※来神設定、シズイザ+ドタイザ




ドタチンと呼び始めたのも俺だし、他の誰も使わない使えないその愛称で呼べることが嬉しい。本人は嫌がらせだと思っているに違いないけれど甚だ心外だ。だって、それくらいにはドタチンは俺にとって特別な存在だから。


図書室の隅。ちょうど本棚で死角になっている、閲覧席の最奥がドタチンの定位置だ。静かに、本当に静かにドタチンはページを捲る。その指先は繊細で、あの指先で髪を梳かれるとうっとりと身を預けてしまうのが常だ。
放課後、数メートル離れた本棚の隙間から何度こうして盗み見たことだろう。ドタチンは気付いているのか否か、一度も咎められたことはないのだけれど。
ドタチンが次のページへと指をかけたところで、不意に後方に気配を感じた。
「何やってんだ?」
「……シズちゃん」
振り返れば、不機嫌さを露わにしたシズちゃんが立っていた。いつものように大声で怒鳴りつけたりしないところがなんだかおかしくて。肩を竦めて苦笑すれば、ますます気に障ったらしい。
「痛いって」
俺の肩を掴みじっと睨みつけるシズちゃんはそれ以上何も言及してこない。もちろん、シズちゃんが何を考えているかなんて手に取るようにわかる。
「もしかして浮気だと思った?」
「…殺すぞ」
「俺が死んで困るのはシズちゃんのほうでしょう?」
挑発するように笑みを深めれば、シズちゃんは忌々しげに舌打ちした。
「行くぞ」
「ねえ、制服伸びるから離してよ」
俺の言葉には耳を貸さず、シズちゃんに襟首を掴まれたまま引きずられる。制服が伸びるどころか息苦しいのだと訴えても離しては貰えない。
チラリとドタチンのほうを見れば、変わらない様子で読書に没頭しているようだった。
――そんなところも大好きだ。
俺は心中で呟いて、大人しくシズちゃんに着いて図書室を出ることになった。


ドアが締まる音が静かに響く。たっぷり数十秒してから、門田は本から目を上げた。
いつだって騒々しいくらいの二人なのに、こんなときは息を顰めるかのようにして出ていくのだからため息が零れてしまう。
臨也と静雄は付き合っている。傍からそうは見えないくらいに毎日のように喧嘩を繰り返しているのも事実。だけれど、静雄が臨也を愛おしむように見つめているのを知っているから。臨也が静雄の口づけを嬉しそうに受け入れているところを見てしまったから。
だから、俺がいくら臨也のことが好きだとしても、想いを秘めておくくらい造作ないこと。
――そう思っていたのに。


昼休み、裏庭の木陰で読書を楽しんでいた俺のところに臨也がやってきたのは次の日のことだった。
「こんなところに居たんだ?」
嬉しそうに後ろ手に手を組んだ臨也が軽い足取りで近づいてくる。
「どうした?」
仕方なく顔を上げれば、臨也は当然のように俺の隣に腰掛けてくる。そして、笑みを敷いたままの臨也が何か物言いたげに俺を見つめてくるから。
「……?」
手にしていた本を閉じ傍に置くと、先を促すようにして臨也を見つめ返す。臨也の紅玉がキラリとひとつ輝き、思わず吸いこまれそうになって我に返る。
「…聞いてくれる?」
前置きした臨也は徐に袖を捲りだして。現れた手首には一見して拘束されたとわかる痕が色濃く刻まれていた。
「シズちゃんがね、酷いんだ」
「……」
見れば両方の手首が赤黒く変色していて。これだけで何が原因かなんて想像がつく。臨也だってきっとわかっていて俺のところに来ているのだろうから尚更性質が悪い。
「で?」
これではまるで強迫ではないか。だから敢えて取り沙汰すことはなく端的に問い返してやれば、臨也は不満げに頬を膨らませた。
「ちょっと、ドタチン。他に何か言いようがあるでしょ?」
「お前と静雄の関係に俺が口を出す権限はないだろ?」
「…意地悪」
そうして唇を尖らせる臨也は、華奢な身体を更に俺に擦り寄せてくる。
「おい」
こんなところを静雄に見つかりでもすれば厄介だ。いらぬ誤解を生み、騒動に巻き込まれるなんて御免だ。だけれど、当の臨也は素知らぬ振りで。
「頭撫でてよ、ドタチン」
そうして、俺の太腿の上に当然のように頭を預ける臨也を咎めることもできなかった。
最初から許されているのだと、見抜かれているのだろう。腹立たしさなど忘れたかのように安心しきった様子で俺を見上げてくるものだから、思わず顔を背けてしまった。
「早く早くー」
催促するかのように狭い太腿の上をゴロゴロと行き来する臨也はまるで猫のようだった。素直に可愛いとさえ思う。
だけれど、所詮猫は猫でも飼い猫なのだ。静雄の恋人であることを知っている身としては、当然拒まないといけないことくらいわかっているのにそれができない。
「……わかったから」
仕方なく嘆息して、臨也が望むように髪に指を絡ませる。滑り心地のよい髪が指に馴染み、そっと梳くとサラサラと指の間を零れ落ちていく。俺の想いも、同じように零れ落ちてなくなってしまえばいいのに、と何度思ったことだろう。
「やっぱり気持ちいいな。ドタチンはシズちゃんと違って優しいし。ドタチンほんと大好き」
「……」
臨也は嬉しそうに微笑みながら、恋人と比べて俺をそんなふうに評する。侮らないで欲しいものだ。だって、少しも嬉しくない。臨也が手に入らないのだったら、いくら褒められたってなんの感慨も湧かない。だけれど、頭ではそうわかっていたって、心は正直だ。
「付き合っている奴がいるくせに、そんなことを言うもんじゃない」
「あはははっ」
思わず口にしてしまってから失態に気が付く。我ながら情けないと舌打ちしそうになれば、臨也が面白そうに笑い声を上げる。
「シズちゃんってば嫉妬深いからね。嫌になっちゃう」
そう言って臨也は笑いを引っ込めると、髪を梳く俺の手を取ってきた。
「…臨也?」
訝しげに名前を呼べば、俺の手を起点に臨也はその身を起こしてくる。そして。
「ねえ、ドタチン。俺が…本当は君のことが好きだって言ったらどうする?」
「……!」
その言葉に瞳を見開いて。二の句が継げずにいれば、気がつけば臨也が間近に迫っていて。
「ん」
唇が重なったのは一瞬。暖かいそれは、望んでも手に入らないと思っていたもの。
「臨也」
一気に押し寄せる感情を必死に押し殺し、諫めるように名前を呼べば、臨也はクスリと笑いを零す。
「からかうのも大概にしろ。…静雄が可哀想だろう」
「なんで?俺は確かにシズちゃんの恋人だけど、今はシズちゃんは関係ないでしょ?」
あっさりとそんなことを言う臨也の肩を掴み、傍から引き離した。そうでもしなければ、抱きしめたくなるからだ。
「俺は、そんなお前は好きじゃない」
だから、悔恨の情を振り切るように、そして己に言い聞かすようにして告げる。
「…そう」
すると、ひとつ瞑目した臨也はゆっくりと立ち上がって。腰元のウォレットチェーンが終焉を告げるかのようにシャランと音を立てた。
「やっぱりダメか」
囁くような声音は確かにそう聞こえたのだが、俺の願望からくる都合のよい解釈かもしれないから、背を向ける臨也に問い質したりはしなかった。
「まあ…俺もそんな君が好きなんだけれどね」
そして横目に俺を見つめた臨也は、俺にとって最も残酷な意趣返しを残して歩き出す。
遠ざかるその背に軽い眩暈を覚える。では、どうすればよかったかなんて自問自答してみたところで答えなんか見つかるわけがない。
そっとため息を吐きだすことで、無意味でしかない思考に終止符を打つと再び本を手にする。
今日はもう、臨也は俺のところに来ることはないだろうから。


「俺は我が儘なんだよね」
臨也は自嘲的な笑みを浮かべながら呟く。ドタチンは本当に優しい。だけれど、これからも俺の本当の想いが届くことはないことだってわかっているから。
「あ、シズちゃんだ」
視線の先、新羅と共に渡り廊下を歩く姿を見つけて駆け出す。
…自嘲を、微笑みに変えて。
               



END







6/26シティで無料配布したドタイザプチオンリー参加記念SSペーパーより再録。
シズちゃんは本当に臨也のことが好きで、ドタチンは諦めなければならないと思いつつも諦められない感じが好みです。
臨也の本心は有耶無耶にしてみましたが、うっかり続きが纏まれば書いてみたいものです。

2011.6.26 up

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -