眉間にシワを寄せた静雄に、今度こそ素直に謝罪を口にした臨也は、されど胡散臭い笑みを浮かべたままだ。
とはいえ、臨也を詰ったところで終わったことなのだから仕方ないし、今の仕事もそれなりに順調に続いているのでこれ以上は言及しないけれど。
臨也は上機嫌に頬杖をついて。
「いいじゃない」
何が、という応えの代わりに視線だけ送り、静雄はちょうど振り終えたシェーカーから、傍に用意していたシャンパングラスへと中身を慎重に移す。みずみずしい紅が、トプトプとリズミカルにシャンパングラスへと収まっていく。
「今は俺だけのバーテンダーさんだし」
「うおっ」
途端に静雄の手元のシャンパングラスが大きく揺れ、中身が飛び出しそうになる。
「ちょっと！何動揺してんのさ？」
絶妙なタイミングでむず痒くなりそうな台詞を事もなげに口にするのが悪い。おかげで手元が狂いかけたが、なんとか取り繕う。
「薄気味悪いこと言ってんじゃねえよ」
「あはははっ」
笑い声をあげる臨也に対して。全く、心臓に悪いと悪態をつきながらも心拍数が急上昇している静雄の表情は残念ながらしかめつらだ。
「おいしそー」
シャンパングラスへと注がれていく紅は、まるで透き通った血の色のようだった。これは臨也のリクエスト、いわく、『俺をイメージしたものを作って』、を受けて作ったもの。
そして静雄が作ったカクテルは、キール。
「…随分と物騒だよね。俺ってシズちゃんの中でどんなイメージなの」
苦笑を浮かべる臨也に、静雄はすっとシャンパングラスを差し出した。紅い水面が僅かに揺れる。
「物騒？」
「君の頭の中の俺って血塗れな感じなの？それとも願望？」
「……」
「もしかしてシズちゃんに殴られた俺？そうだよね、君のせいで俺怪我が絶えないもん。あ、俺、後でシズちゃんに殺されちゃう？やーん怖いっ！」
一気にまくし立てられた予想だにしない臨也の言葉の数々は、静雄にすれば心外だと言えた。ただ、作れと言われたから作っただけなのに。
「……うぜぇ」
それに、このカクテルを選んだ意味を臨也はまるでわかっていない、と腹が立ち、みるみるうちに静雄の眉が吊り上がる。
「…よーくわかってるじゃねぇか、お望み通り後で殺してやる」
「やあだなー」
しれっとした顔をしながら臨也は小首を傾げて。
「そうだよなー、手前はいつだって血まみれがお似合いだもんなあ？」
「んー…、ていうか」
自分から振っておいて、そこで不自然に言葉を切った臨也は、悪戯っぽく微笑んで。
「あのね、てっきり殺したいくらい好きだ、って意味かと思った。熱烈な告白？みたいな」
「……っ、自惚れんじゃねぇ！」
いい加減、臨也のご都合主義な思考をなんとかしてほしい。そして、この計算高い微笑みには敵わない。
静雄に鋭く睨まれた臨也だったけれど、気にするそぶりもなく静雄から受けとったグラスを傾けてひとくち含む。
「ん、美味しいよ、シズちゃん」
「…そうかよ」
「おかわりほしいな」
素直に褒められねだられれば悪い気はせず、怒っているのも馬鹿らしくなって。
「…手前の目の、色」
「え…」
口内へと消えていく赤を眺めながら、静雄がポツリと口にして。すると、臨也がグラスを傾ける手を止める。
「手前はろくでもないことばかりする奴だけど…その目は、綺麗だと思うからよ」
「…いきなり恥ずかしいこと言わないでよ」
そりゃ手前のほうだろうが、と静雄が言いかけたところで、臨也の頬にみるみるうちに紅が挿していくのに気付く。
臨也は残りのカクテルを慌てて煽る。そして、ごまかすかのように、ずい、と空になったシャンパングラスを差し出してきたから。
「おかわり」
「臨也」
名前を呼んで、グラスごとその細い手をとる。逃げられないように。
「な、なに…？」
「……その目、えぐり取られたくなかったら、おとなしく食わせろ」
「……！」
何をだなんて愚問だ。その正確な意味を把握した臨也は、瞳を見開いて。
「それって、選択肢の意味ないんじゃない？」
臨也が嘆息すると同時に、カウンター越しに静雄の掌が頬へと伸ばされて。仕方なく、懸命に背伸びした臨也は近付く静雄の唇を従順に受け入れた。
END
キール作るのにシェーカー使うんですかね。調べてませんすみません。
シェーカー振るかっこいい静雄を描写したかっただけですよ。
あと、キール＝臨也の目の色、同ネタ多数でしたらすみません。
2011.7.28 up
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