愛いは正義 愛しいは真理 サンプル




※表紙イラスト:イトハラ様
 

俺は、今までにかつてないほどに混乱していた。
せっかく穏やかに一日を終えられると思っていたのに、自宅のドアを開けた途端に災難に見舞われたせいだ。なぜ施錠したはずのドアがこじ開けられているのか、そんなことは最早瑣末なこととなっている。
「……」
瞬きを繰り返してみても、目を逸らしてみても、下方からのまとわりつくような視線を振り払えずにいた。視線だけではなく、右腕にかかる重みも温かさもまた同じ。
「……おい」
ようやく絞り出した声音は、もしかすると少し震えていたかもしれない。
それでも、状況に何ら変化は見られない。
俺の右腕にしがみついているのは、俺にとっての長年の仇敵であり、死んでも相容れないと思われていた相手、折原臨也である。
臨也は、俺が帰宅するや否や、エプロンを揺らしてキッチンのほうから顔を出し、「おかえりなさい」と宣った。それだけではない、満面の笑みでもって、俺へと飛びかかって、いや、それは少しばかり語弊はあるものの、とにかく、勢いよく飛びついてきて、今の奇っ怪な現状に至る。
「ねえ、シズちゃん」
臨也のさらさらの黒髪がまたひとつ揺れたのは、コイツが小首を傾げたからだ。
その仕草は、不本意ながらも可愛いと評することができた。
「だからさ、選んでってば」
選べ、と言われたところで俺にとっては無理な相談だった。
混乱している頭では提示された選択肢から妥当なものを選べるはずもなく、またその選択肢も常軌を逸脱していたからだ。
まともに声が出せないでいる俺を急かすように、臨也はこの十年で埋めることが叶わなかった身長差を背伸びすることで埋めてくる。
「ご飯にする?お風呂にする?……それとも俺にする?」
ふわりと鼻腔を擽るのは、どこか甘い匂い。その匂いが引き金となり、俺は気が付けば思いっきり右腕を振りかぶっていた。
「………ふっ、ふざけんなぁああ!」
「あ……っ」
振り払われた臨也は、勢いのままに三歩ほどよろめきながら廊下を後退した。慌てて体勢を立て直した臨也は、くちびるを尖らせて俺を詰ってくる。
「酷いなあ」
「酷いのは手前の頭だ」
温もりが残る右腕を確かめるように一瞥すると、あからさまに舌打ちした。そんなことは、断じて、俺に向かって言うべき言葉ではないはずなのだ。
「でもさ、一度言ってみたかったんだよねー」
クルリと狭い廊下でターンを決めた臨也は、ふわりと静雄に笑いかける。
残念ながら、可愛い。可愛いのは認める。しかし、それ以上に、ウザい。
ぐぐっ、と拳を握り締めて、俺は惑乱と苛立ちに耐えるのに必死だった。
これも嫌がらせの一貫なのだろうか。
―――有り得る。
この男は、俺に対する嫌がらせのエキスパートだ。「シズちゃん、早く死んで」を常套句に、手を変え品を変え、ありとあらゆる嫌がらせを仕掛けてくる。
小綺麗な顔立ちを不気味に歪ませ、訳のわからない御託を並べ立て、殺意を秘めたナイフを振りかざし向かってくる。それは出会ってからの十年、変わることのない物理的精神的距離感であったはずなのに。
「で、俺にするっていう返答を期待していたわけなんだけど?」
「するわけねえだろうが」
胸元の蝶ネクタイを緩め、大きく息を吸い込む。冗談抜きで臨也の様子がおかしい。新羅に診せるべきだろうか、いや、この状態ならば軽くあしらわれて終わりが関の山だろう。
「あー……」
とりあえず一発殴ってやれば帰るだろうか、と臨也を見据える。途端に、禍々しい紅味がかかった双眸を細めた臨也は、口元に弧を描いた。
いよいよ、いつもの厭味が始まるのか、むしろ始まってほしいとさえ期待したにも関わらず。
「俺はね、君と結婚するためにここに来たんだ」
「ああ!?」
突如明かされた来訪の理由が、結婚。聞き間違いだろうか。
「うん、今日から俺は君の妻だから。そこんとこよろしく!」
「俺はまだ承諾してねぇぞ、つうか、」
「ね、似合う似合う?」
俺の言葉を華麗に無視して遮った臨也は、エプロンの裾を摘んでぴょんぴょんと跳ねる。ウザったいその仕草は、ノミ蟲の名前そのままだった。
「キモいんだよ」
「またまたぁ…」
好き勝手跳ねたあと、じりじりとこちらのほうへとにじり寄ってきた臨也は、じっと俺を見上げて。
「そんなに見つめられると、照れるんだけど」
「見つめてねえ!」
頬を薄らと染めて、恥じらいなんてものを見せる臨也に、とうとう俺はこめかみをヒクつかせた。
「君ってある意味情熱的だよねえ。口下手なのは知ってたけど、君の熱い視線はくちびるよりも雄弁だ。ゾクゾクするよ」
全てを自分の都合のいいように解釈していく、そんな臨也の声音に、脊髄が疼く感覚。やはり、腹立たしい。
「……っ、いい加減に、その口を閉じろ」
でないと、殺す。
正面の臨也を睨みつけながら冷たく告げれば、臨也はそれさえも心地よいとばかりに受け止めてみせる。
「そう」
こちらに歩み寄ってくる臨也は、不気味に微笑んでいる。
このまま俺の背後の玄関から立ち去ってくれるのならば、とわざわざ身体を少しずらしてやったのに。
「じゃあ、殺される前に」
すれ違うその瞬間、身体と反転させて、すい、と思いがけない速さで俺の懐へと入り込んできた臨也は、ひとつ微笑むと。
「……っ!!」
瞳を見開いた先、臨也が瞼を少し震わせながら口付けてきた。
柔らかな感触はほんの一瞬。
すぐに離れた臨也は、俺と視線を絡ませて。
「おかえりのキス」
まだだったよね、と人さし指で自らのくちびるに触れて見せた臨也に、俺はとうとうその場にしゃがみこんでしまった。
「手前……!」
「えへへ」
エプロンを翻し、スキップしながら室内へと戻っていく臨也の背を見送る。
それは、俺があらゆる意味で撃沈させられた瞬間だった。


***


俺は余計な考えはかなぐり捨てることにして、簡単に折れるのではないかと思えるような細い首元に、くちびるを寄せる。
そして、鎖骨に口づけた後は、噛み付いてやる。骨を甘噛みするような感覚で、何度か歯を立ててやれば、臨也は嫌がるように身を捩ったが、逃すはずもなかった。
「ちょっと、大人しくしろ」
「だって、痛い…っ」
「痛くしてんだよ…」
とうとう、臨也が諦めたように瞳を伏せ、受け入れてくれる。こんな衝動的な行為でしかないものを受け入れられるというのは、ひどく心地よいものだった。
「よし」
両方の鎖骨にはたくさんの歯型が残り、どこか優越感を感じてしまう。痛がらせてしまったそこを、丁寧に舐め取って、キスを落としていく。
「満足した…?」
「ああ」
これは俺のものだという、一種の所有欲が満たされたせいだろう。少しだけ余裕が出てきたせいもあり、早々とシャツを脱ぎ去ることにした。
「シズちゃんの身体って、思ったよりも細いね」
「手前ほどじゃねえけどな、モヤシ」
「あ、ひどっ」
クスクスと笑いながら、臨也が手を伸ばしてくる。好きに触らせてやりながらも、胸元への愛撫は余念がない。
「ん、う……っ」
てのひらでゆっくりと全体を撫で回し、掠めるだけに止めた乳首は、後から舌先で舐めとる。
「う、あ、それ……っ」
「なんだ」
「ジンジン、する…」
少し触れただけで立ち上がった乳首を、指の腹で潰してやったときだった。ここはそんなふうに感じるのか、と感心しながら、今度は摘んでやる。
「あぅ、は…っ、う」
眉を寄せて、シーツを握りしめる臨也は、それでももっと触ってほしいとばかりに腰を浮かせている。きっと無意識なのだろう。
「手前の好きなとこ、弄ってやる。だから、教えろよ」
「ん、うん…っ」
散々に乳首を弄った後は、探るように腹部へとてのひらを這わせていく。擽ったそうに口元を緩めてみたり、敏感なところに触れれば逆に口元を引き結んでみたり。コロコロと変わる臨也の表情は、俺を別の意味でも楽しませてくれる。
「う、はっ、ああっ」
隠すものなどない下肢にたどり着けば、臨也の性器が屹立し、触ってほしいとばかりに震えていた。
昨日は、臨也が奉仕してくれたのだ。今回は俺がお返しをする番だろう。
「あ、ああっ、はっ」
性器を軽く握り、指を絡めさせて上下に扱き出す。突然の刺激に背をしならせた臨也は、膝をたて、爪先を丸めるようにしながら甘い声を上げ出した。
「ん、うぁ、は、はっ」
グチュグチュとした卑猥な水音は、臨也の喘ぐ声にかき消されることはない。
先端からはトロトロと先走りの液が留まることなく溢れ、俺の手を濡らしていく。
「すげえ出てんだけど」
「やぁ、言わ、ないでよ、そんな…っ、は、ああっ」
最早限界が近いのだろう、膨張しきったそれは、俺のてのひらの中でビクビクと痙攣を繰り返している。
「一度、イっとくか?」
「え、や、ああっ、そんな…っ、激しい…、あんっ、ああっ」
問いかけておきながら応えは待たずに、一層激しく性器を扱きあげてやる。扱くスピードを増すたびに、臨也が震える両手で俺に縋ろうとするその姿は欲情をそそられる。
「あ、や…っ、イ、イク……っ!」
感極まった声音を上げた臨也は、呆気なく絶頂へと上り詰めた。力の抜けた四肢を投げ出す臨也の姿を堪能しながら、俺は腕にまで垂れてきた臨也の精液を舐めとった。苦い味も、悪くはない。
「は、あ…っ」
まだ荒い吐息を繰り返す臨也のくちびるに強引に口付ける。とはいえ、軽くついばむ程度にとどめてやれば、臨也は安心したかのようにシーツを握りしめる手を緩めていた。
紡がれる吐息に甘ったるさが混じる。申し訳程度に腕に引っかかっているパジャマを脱がしてやろうかとも思ったが、逆に卑猥に見えるのでやめた。
「シズちゃん、続き…」
吐息が整えば、臨也は大胆にもその先を強請ってきた。昨日は中途半端に馴らして挿入まで至らずに終わってしまったのだ。
「だって、すごく、疼いてる」
ここ、とお腹の辺りを摩られ、舌打ちした。いい加減に、不用意な発言は謹んで貰いたい。
「やめろ、煽るな」
「実際、煽ってるんだけどね」
覆いかぶさってやれば、すぐに背中に腕を回される。少しだけ震えているように思うのは、臨也も緊張しているのかもしれない。
受け入れる側の負担は想像に難くない。だから、できるだけ優しく抱いてやろうと決意する。
示し合わせたように膝を立てられれば、俺は迷わずにその間へと身体をねじ込んだ。





to be continued……


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